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第二十六話『真相』

「なんでふたりがここに!?」


理人は目を丸くし、透とハコの顔を交互に見た。


「お父さんこそ、施設には入れないんじゃなかったの?」


ハコは理人のはね上がった前髪を見ながら言った。施設そばの駐車場から慌てて走ってきたのだろう。


「緊急で呼び出されてね。教授のことで」


「私も、なんだか呼ばれた気がして、それで──」


ハコがそこまで言ったとき、施設入り口から声がした。


「白凪さん!」


透・ハコ・理人の三人は同時に声のほうへ顔を向けた。


すると、自動ドアの前に白衣姿の沙耶が立っていた。


「お待ちしていました。どうぞ中へ。警備には話を通してありますので」


「え、えぇ」


「あら?あなたたちは……この間の学生さん?」


今は時間が取れないため、理人は手短に紹介した。


「こっちが娘の葉子で、彼は葉子のお友達の透くん。悪いんですが、ふたりも一緒にいいですか?」


「え……?えぇ。白凪さんの娘さんとそのお友達なら、構いませんが……。では、中へどうぞ」


理人は廊下を歩きながら、沙耶に確認を取っていた。


「教授はいつから施設に来ていないんですか?」


「三日前からです。その前日までは、いつも通り出勤されていました」


「どこか変わった様子は?」


「いえ、特には。スマホにも、ご自宅にも電話をしたんですが、ずっと連絡がつかなくて……。他の職員も誰も事情がわからないので、もしかしたらと思って、白凪さんに連絡したんです」


「なるほど。僕も教授の自宅を訪ねましたが不在でした。──どうやら家にも帰っていないようです」


「そうだったんですか……」


四人が所長室の前まで来ると、沙耶が扉を開け、三人を中に招いた。


最初に部屋に入った理人は息を呑んだ。


「こ、これは!?」


所長室は文字通り『空っぽ』だった。本棚の本はすべて抜き取られ、デスクのパソコンや資料なども消えている。さらには、壁際に置かれたショーケースにもなにも残されていない。


しかし、部屋に荒らされた形跡はなく、明け渡し前の賃貸物件のように、綺麗な状態だった。扉のそばで立ち止まっている理人の後ろをすり抜け、透とハコも部屋に入ると、最後に入ってきた沙耶が説明した。


「今朝、私が入ったときにはすでにこの状態で……。部屋には鍵がかかっていましたし、鍵は先生と私しか持っていません。しばらくは部屋に入らないように言いつけられていましたから、先生が最後に使ってから、誰もこの部屋には入っていません」


