第十七話『向き合う』
透とハコはバーガー店に来ていた。
今日は『夏の思い出づくり』の集合日だ。正司は相変わらず現れない。そして、今日は日和も来ていなかった。
「日和が来ないなんて珍しい……。体調崩したのかな?透、聞いてない?」
ハコは心配して、スマホから日和へ送るメッセージを打ち込んでいる。
「……聞いてない」
透は先日の日和との会話を思い出していた。
(もしかして…この前、俺が言ったことが原因か……?)
ハコがメッセージの送信ボタンを押した。その直後、隣の席から声が聞こえてきた。
「……僕がっ!…どうにか…しないと!」
透もハコも耳を澄ました。聞き覚えのある声だ。
「…でも…どうしたらいい?証拠は…確かにないし……」
ふたりは顔を見合わせ、黙って頷いた。そしてそっと立ち上がり、隣の席の様子をのぞいた。
隣の席にいたのは、ひとりでデラックスバーガーセットを頬張る理人だった。
「お父さん!?」ハコは思わず声をあげてしまった。
「…うっ!ぐっ!」
ハコの声に驚いた理人は、バンズを喉に詰まらせ、慌ててコーラで流し込んだ。
「……葉子!?それに透くんも……。ふたりとも、ここの常連だったのかい?」
理人は店員を呼び、透たちの席に移動させてもらった。
「お父さん、施設に泊まり込みで研究のお手伝いしてたんじゃなかったの?」
ハコは自分の隣に座った理人に聞いた。
「いやぁ……それがその……」
理人は、なんだかばつの悪そうな表情でどぎまぎしていた。
「施設を追い出されてしまったんだ……」
「えー!?なんで?」
ハコは軽く頬を膨らませた。少し怒っているようだ。
「いや〜……」
理人が言葉に迷っていると、透が核心をついた。
「もしかして、俺たちに関係していることですか?」
「──!」
「え?そうなの……?」
「理人さんが、隠しごとをするとしたら、理由はそれくらいだろう?」
理人は目の前の、まだあどけなさの残る透がたまに見せる、洞察力の高さに度肝を抜かれていた。
(まったく、この少年は……)
そして、理人は咳払いをひとつして、事実を伝えることにした。
「実は──」
そのとき、ボックス席の入り口から声がした。
「はぁ…はぁ……。お、お待たせー!」
そこに立っていたのは日和だった。そして、透の横にどすっと座り込んだ。走ってきたのだろうか、ずっと肩で息をしている。
「日和、大丈夫?ちょっと前にメッセージ送ったとこだったんだけど……」
ハコは日和の顔をのぞき込むようにして言った。
「あはは、ダイジョウブ!」
日和はハコへ笑顔を向けた。そして、メニュー表を指さして透に聞いた。
「もう注文した?」
「あ、そういえばまだだった」
日和は透の言葉のあと、すかさず言った。
「じゃあ私、フルーツパフェで!」
日和がデザートメニューで一番高いフルーツパフェを頼んだのは初めてだ。よほど疲れているのか、はたまたなにかを成し遂げた自分へのご褒美か。
透が注文をまとめて店員を呼んだ。理人はコーヒーを追加で注文した。
今日の日和はなんだか様子がおかしい──。透とハコはアイコンタクトで確認し合った。
「今日は理人さんも一緒なんだ!どもども、お久しぶりっす!」
少し落ち着いてきた日和は、理人にぺこっと頭を下げて挨拶した。
「あ、もしかして話の途中だった?ごめーん!」
「あ、いや。ちょうどよかったよ。日和ちゃんにも聞いてもらっておいたほうがいい」
理人はそう言って、カバンからボイスレコーダーを取り出した。実は、氷室とのやり取りの一部始終を録音していたのだ。
透たちは、録音された理人と氷室のやり取りをすべて聞いた。
パフェの桃をスプーンでつついていた日和が、手を止めて言った。
「……ちょっとこれ、ヤバくない?」
透は理人に顔を向け、確認した。
「もし、そのプロジェクトの実験が成功したらどうなるんですか?」
