第二十三話『決まっているだろう』
透がハコに駆け寄ったとき、彼女は小さくうずくまっていた。
「ハコ!大丈夫か!?」
何度か声をかけたが、返事がない。透は伸ばそうとした手を途中で止めた。マルシェの二の舞いは避けなくてはならない。
すぐに正司と日和も駆けてきた。日和がハコの肩を持って声をかけると、ようやく反応があった。
「…ごめん…私。頭がぼーっとしちゃった」ハコはまだ放心気味だ。
「仕方ないよ!私もめっちゃビビったし!あれは誰でも頭真っ白になるって!」
「す、すごい規模だったな……去年以上なんじゃないか?」
正司は眉間にシワを寄せて言った。
ヴーッ…ヴーッ…
先ほどの衝撃で落としてしまったハコのスマホが、地面の上で振動している。画面には『お父さん』と登録名が表示されている。着信に気づいたハコは、急いでスマホへと駆け寄って手に取り、応答した。
「お父さん!?……うん……うん、こっちは無事。……うん……」
透は電話を切ったハコに問いかけた。
「理人さんも無事なのか?」
「うん。大丈夫だって。でも、緊急停止装置は起動しなかったって……」
「そ…そんな……」
日和がそう言ったとき、正司が声をあげた。
「おい!あれを見ろ!」
三人が正司の指さすほうへ顔を向けると、山頂の避雷塔が青い光を放っていた。
ハコがつぶやく。「青…つまり……」
「おおっ!成功じゃぁぁ!!」境内に忠雄の声が響き渡った。
それに続いて白装束団体、見物人と歓声が伝染して広まる。そして、お互いの功績をたたえ合う研究施設職員たちの拍手が、周囲の歓声に交わった。あちこちを撮るため、取材カメラが忙しく動き回る。
境内には一気に祝祭の熱気が立ち込めた。ワールドカップ決勝で日本代表がゴールを決めたときのように、人びとは騒ぎ合っている。透たち四人を除いて。
「帰ろう……。俺たちはここにいるべきじゃない」
透が静かに言って、四人は境内出口へと向かって歩き出した。
テント前を通り過ぎるとき、ハコはちらっと中の様子を見た。キャスターが氷室にマイクを向け、ヒーローインタビューを行っている。普段は無愛想な氷室も、わずかに口角を上げてインタビューに答えている。
「実験はうまくいきました。現在、蓄電槽に溜めた雷エネルギーを、地層へ少しずつ流しています。一週間もあれば、あの成木も御神木の大きさまで育つでしょう──」
その日の夕方。いつものバーガー店で透たちは理人と合流し、話を聞いていた。
「くそっ!してやられた!」
理人は、バンッとテーブルを叩いた。しかし、その音は降りやまない雨音にかき消された。
「ちょっと落ち着いてって。みんな無事だったんだしさ……ね?」
日和が両手を前に出し、なだめるような仕草をした。
「……すまない。そうだね。特に葉子や透くんはすぐに影響が出る可能性もあったが、全員無事でよかったよ」
理人が落ち着きを取り戻したのを確認して、透が口を開いた。
「それで、なにがあったんですか?」
「……フェイクだった。教授から聞かされていた『緊急停止装置』は、ただの飾りだったんだ。僕が起動することをわかっていたとしか思えない……。考えてみれば、所長室のUSBだって管理がザルだった。あれは僕を誘き寄せるためのものだったのか……」
理人のことをずっと気にかけていたハコが、口を開いた。
「なんでそこまでしてお父さんを……?」
「教授以外にこの町の地層に詳しい科学者は僕だけだ。もし僕が教授の魂胆に気づいた場合、一番の障害となる。だから教授は餌で僕を釣って行動を操った。僕はずっと、教授の手のひらの上で踊らされていたんだ……」
「もう止められないんでしょうか?」正司が理人に聞いた。
「僕が『踊らされていた』間に、蓄電槽周辺の警備が一気に強化されていた。今は近づくことも難しいよ。もう打つ手なし、だ……」
理人はそう言って、視線をテーブルへ落とした。
──このときの理人は、いろいろなことを諦め始めていた。もうやれることは全部やった。悔しいが、これ以上はどうしようもない。みんなが無事だったんだからもうそれでいいじゃないか、と。あとは大人として、目の前の学生たちを優しい言葉で慰め、いつも通りの生活に戻るように促してやるくらいか。そう考えていた──。
ところが、理人が声をかけようと顔を上げると、透たち四人は下を向いて落ち込むどころか、なにかを確認するようにお互いの顔を見合わせていた。そして、彼らの瞳には、確かな光が宿っていた。
透は正司、日和、ハコの順に顔を見渡した。
「つまり、今の俺たちができることといえば──」
ハコは透に顔を向けて目を合わせた。
「新たに『迷い人』となった人たちを助けること!」
日和は全員の顔をきょろきょろと見ている。「え?それってさ、もしかして……」
正司は腕を組んで笑っている。
「決まっているだろう──」