理人は部屋全体をゆっくりと見回した。


「教授は、部屋のモノごと消えたのか……?」


ハコはなにかを探すように、部屋の中を注意深く歩き回っている。その横で、沙耶が話を続けた。


「密室だったので、先生自身が部屋のモノを持ち出したと考えるのが自然でしょうが……。だとすると、一体どこに持ち去ったのか……」


すると、本棚の裏をのぞき込んだハコが、大きな声を出した。


「これ見て!」


ハコ以外の三人は壁に顔を当て、本棚の裏をのぞいた。沙耶が壁と本棚の隙間をスマホのライトで照らすと、壁に付いている銀のプレートがライトを反射してギラッと光った。


「なにかの……スイッチ?」透はつぶやくように言った。


理人は一歩下がって本棚を見た。木製の大きな本棚は重厚で威圧感すら感じられた。


「ちょっと棚を動かすのは難しいね。透くん、手を伸ばしたら届かないかい?」


「やってみます」透は棚の裏にぐっと手を伸ばした。


指先がプレートに触れる。冷たい金属の感触。そのままプレートをなぞるように手を滑らせると、中央の突起に指先が当たった。


カチリ──。小さな音が室内に響いた。


次の瞬間、壁の奥から鈍い振動音が伝わり、棚の裏の壁がゆっくりと左右に割れ始めた。埃が舞い、空気がひやりと変わる。


「まじかよ……」


透は思わず声が出てしまっていた。


壁の奥には、暗く深い階段が現れていた。薄い照明がひとつ、またひとつと自動的に点いていく。


理人はごくりと生唾を飲み込んだ。


「……行くしかないだろうね」


四人は理人を先頭に、階段を慎重に降りていった。一段降りるごとに、空気の冷たさが増していくように感じた。


そして、階段を降り切ったところで、理人の足が止まる。


「……ここは……」


そこには、上の所長室と同じような配置の部屋が広がっていた。本棚、デスク、パソコン──所長室が地下に再現されている。違いがあるとすると、上の所長室よりも寒いことと、若干狭いということくらいだ。デスクには半分飲みかけのコーヒーカップが置かれていた。透がカップに触れてみると、まだほんのりと温かった。


理人は全体を見回したあと、ひとりごとのようにつぶやいた。


「上のモノをここに移したんだ。まるで──地下に『自分の楽園』を築こうとしたかのようだな」


沙耶は力ない声で言った。


「先生、一体ここでなにを……」


「ねえ!これって……」


ハコは部屋の奥の閉じられたカーテンを見つめていた。


理人はカーテンの端を持ち、一気に開いた。


そこには壁に取り付けられた、灰色の大きな操作盤があり、その前で氷室が床に倒れていた。


「先生っ!」


沙耶は駆け寄り、氷室の肩をつかんだ。息はある。しかし、呼びかけても反応がない。沙耶は着ていた白衣を脱ぎ、素早く丸めると、氷室を仰向けにして頭の下に差し込んだ。即席の枕だった。


氷室の呼吸が安定していることから、とりあえずこのまま寝かせて、部屋の捜索をしようと理人が提案した。そして四人は、ばらけて地下室を見て回ることになった。


透は氷室が倒れていた場所の操作盤を注意深く観察した。表面のカバーが外れて中からコードが飛び出し、その先端が焼き切れている。


「なにか事故があったんだ……ここで……」と透はつぶやくように言った。


コーヒーの状態から考えて、事故からそれほど時間は経っていないと透は推測した。


理人はデスク周りを調べていた。デスクの上には、たくさんの資料が置かれている。理人はそのうちのひとつを手に取った。その資料には『Project『K』』と書かれていた。


「『K』……?なんのことだ?」


資料の中を確認すると、長年の地層磁場実験における研究データと、御神木復活プロジェクトとは『別の計画』が事細かく記載されていた。最終実験区画という文字とともに記載されていた地図が示していたのは、氷室の家のある、『あの丘』だった。


「教授の本命はこっちだったのか……」


なにかを感じ取るように本棚に近寄ったハコは、気になる本を見つけた。


──『センス・オブ・ワンダー』


理人の持って行った本がここにあるはずがない。図書館のシールが貼られているわけでもない。棚から本を取り出してみると、表紙は日焼けしていた。


(持ってたんだったら、なんでわざわざ図書館に?)


不思議に思ったハコは本を開き、思わず目を丸くした。本のページは綺麗にくり抜かれ、その空洞にすっぽりと収まるように、一冊の手帳が入っていたのだ。ハコは手帳を手に取り、ページをめくっていく。


どうやら手帳は氷室の日誌のようだった。日付を見ると、日誌が始まっているのは十七年も前だ。簡潔に数行ではあるが、几帳面に毎日付けられている。綴られているのは氷室自身のことではなく、彼の妻、かなえのことばかりだった。ハコはその一つひとつに目を通していく。始まった日から約半年後の日付を最後に、日誌は終わっていた。


