副長は忙しい
「もういい」
土方歳三は帳面を閉じた。
「俺がやる」
「それはありがたいが、大丈夫か?」
近藤勇が目を丸くする。
「仕方ねぇだろ。死ぬほど忙しいから、やりたくねぇんだが」
土方はため息をついた。
「伊東みたいに講義してる暇もねぇ」
「新八みたいに酒を飲ませたら、隊が潰れる」
少し間を置く。
「二番隊、永倉の次は三番隊の斎藤にやらせると言うのもなあ」
「斎藤は年齢が若すぎる。荷が重いだろう」
土方は、ふっと目を伏せた。
「ああ……総司が元気ならな」
「総司だって若すぎるだろう。それになあ、総司はなんでもするっとやるから、ついつい仕事が重くなるんだ。もともと丈夫な方じゃないんだぞ」
と井上。
「わかっている」
◇
翌朝。
「起きろ!」
土方の怒声が屯所に響いた。
「朝飯だ!」
「副長、まだ眠いです……」
「寝ぼけてる暇があるなら飯を食え!」
「はい!」
隊士たちは慌てて膳につく。
「水は飲んだか!」
「はい!」
「汗をかいた着物は替えろ!」
「はい!」
「腹が痛くて動けねぇ奴はいるか!」
「……はい」
「何人だ!」
「三人です!」
「ちっ」
朝から晩まで、土方の怒鳴り声が屯所に響いていた。
◇
昼。
沖田総司が縁側で横になっていた。
「総司」
井上が心配そうに声をかける。
「総司、ちゃんと布団に寝なさい」
「ここが気持ちいいんです」
「顔が赤いぞ。また熱があるな」
「やだなー。ないですーー」
総司は、ごろごろと縁側で転がっている。
土方歳三は迷わなかった。
すぐに額へ手を当てる。
「医者を呼べ」
「えっ? そんな、大袈裟!」
ほどなくして、町医者が往診に来た。
「大丈夫です。暑さに当てられただけでしょう」
「だが、涼しい場所で寝ていたんだぞ」
土方は納得できない顔をする。
医者は沖田の様子を見ながら続けた。
「ひどい暑気あたりでしたからね。こういうふうに、しばらく繰り返すことがあるんですよ」
「……結構な熱だぞ」
「ええ、そうですね。こまめに冷やしてあげてください。しばらくは揺らぎがあるでしょう。ですが、日にちとともに良くなります」
医者は軽やかに微笑んだ。
「焦らず身体が戻るのを待つことですな。なに、秋には稽古もできますよ。お大事に」
「……秋?」
土方は絶句した。
――長ぇ。
◇
夕方。
近藤が、またも腹を押さえていた。
「……歳」
「何だ」
「下痢が止まらん」
土方の目が細くなる。
「昨日、何食った」
「いや……そんな、大したもんじゃ……」
「近藤さん」
「いや、健康のために、ちょっと鰻を」
土方は眉をひそめる。
「ちょっと? 一人前だろうな?」
「えっ、いや、そのぉ〜」
井上が黙って指を三本立てた。
「三人前? 一人でか?」
「この、すっとこどっこい!」
「だって鰻……うまくて、箸が止まらなくて」
「知るか!」
土方は額を押さえた。
自分の仕事だけでも手いっぱいなのだ。
それなのに、腹を壊した近藤の面倒まで見なければならない。
頼みの沖田は、秋まで養生。
伊東は理屈だけ。
永倉は酒。
斎藤は腹巻き。
「……やっぱり、衛生係なんぞ兼任するんじゃなかった」
土方は深いため息をついた。
「忙しすぎる……」
そして、ふと思った。
――俺が過労になって倒れたら、元も子もねぇよな〜。
土方は静かに顔を上げた。
「……誰かに押しつけるしかねぇな」
その目が、ゆっくりと細くなる。
◇