「避雷塔から蓄電槽に溜められた雷エネルギーは、すぐに地層へと送られ始める。一気に送ると成木に負荷がかかるから、ゆっくり少しずつね。つまり、長時間に渡って地層に雷エネルギーが流れ続けることになる。磁場変化が起こる範囲と期間はマルシェのときの比じゃない。町には『下地』を持っている人がまだ大勢いるだろうから……あちこちで迷い人が出てきてしまうだろう」
「そんなことになったら、町のみんながパニックになっちゃう……」
ハコは『ワンピースの女性』のことを思い出して言った。録音を聞いているときから、ハコの心は締め付けられるようだった。
「忠雄さんに相談してみたらどう?そもそもあの人が依頼したことで始まったんでしょ?」
日和が提案すると、理人は手で頭をかきつつ言った。
「教授が県の行政を動かしている以上、もはやあの人にもどうにもできないよ」
「じゃあさ、いっそのこと、その避雷塔をぶっ壊しちゃうとか?」
日和は冗談半分にそう言った。
「いや、それだと町に雷が落ちてしまうかもしれない。避雷塔も落雷のすべてを防いでくれるわけではないが、重要な役割をしているんだ。蓄電槽が機能しないようにさえできれば、通常通り電流を安全に地中へと流してくれるんだが……」
「その蓄電槽ってのに緊急停止装置は付いてないんですか?だいたいこういうのって、付いてるイメージなんですけど」
そう言った透に全員が注目した。
「あ……。いや、映画の知識っす…けど」透は照れくさそうに頭をかいた。
「確かに、蓄電槽に緊急停止装置は付いているし、施設の職員ならIDカードをかざせば装置を起動させられる……んだけど、僕のは追い出されたときに没収されちゃってて……。多分もう廃棄されているだろうね」
透は反射的にハコの顔を見た。やはり理人が追い出されたことが不服なようで、ちょっと不機嫌そうな顔をしている。
「……あ」
少しの沈黙のあと、理人はあることを思い出して声を出した。退職した女性職員のIDカードを適当に扱っていた、小原のことだ。
「どうしたんですか?」
「いや、もしかしたらまだいけるかもしれない。僕のIDカードを廃棄用のダンボール箱に入れたまま放置してくれていれば……。あとは、どうにかして施設に入ってそれを回収できれば、あるいは……」
そこまで言った理人は口をつぐんだ。そして、首を大きく横に振った。
「いや、なにを話してるんだ僕は。高校生の君たちを巻き込んでしまうところだった。……済まない。この話は忘れてくれ。僕ひとりでどうにかするよ」
「どうにかって?」ハコが理人に聞く。
「もう一度、教授と話をしてみる。きっとわかってくれるはずだ」
「十六年も研究にこだわっていたんでしょ?そんな頑固な人が話を聞いてくれるかなぁ?」
日和はそう言って、また桃をつつき始めた。
透は理人の目を見て言った。
「理人さん、協力させてください。俺たちに関わることなら、俺たち自身でも向き合うべきだ」
「お父さん、お願い!」ハコも懇願した。
「うーん……」
理人は腕を組み、目を閉じて考えた。
娘とその友達をこの件には巻き込みたくなかった。しかし、自分ひとりでできることは限られている。
それに──理人は目の前の若者たちの力を信じ始めていた。先のナギノセーバーの活動にも垣間見えた、若い世代の内に秘めたエネルギーの高さを。
「……わかった、お願いするよ。ただし、絶対無茶はしないこと。無理だと思ったらその場からすぐ退散すること。約束だよ」
ハコはうれしそうに透と日和に顔を向けた。ふたりもそれに笑顔で応えた。
「それで、どうやって中に入るの?」ハコは目を輝かせて理人に聞いた。
「……うーーん……」理人は再び腕を組み、目を閉じた。
透も今回ばかりは、なにもいい案が浮かばなかった。そして、とうとう全員が黙り込んでしまった。
「誰かなにか言ってよ〜……」
日和はこれ以上は脳がパンクすると言わんばかりに、両手で頭を抱えている。
「──だったら、俺にいい案があるぞ」
ボックス席の入り口から声が飛び込んできた。
その声にはっとして、四人は顔を上げた。──そこには、私服姿の正司が立っていた。
「よっ」正司は右手を軽く挙げた。
「正司!!」透は真っ先に声をあげた。