「それは?」理人がハコに近づいて聞いた。


「お父さん、これ読んでみて」


理人はハコから手帳を受け取り、一気に目を通した。


「なるほど──これが『動機』か。これで全部がつながった」


突然、デスクのパソコンから甲高いアラート音が鳴り響いた。理人がパソコンの画面をのぞき込む。


「蓄電槽の許容値を超えている…!まずい、急いでここから出るんだ──早く!」


理人は手帳を胸ポケットにしまい、寝かせている氷室を背負った。そして全員で地下室を出た。


透たちが所長室まで戻ると、施設内にも警報が鳴り響いていた。そのまま廊下を抜けて外に出ると、さっきまでの快晴が嘘のように雲で覆われ、あたりはどんよりと薄暗くなっていた。


入り口前の正面広場には、すでに職員たちが退避して集まっていた。職員たちは多少ざわめき合っていたものの、警報以外に目に見える異変は起こっていないため、比較的落ち着いた様子だった。


透たちも広場に足を踏み入れた。そこで透は、自分たちの近くに立っている石像に目がいった。取材で来たときは、ここには台座しか設置されていなかったはずだ。透は石像の正面に回り込んで見てみた。


それは、円柱状の台座に乗せられた、氷室の胸から上部分を模ったものだった。大きさは大人でも少し見上げるほどで、像の当人と同様に威圧感を放っていた。台座中央には『町の安泰への祈りを込めて──凪ノ町町内会』と彫られている。


「おい、あれ……!」


職員のひとりが、自分たちがいる山の山頂を指さした。透たちもその方向へ顔を向ける。


避雷塔の航空灯が『青く』点滅していた。


職員の誰かが言った。「あれって、御神木復活のときだけの『演出』だったはずだよな……」


透は嫌な気配がした。おそらくその場にいた全員が、直感でそう感じた。そして、次の瞬間──


カッ──


まばゆい閃光が走り、視界が白く包まれる。透は思わず目を閉じた。


──ゆっくりと目を開けると、避雷塔の先端から、天に向かって一本の光の筋が走っていた。そして、その光の筋はうねり始め、バリバリと音を立てて稲妻をまとった。


──やがて、それは龍の形へと姿を変えた。


それを見た透は、つぶやくように言った。


「雷の龍……」


頭上に広がる『雷龍』の姿に、透は思わず息を呑んだ。


「ば、化け物だーーっ!!」誰かが叫んだ。


それを合図にするように、職員たちから悲鳴があがった。その悲鳴が届いたのか、雷龍はゆっくりと顔をこちらへ向け、透たちを見下ろした。


すると、ゴロゴロと轟く雷鳴に乗って、雷龍のほうから低い声が響いた。


「慌てふためく哀れな人間ども……。しかと見るがいい。私のこの姿を」


その声は、まぎれもなく氷室のものだった。


「透ー!ハコーっ!」


後ろから声がして振り返ると、正司と日和がこちらへ駆けて来るところだった。


「正司!日和!」ハコも大きな声で返し、駆けてくるふたりに手を振った。


「もうっ!探したんだから!勝手に走っていかないでよ」


透たちのところまで着いた日和は、肩で息をしていた。


「ごめん……」ハコは軽く頭を下げた。


「でも、あれのおかげで辿り着けた」正司は雷龍を見上げて言った。


「あ、あれって……龍!?」日和は叫んだ。


雷龍から氷室の声が響く。


「私は人間を超越した……私は──神となった!」


「あの声って、まさか氷室先生!?」沙耶が思わず叫んだ。


「どういうことだ…?教授はここに……」


理人は背中の氷室へ顔を向けた。


すると、空を見上げたまま、ハコが静かに言った。


「意識が……あっちに移ってる……」


「まさか教授の意識が、雷と一体化したのか!?」


理人は驚きのあまり、声が裏返りそうになった。


透はハコの顔を見て言った。


「感覚的なことだけど、ハコの言ってること、俺にもなんとなくわかる」


すると日和は、目を丸くしたまま叫んだ。


「嘘でしょ?そんなことってある!?」


少し冷静さを取り戻した理人は、真剣な眼差しを雷龍へ向けて言った。


「いや……確かにそれ以外に、目の前のあれを説明できない……」

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