そして、透は力強く言い放った。
「──『ナギノセーバー』復活だ!!」
凪ノ町は町の大部分が海と接しており、複数の海水浴場が存在する。その中でも一番広い、凪ノ浜海水浴場には連日たくさんの人が押し寄せ、夏の海を満喫していた。
しかし、そんなビーチの一部では騒ぎが起こっていた。
「ちょっと!あんたなにしてんだ!?」
カップルで来ていた男性が、ひとりの女性に注意をしている。カップルは日光浴をしていたのだろう。折りたたみ椅子を並べ、その真ん中にビーチパラソルを刺していた。そして、注意されている麦わら帽子をかぶった女性は、そのパラソルの柄をつかんでいる。今まさに、パラソルを引き抜こうとしている様子だ。
「なにって?このパラソル私のなんですけど?」
麦わら帽子の女性は、いたって自然な振る舞いでそう答えている。
「ふざけるな!これは俺が家から持ってきたやつだ!」
「ちょ、ちょっと!あれ見て……」
カップルの女性は、麦わら帽子の女性の足元を指さした。そこには四、五本のパラソルが集めて置かれていた。
「あんた。もしかしてこれ全部……盗んできたのか?」男性は目を丸くしている。
「盗んだ?違う違う!このビーチのパラソルはぜーんぶ私のなの!」
麦わら帽子の女性はそう言いながら、とうとうパラソルを抜き取ってしまった。呆然とするカップルを気にも止めず、折り畳んだパラソルを足元のものとまとめて、よっこらしょと抱え上げて去っていった。
カップルの女性は追いかけようとする男性を引き止めた。
「ねぇ……今の絶対『迷い人』だよ。危ないから放っておこう……」
「──あ、あのかわいいパラソル。あれも……たしか私のだ」
麦わら帽子の女性は、次の獲物を見つけていた。黄色と白の縞模様のパラソルが、夏の砂浜に鮮やかに映えていた。しかも、パラソルの影で休んでいた茶髪の少女は、タイミングよく海のほうへと歩いて行ったため、今は周囲に誰もいない。
麦わら帽子の女性は、どさっと回収したパラソルを砂浜に降ろし、縞模様のパラソルへ一直線に駆け寄った。そして柄を持って引き抜こうとした。
しかし、パラソルは異常なまでに重く、持ち上がらない。
もう一度ぐっと力をこめるが、びくともしない。
「ぐぎぎっ…なんだ…この重さ……!」
麦わら帽子の女性は、絶対に抜き取ってやるという執念で柄をつかんで必死に踏ん張る。
そのとき、ピリッと腕に静電気のような刺激が走った。
「痛っ…!」麦わら帽子の女性は、腕のほうへ顔を向けた。
すると、そこには黒のサングラスをかけた銀髪の小柄な少女が立っており、両手を添えるようにして自分の腕に触れていた。少女は水着の上から白い薄手のパーカーを羽織り、左腕には『NS』とロゴの入った黄色の腕章をつけている。
──麦わら帽子の女性は、はっと我に帰った。
(あれ……?私ここでなにをしているんだろう?確か海岸沿いを散歩していたはずだけど……)
「気分は……大丈夫ですか?」銀髪少女が語りかけてきた。
「え?えぇ……」
すると、少し離れたところから声がして、茶髪の少女がこちらに駆けてきた。
「お疲れー!あとは任せて!」
茶髪の少女もサングラスをかけ、薄手のパーカーにピンク色の腕章をつけている。
(あの子、さっき見た気がする……)麦わら帽子の女性はそう思った。そして、少女たちに尋ねた。
「あ、あの…一体……」
「あなたは迷い人になっていたんです。でも、もう安心してください」
銀髪少女はそう言うと、茶髪少女と入れ替わるようにして去っていった。
「イエロー、お疲れ様!どうだった?」
正司が合流したハコに声をかける。透も一緒だ。三人は、麦わら帽子の女性から少し離れた海岸に集合していた。
「例の麦わら帽子の迷い人、解決したよ!『パラソルの下に重りを隠す』作戦がうまくいったみたい。今、ピンクが盗まれたパラソルを元の人のところに返してくれてる」
「よくやった!ナイス連携だ!」
そう言って親指を上に立てた正司。彼も海パンにゴーグル、パーカー姿だ。そして、『緑色』の腕章をつけている。
「このカッコ、動きやすいしちょうどいいね」
ハコは両手を広げて、動きやすさをアピールした。
「よく似合っているぞ!『ナギノセーバー・サマーフォーム』というところか!」
「まぁ。つってもゴーグルやサングラスで顔を隠してるだけで、あとはただの水着なんだけどな」
そう言う透は、正司とほぼ同じ格好をしている。そして、腕章の色は『赤』だ。
正司はふたりに喝を入れた。
「こういう人が集まる場所は迷い人も発生しやすいだろうから、気を引き締めるぞ!」
そのとき、透のスマホが振動した。画面を確認した透は、ふたりに伝える。
「言ったそばから新たな情報……すぐそこだ!行こう!」
「み、見えない!見えないー!」
