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第十九話『絶対成功する!』

「──正司!!」


透の声を合図にするかのように、ボックス席の四人は一斉に立ち上がった。実際には二週間ぶりの正司との再会が、透には数年ぶりのように感じられた。


「よっ!」正司は軽く挨拶した。


「『よっ!』じゃないでしょ!」日和は呆れている。


透は確認した。


「お前……もう大丈夫なのか?その……いろいろと」


「ああ。迷惑かけたな透」正司の顔は晴れやかだった。


「正司、あの私……」ハコは口をつぐんだ。


「ハコ。お前にも謝らないとな。あのとき、ちゃんとお前の声を聞くべきだった。すまなかった」


正司は頭を下げた。


「んーん、私のほうこそ。あれから反省したの。自分の意見をちゃんと言うようにしよって」


ハコは言葉を選びながら丁寧に答えた。


正司は日和を見て言った。


「それから、ここに来られたのは日和のおかげだ。わざわざ家にまで伝えに来てくれたんだ。今日の集まりには来いって」


「別に来いとまでは言ってないけど……」


日和は恥ずかしそうに、グラスに残ったチェリーのヘタを爪先でつついている。


(ああ、そういうことか)透は理解した。


日和が息を切らしていたのは、店に来る前に正司の家へ走ったからだ。別々に来たのは、正司のプライドに配慮した日和の気遣いだろう。


理人は笑みを受けべて言った。


「まぁ、なにはともあれ、これで全員が揃った!よかった、よかった!」


「ってか、あんた話聞いていたの?」日和は正司に聞いた。


「……いや、入るタイミングを見計らっていたら、たまたま聞こえた」


「すぐ入ってくればいいじゃ〜ん」


「いや、タイミングってのがあるだろう」


「気にしすぎだって!」


日和と正司のやりとりは、他の三人の心を和ませた。


そして、日和は正司の言葉を思い出し、本人に聞いた。


「それで?『いい案』って?」


「あぁ。少なくとも、研究施設内にはこれで入れるはずだ──」


それから数日後──氷室の研究施設。


「……学生新聞?」


警備員の男性は目の前の学生三人組を見て、眉をひそめてそう聞いた。


こんな山の中の研究施設に、学生服を着た子どもたちが訪ねてきたことに違和感を覚えたからだ。


三人の学生のひとり、透は爽やかな笑顔で答えた。


「はい!僕たちの町のシンボルである『御神木』を復活させる研究に、とても興味が湧き、ぜひ取材させていただきたいと思いまして!」


「あ〜、話は聞いてるよ」


奥から別の警備員が現れ、透たちに声をかけた。


そして窓口の台に置かれた名簿を指さし、「じゃあ、ここに名前、学校名と訪問目的も書いてね…あ、全員ね」と言った。


『春川 透』・『神谷 正司』・『白凪 葉子』、三人の名前と学校名が、本人の手で名簿に記入された。


「あれ?君だけ学校違うの?」


警備員は、ハコの学校名が他のふたりと違っていることに気づいた。


「あ…あの……」ハコは言葉を詰まらせた。


「今回は二校協力で新聞を作るんです!なんせ、これだけ立派な施設の情報をまとめるわけですから!」

透はハコの代わりに答えた。


「ふーん……。じゃあ、この入館証を首からかけて。最後、またここに返すときまでは外さないように。それと、スマホはここで預かるから。そこの箱に入れておいて」


警備員は事務的な態度でカードホルダーに入った入館証を人数分配った。


警備室を過ぎ、施設内に入ったすぐのところに、ポニーテールの白衣姿の女性職員が立っていた。


「あ、君たちが取材の学生さんね。私、真壁まかべ 沙耶さやです。沙耶さんって呼んでね!ここのいち職員でもあるし、たまに氷室先生の秘書っぽいこともしてます。今日一日、施設内を案内するからよろしくね!」


沙耶ははきはきとした口調で話した。瞳には快活そうな光が宿っている。ここでの仕事を楽しんでいるのが雰囲気で伝わってくる。


「──じゃあ、さっそく行こっか。ちょっと歩きながらになるけど、この施設の簡単な説明をするね!」


沙耶を先頭に、三人は施設内の廊下を歩いていく。他の職員は、それぞれの業務に集中しているのだろう。廊下には透たち以外は誰もおらず、がらんとしていた。


真新しい綺麗な施設は壁も床も、天井まで全部真っ白だ。真っ直ぐ続く廊下に等間隔に扉が並ぶ。鼻先をかすめるような薬品の匂い。透はこの場所がちょっと苦手だなと思った。


「──透、あれ。斜め前の扉」


後ろを歩くハコが透の肩を突きながら、ささやくような声で言った。


透が言われた方向の扉を見ると、『磁場観測室B』と書かれたプレートが扉横の壁に付けられていた。


(──ここだ!)


