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第二十二話『落雷』

八月二十日。御神木復活プロジェクトの実験当日。この日は朝から大雨だった。


リビングに降りると、まだ早朝だというのに理人はすでに支度を整え、気を落ち着かせるためにコーヒーを飲んでいた。


「お父さん、いよいよだね……」


ハコは不安から、昨晩はほとんど眠れていなかった。


「あぁ。うまくいくよう祈っていてくれ」


理人からも緊張が伝わってきた。


「お父さん……警察に捕まったり、しないよね?」


「大丈夫さ。葉子はなにも心配しなくていいよ」


理人はそう言って、ハコに笑顔を見せた。


そして、マグカップを片付け、用意していたソファーの上のリュックを背負って玄関へ向かった。


ハコもあとに続いてリビングを出る。


「じゃあ、行ってきます」


理人は玄関の扉に手をかけてそう言った。


「うん、気をつけて。成功祈ってる!」


ハコは理人の背中越しに精一杯のエールを送った。


バタンと玄関の扉が閉まった瞬間、ハコの胸に急な寂しさが押し寄せた。


ハコはしばらく玄関に立ったまま、外の雨音を聞いていた。ザーッという雨音が、寂しさをほんの少しだけ紛らわせてくれた気がした。


昼前、ハコが凪ノ神社に着くと、すでに透・正司・日和が集まっていた。


雨の中でも境内は報道陣や見物人でごった返し、あたりは熱気に包まれていた。雨に加え風も強く、ハコたちを含め、集まった人の多くはレインコート姿だった。


境内中央には特設テントが組まれており、中には大きな機材がたくさん配置されている。機材のそばには白衣姿の人物がちらほら見える。どうやら氷室の研究チームのテントのようだ。この場所から、山腹の装置を遠隔操作するらしい。


テントの周りは報道陣が取り囲んでおり、ハコたちの位置からでは、はっきりとは中の様子が見えなかった。とはいえ、理人のIDカードの一件で疑われている可能性もあるため、不用意にテントに近づくわけにもいかない。


ハコは背伸びして、テントの中をのぞき込もうとした。すると、報道陣の隙間から、ちらりと中の様子が見えた。機材に囲まれたテントの中央には長テーブルが置かれ、そこにチームの首脳陣らしき人物が三人座っている。そのうち、真ん中に座っている黒いスーツ姿の男性は、間違いなく氷室だった。周りで慌ただしく動く職員たちとは違い、氷室は実験の成功を確信しているかのように、落ち着き払っていた。


まるでハコの視線を察知したかのように、氷室が姿勢を崩さぬまま、目だけをこちらへ向けた。氷室と目が合ってしまったハコは、慌てて小さく屈んだ。


「ん?どうしたハコ?」透が不思議そうに聞いてきた。


「……なんでもない」


縮こまったままだったので、ハコの声はくぐもった。


「──いよいよだな……」


正司は避雷塔を見つめて腕を組んだ。ハコも正司と同じ方向へ顔を向ける。


視線の先、堂々とそびえる綻ノ山。その山頂に、ぼんやりと黒い塔の影が見える。悪天候のせいで霞んでいるが、赤く点滅する航空灯のおかげで、それが避雷塔だとわかる。


「あの赤い光は、実験が成功したときだけ青く光るらしい。テレビで言ってたぞ」


正司はハコに説明した。それを聞いて、最近はテレビを見ていなかったということをハコは思い出した。理人が施設を追い出されて以降、なんとなくニュースを見るのが嫌で、テレビをつけなかった。理人もリビングではテレビをつけずに過ごしていた。


(お父さん…大丈夫だよね……)


ハコは心で理人の無事を祈った。


「理人さん、問題なさそうだったか?」


透が聞いてくるタイミングが、まるでハコの心を読んだかのように重なった。


「う、うん。しっかり準備して朝早くに家を出てたし、大丈夫だと思う」


日和は目を閉じて胸の前で手を組み、呪文のように唱えている。


「うまくいきますように。うまくいきますように……」


テントの横にはデジタルサイネージが掲げられており、落雷予定時刻が表示されていた。サイネージに表示されている時刻は十二時二四分。


ハコはレインコートの胸元を少し持ち上げ、内側のスマホショルダーからスマホを引き抜いた。画面ににじむ雨粒を指でぬぐい、時間を確かめる。十一時四二分。まだ三十分以上はある。