目隠しをした海パン姿の男子高生が棒を振り回している。彼は周辺を徘徊しているため、一緒に来ていた友人数人は、少し離れた場所で様子を見ている。
「これって……スイカ割りしてたの?」
ハコは男子高生の足元のスイカを見て言った。スイカはまだ割れていないことから、やっている最中に症状が出て、自身の状況がわからなくなってしまったようだ。
「こんなときに迷い人になるなんて……」
そこまで言って、透は口をつぐんだ。
「どうなってる!?真っ暗だぁ!!」
男子高生の棒を振り回す勢いは増し、ぶんぶんと音をたてている。彼の友人のひとりが透たちに声をかけてきた。
「気をつけてください!あいつ剣道部なんです!」
それを聞いた透は息を呑んだ。
しかし、正司は冷静に周囲を観察していた。そしてなにかを閃いた。
「よし、ここは俺に任せろ!」
ばっと正司は男子高生に駆け寄り、足元のスイカを拾った。そして、振り回される棒のほうへスイカを突き出した。
バゴッ──!棒は見事にスイカに命中。正司の手の中で綺麗に真っ二つになった。
「え?今、なにかに当たった……?」
男子高生はスイカが割れた音と手に伝わる衝撃に気を取られ、その場に立ち止まり、棒を持つ手を下ろした。その隙に、正司は棒の先を両手でぎゅっと握る。驚いた男子高生は棒を再度振り回そうとするも、正司の馬鹿力によってどうにもできない。
「イエロー!」
正司が声を張り上げた。
意図を理解したハコは急いで駆け出し、身動きが取れなくなっている男子高生の腕に触れた。
「……ひっ!」
びくっと体をのけ反らせ、男子高生はしばらく放心した。
「……あれ?俺……なにしてた?スイカ、割れた……?」
ハコは後ろから男子高生の目隠しを外してあげた。そして彼の目の前に立つ正司は、ふたつに割れたスイカを砂浜から拾い上げた。
「ああ!実にいい振りだった!」
男子高生の友人から、お礼を告げられていた透たちの耳に、次なる悲鳴が届いた。
「きゃー!!だ…誰か!!」
透が声のする波打ち際へ顔を向けると、女性が沖のほうを見ながら叫んでいた。
「誰か助けて!うちの子のボートが!あの子泳げないの!」
男子高生のフォローを正司に任せ、透とハコは急いで女性の元へ駆け寄った。
すると、海岸から二十数メートルほど先の沖で、低学年の女の子がひとりで子供用のフロートに乗っているのが見えた。
フロートは空気が抜けていっているらしく、女の子が座っている中央部分がへこんで、V字型に折れ曲がっている。そのため、女の子は少しずつ、ゆっくりと海へ沈んでいく。
「あの子『自分で空気の栓抜いてた』よ!泳いでるときに見た!」
透のそばにいた、ゴーグルを頭につけた小学生の男の子がそう話した。
「あの子も……」透がつぶやいた。
「透どうしよう……私、泳げない……」ハコは青ざめている。
透はあたりを見回した。すると、近くで沖から戻ってきた家族連れが視界に入った。少し大きめのフロートを押して浜辺へあがっているところだった。
透はその家族連れへと駆け寄り、「すみません、緊急事態なので借ります!」とフロートをつかんで浅瀬に浮かべた。そしてハコに「乗って!」と叫んだ。
ハコは走ってフロートに乗り込み、透がフロートを押して沖に出た。そこからはバタ足で泳いで、溺れかかっている女の子のところまで押し進めた。
──間一髪。ハコは女の子のフロートが陥没する直前に腕を引っ張り、自分のフロートへとたぐり寄せた。腕に刺激が走った女の子は「きゃっ!」と小さく声をあげたが、すぐに正気に戻り、きょとんとした顔をしている。
透がふたりを乗せたフロートを浅瀬まで運ぶと、母親が駆け寄り、女の子を抱きしめた。
「アサヒ!あぁ、よかった!!」
そこへ、正司と日和も駆けつけた。
自然と周囲の見物人たちから拍手が沸き起こった。活躍の一部始終を見ていた見物人のひとりが、透たちに声をかけてくる。
「あんたたちすごい活躍だな!何者なんだ?ライフセーバーか?」
「いえ、俺たちは──」
透たちはアイコンタクトを取り合って、声を揃えた。
「この町を守る『ナギノセーバー』!!」
透とハコを中央に、四人は一列に並んで決めポーズをとった。周囲から歓声とさらなる拍手が巻き起こる。四人を撮影するスマホのシャッター音も混じっている。
「き……決まったぁ〜!」
感極まった正司は、堪えきれず声を漏らした。
すると、海風に混じって遠くで理人の声がする。「みんなー、お疲れー!」
透が声のほうを見ると、海岸沿いの道路脇に白のワゴン車が停まっている。その窓越しから、理人が手を振っていた。迷い人の出る範囲が拡大したこともあり、理人はドライバー係として復活後の透たちを補助してくれていた。
「迎えが来たので、我々はこれで失礼する!」
正司は見物人たちにそう告げ、次に、透たちにひそひそ声でこう言った。
「急ごう。ヒーローたるもの、去り際が肝心だ!」