──時を少し遡り、正司が現れたあとのバーガー店。


「なるほど。学生新聞の取材と称して施設内に入る、か。施設全体が稼働している時間帯を狙えば、職員が廊下を出歩くことも少ない……。なかなかいい案だ」


理人は正司の案に納得している。


ハコは興奮して立ち上がった。


「正司すごい!」


「でもいいのか?正司。施設に侵入してって、お前の正義感からズレるんじゃ……」


透は正司に気遣って言うと、正司は晴れやかな顔で答えた。


「この町の人たちに危険が迫っているのを放ってはおけんだろう。それに、俺はもう自分の正義を迷わない」


透は正司のその表情から、会っていない間に、いろいろなことがあったのだなと察した。


すると、日和が理人に疑問を投げかけた。


「でも……ちょっと待って。そのIDカードをゲットしたとして、そのあと、どーすんの?まさかみんなの前で堂々と緊急停止させるわけ?」


「その点は大丈夫だよ。実験の実行当日は、施設内には誰もいない。安全のため、職員は全員別の場所に退避して、離れたところから遠隔で操作するんだ。その間に僕が施設に忍び込んで、緊急停止させる」


「それって雷が落ちてきたとき、お父さん危ないんじゃ……」


ハコは心配そうな顔を理人に向けている。理人はハコを安心させるため口角を上げた。


「それも大丈夫。施設の建物全体が避雷針ネットワークとアースシステムで覆われている。むしろ安全なくらいさ。職員が退避するのは、世間に安全性をアピールするための、パフォーマンスみたいなものだよ」


「よし、じゃあその方向性で決まりだな!」


正司が確認し、全員がそれに同意して頷いた。


「話を戻すけど、すでにカードが廃棄されている可能性も十分にある。ここはもう賭けだね」


理人はそう言ったあと、自分のカバンから不要な資料用紙を一枚取り出し、その裏に研究施設内の地図を描いた。


「いいかい?僕のIDカードが放置されているであろう、『廃棄用ダンボール』がある部屋はここ──」


理人が地図上に『丸印』を描いて示した。その横には、『磁場観測室B』という文字が添えられていた。


地図を確認していると、ハコは少しそわそわし始めた。そして、理人に確認した。


「もし部屋に入ったことがバレちゃったら……どうなるの?」


「この部屋に機密データは保管されていないから、間違えて入ったと言えば、高校生の君たちが咎められることはないよ。もし僕のカードを手にしていたとしても、知り合いのカードだから本人に届けてあげようと思ったと言えば、注意くらいで済むだろう。もちろんカードは没収されて、もう取り戻せないだろうがね」


理人はこほん、とひとつ咳払いをして話を続けた。


「この部屋の扉は施錠されていないし、使っている職員は今はひとりだけ。その職員が休みの日を狙えばいい。問題は──」


「監視カメラですね」透が言った。


「そう。注意すべきカメラがここと、ここ──」


理人は地図上で丸印を描いた部屋の隅と、その部屋に接する廊下の壁に『バツ印』を描いた。


「先にこのカメラをどうにかしないといけない……」


理人はそこまで話すと、急にテーブルに身を乗り出して声をひそめた。


「……ちょっといいかな?」


透たちも身を乗り出して顔を近づけ合った。


「わずかな時間であれば、僕が施設の外からカメラの映像をハッキングして、静止画に切り替えることができる」


「そんなことできるんですか!」


正司は思わず大きな声を出してしまい、理人が慌てて人さし指を口元で立てた。


「部屋に入るタイミングと、カメラを切り替えるタイミングを合わせる合図が必要だ。でも、スマホとかの通信機器は入り口の警備室で預かられるから…」


ひそひそ声の理人は、先ほどの地図に丸印をつけた所から、少しだけ離れた小部屋に新たに丸印を描いた。


「ここの男子トイレ。小窓が付いているんだ。僕は外で、このトイレの近くに待機しているから、小窓越しにコンタクトをとろう。それを合図とする」


「男子トイレということは、実行するのは俺か透だな」


正司も精一杯、声のボリュームを下げている。


「……俺が行く。こういうのは俺のほうが向いてる」


そう透が言った。抑えた声の中に、力強さが宿っていた。


「廊下と部屋のカメラをハッキングしていられる時間は三分が限界だ。トイレからカードの部屋までは行き帰り合わせて約一分。部屋に入ってからの二分間が勝負だ」


理人は真剣な表情で透に言った。


「はい……」


透にもその緊張感が伝わった。


「じゃあ、施設に入るのは透くんと正司くんのふたりにお願いしよう。今回は全員で行く必要はないからね」


理人は確認をとった。


「あの──」ハコが口を開いた。


「私も協力したい。そもそも私の記憶が原因だし」


「……わかった。じゃあハコは正司と一緒に取材してくれ」


透はハコの気持ちを汲み取った。


「うん!頑張る!」


「日和はどうする?無理しなくていいぞ」


透は日和の目を見た。


日和は少しだけ考えてから、透と目を合わせて言った。


「ごめん、今回はパス。私やらなきゃならないことあるから」


そして日和は他の四人の顔を見て、笑顔でこう付け加えた。


「みんな絶対うまくいく!」


──そして再び、研究施設内の様子。沙耶の後ろを歩く透たち。


(磁場観測室B、磁場観測室B……)