ハコはスマホをしまわず、手に持ったままにした。理人からの連絡にすぐに応答するためだ。


ハコたちが神社に到着してから少しすると、見物人の一部がざわめきだした。


ハコがざわめきのほうへ目を向けると、境内入り口からぞろぞろと、十数人ほどの白装束の団体が流れ込んでくるところだった。雨雲に空を覆われた薄暗い境内に、白装束の姿はかなり目立っていた。


団体に気づいた見物人たちは「なにアレ?」などと、ささやき合っている。テントに向けられていたカメラも、何台かがさっと団体へと向きを変えた。


「ねえ!あの人、忠雄さんじゃない?」


日和が団体の先頭を指さして、大きな声で言った。日和の言うとおり、団体を引き連れて先頭を歩いていたのは、同じ白装束に身を包んだ忠雄だった。あとに続く人たちと違うのは、古びた黒い烏帽子をかぶっていたことだ。いつものアロハシャツではないことと、普段の豪快さとは真逆の、神妙な面持ちで歩いていたこともあって、まるで別人のようだ。


忠雄たち白装束団体は、御神木から少し離れた成木の前に集まり、横並びに二列で並んだ。御神木復活プロジェクトによって『次の御神木』となるのが、その成木なのだということをハコはそこで初めて知った。


列から一歩前に出た忠雄の手には、どこから出してきたのか、白い紙垂しでを吊るした木の棒が握られていた。忠雄はその木の棒を左右に振り、祈祷を捧げ始めた。彼は神主ではないが、町の代表としてやっているようだ。忠雄の後ろに並ぶ面々は、手を合わせてぶつぶつとなにかを唱えている。よく見ると、彼らは全員老人だった。商店街の店主など、ハコの知っている顔も何人かいた。神聖な儀式に雨具は不要なのだろう。彼らはずぶ濡れになりながら必死に祈っている。


「まさかあれ……雷が落ちるまで続ける気か?」正司は目を丸くしている。


「絶対風邪ひくでしょ!」日和は信じられないという様子で叫んだ。


「ちょ、ちょっと怖いかも……」と言うハコの言葉に、透も小さく頷いた。


白装束の団体は、やや狂気じみた雰囲気を放っていた。


忠雄たちが祈りを捧げ始めてすぐ、雨雲の奥からゴロゴロ…と鈍くこもった音が響いてきた。どうやら、雲の内部で放電が起きているようだ。落雷の予兆に、見物人たちからは「おぉ…」と軽い歓声があがった。


「ね、ねぇ?理人さんからの連絡まだないの?」


日和は少し身を屈めながら、ハコに確認した。


「……まだない」


スマホを見つめるハコの不安げな表情が、真っ暗な画面にぼんやり映り込んでいた。


正司は自分の腕時計を確認した。


「まずいな。落雷の予定まで、あと十五分だ……」


四人に緊張が走った。


ゴロゴロ……。雲の奥から鈍い音が再度鳴り響いた。落雷の瞬間を捉えようと、スマホを構えて準備する見物人も増えてきた。


「──あと十分…」


正司がそうつぶやいた。


ドクン……ドクン……ハコは自分の心臓の鼓動がはっきりと感じ取れた。


ザザァー──ババババッ


雨は勢いを増した。雨粒がハコのレインコートのフードを激しく叩く。


(……ここにいてはいけない。お父さんのところへ行かないと!)


ハコは直感的にそう思った。


ザッ…!


気づくと、ハコは境内の出口へ向かって走り出していた。


「ハコ!」


透の声が背中のほうから聞こえる。


──そのときだった。


カッ──


視界が真っ白に染まる。


「うっ……」


ハコは思わず目を閉じて立ち止まった。その直後──


ドガラララァァン!!


地面を振るわせ、爆音が轟いた。


「きゃぁーー!!」


見物人の悲鳴が、雨音に混じり合っている。想像を超える落雷に、あたりは騒然となった。


ハコは恐怖で足の力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。


「ハコ!大丈夫か!?」


自分のそばに駆けつけた透の声が、ハコの耳に届く。


しかし、ハコはその場で固まったまま、頭が真っ白になっていた──。

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