透はプレートの文字を何度も頭で復唱した。部屋を間違えることだけは避けないといけない。


『磁場観測室B』の部屋を通り過ぎ、少し歩くと、男子トイレが見えてきた。理人が言った通りの距離感だ。


四人はさらに廊下を歩き、突き当たりの扉の前まで来ると、沙耶が立ち止まった。


「──それじゃあ、まずはこの部屋で、『地層の磁場変動のシミュレーション映像』を見てみましょう!」


透が扉横の壁を確認すると、『地層磁場シミュレーションルーム』と書かれたプレートが付けられていた。

沙耶が扉を開けたとき、透は口を開いた。


「あ、あのー……すみません。お手洗い、お借りしてもいいでしょうか?」


すると、正司がすかさず声をあげた。


「なに〜!?施設にお邪魔する前にトイレを済ませておけと、あれだけ言っただろう。──まったく……仕方ない。ここは俺たちがちゃんとお話しを聞いておく。任せておけ!」


正司のオーバーな演技に透はヒヤヒヤした。


しかし、沙耶は少し残念そうな表情を浮かべただけで、疑うような素振りはなかった。


「そう……。場所わかる?」


「はい。さっき前を通ったので。……じゃあ、あとは頼んだ」


透はそう言って、早歩きで引き返した。


男子トイレは個室もすべて空で、誰もいなかった。


透は奥の小窓まで歩く。緊張で自分の心臓の音がはっきりと聞き取れた。


「──理人さん……いますか?」


透は少し高い位置にある小窓のサッシに目いっぱい顔を近づけ、開けられた窓の隙間から小声で外に投げかけた。


反応がない。


「……理人さん?」不安になってもう一度小声で投げかける。


ガサガサ……


「──ああ、いるよ!透くん」


近くの茂みから音がして、理人の声が聞こえた。小窓が高いせいで、理人の姿までは見えなかったが、透はほっとした。


「目的の部屋の場所はわかったかい?」理人が確認する。


「ええ。大丈夫だと思います。そっちは?」


「こっちも準備ばっちりだ。じゃあ──」


透の緊張感はピークに達していた。心臓は今にも口から飛び出してしまいそうだ。


「…今、カメラ映像を切り替えた。透くん。成功を祈──」


透は理人の言葉を最後まで聞かず、駆け出した。


トイレを出てすぐ、透は廊下を確認する。大丈夫、誰もいない。


(走れ!)透の脳が全身に命令すると体は瞬時にそれに反応し、『磁場観測室B』の部屋の前まで全力で走った。


「はぁ…はぁ……」


透は扉の前で一瞬だけ息を整えた。そしてゆっくりと扉を開けた。


(…よかった。本当に誰もいない……)


安心したことで、透の思考力が戻ってきた。


(さっきの全力ダッシュでだいぶ時間は稼げたはず……。大丈夫、俺ならやれる……!)


部屋に入った透は、監視カメラを確認した。カメラを見たところで、透にはなにもわからないが、確認せずにはいられなかった。続いて、部屋の隅の床に視線をやると、白いダンボール箱が目に入った。ダンボール箱の側面には『廃棄用』と印字された紙が貼られている。


(これだ!)


透はダンボール箱へ駆け寄った。箱の蓋は開いていた。恐る恐る中をのぞき込んで、透は体の血の気が引いた。ダンボール箱の中は廃棄書類で満タンになっていたからだ。この中から小さなIDカードを探し出さなくてはならない。


(残りの時間はどのくらいだ?ダッシュで稼げたのが十数秒くらいとして…いや、考えている場合じゃない!)


透はダンボール箱に両手を伸ばした。


(──透くん、大丈夫だろうか……。相手と連絡が取れないというのは、こんなにもストレスなのだな……)


理人は茂みの中でひとり、やきもきしていた。手にしているノートパソコンに目をやった。


(あと一分ほど……。頼む、うまくいってくれ……)


祈ることしかできない自分を情けなく思った。


たった一分。このわずかな時間が理人には半日にも感じられた。


そして──


「……時間だ」


理人は、ブラックアウトしたパソコン画面に写る自分の顔を見つめてつぶやいた。


そのときだった。


「──人さん!」かすかに声が聞こえた。


「理人さん!いますか?」透の声だ。


「透くん!」理人は茂みから飛び出した。


「透くん!無事だったか!」


理人はすでに声を抑えきれていない。


すると、窓の網戸が開き、隙間からカードだけがすっと出てきた。それを受け取る理人。


「間違いない……!僕のIDカードだ。透くん……よくやった!」


「……じゃあ。僕は戻らなくちゃいけないので、これで──」


透が立ち去る音が聞こえた。


理人は少年の勇気に感極まって、鼻の奥がつんと熱くなった。

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