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第十六話『核心』

『今の自分は人生で一番モテている』透はそう感じていた。


というのも、ふたりの女子から『話がしたい』と誘いの連絡を受けていたからだ。それも同じ日に。ナギノセーバーの活動もなく、暇を持て余していた透は、この連絡に胸が弾んだ。


とはいえ、連絡の相手のひとりはハコで、もうひとりは日和という、いつも顔を合わせている相手からだが。それでも、それぞれから個人的に誘われたのは初めてのことだった。


「昼はハコと予約してる店でランチだろ?それから、夕方にバイト終わりの日和とお茶をする、と」


透はひとりごとをつぶやきながら、スマホのカレンダーアプリでスケジュールを何度も確認した。


そして準備をしっかり整え、時間にかなり余裕を持って家を出た。


透が店の前に到着してすぐに、ハコも現れた。


まだ予約の時間になっていないため、ふたりは店の前で待つことにした。世間話をしていると、家を出た時間が一緒だったことが判明した。


「これも共鳴の輪の影響かな……?……なんて」


ハコはそう言って、少し顔を赤らめた。自分で言って恥ずかしくなったようだ。


予約していた時間になり、店に入ったふたりは窓側の席に座った。


ハコは座ってすぐに、カバンから手提げのついた小さな紙袋を取り出し、透に渡した。


「くれるの?──開けていい?」


「うん」


中に入っていたのは、『ビー玉のペンダント』だった。首にかかる部分は革紐でできており、同じ革紐がビー玉に巻きつけられて『籠』のような形を作っている。首紐とビー玉の間の結び目には、青いガラスビーズが付けられていた。全体が丁寧なつくりで、手作りの温もりを感じさせた。


「これ……もしかしてハコが作ったの?」


「そう……。中のビー玉は透が前に渡してくれたものだよ。私、こういうの作るの好きで……」


ハコは照れくさそうに言った。


「すごいな!そんな才能があったのか!──でもいいの?俺がもらって」


「うん。透に持っておいて欲しいなって」


「ありがとう!うれしいよ!」


透はペンダントを首から下げ、ハコに見せると、彼女の顔はほころんだ。


それから透とハコは、たくさん語り合った。


ハコはまだ話していなかった自分の過去のことを話し、透は楽しそうに語るハコを見つめながら、話に耳を傾けていた。


ハコの話のあと、透も自分のことを話した。ハコのように、豊富な話題は自分にはないと思っていたため、最初はたどたどしい口調だった。


しかし、ハコが目を輝かせながら聞いてくれるので、どんどん話に熱が入り、気づけば、幼稚園の頃の話すら引っ張り出していた。ふたりにとって、充実した楽しい時間が流れた。


ところが、店を出ると、あれだけ語り合った仲とは思えないほど、お互い急によそよそしくなった。そして、透が「じゃ、また」とだけ言うと、「うん、また」とだけハコが言い、別々の方向へ歩いて帰った。


そして夕方。透が日和のバイト先の本屋の前で待っていると、指定された時間ちょうどに日和が店から出てきた。


「お前って、いつも時間ぴったりだよな」


「なによ?遅れてないんだから、いいでしょー。──じゃ、行こっか!すぐ近くだから着いて来て!」


透が日和に連れられて来たのは、商店街の中にある、ベンチとすべり台しかない小さな公園の前だった。


「お茶しよって言うから、おしゃれなカフェとかかなって思ったら……公園かよ」


「たまにはこういう場所でもいいでしょ?ジュース奢ったげるから文句言わなーい」


日和はそう言って、公園入り口横の自販機で缶のコーラを二本購入し、一本を透へ渡した。


ふたりはベンチに並んで座った。商店街の店の半数はシャッターが閉められており、だいぶ廃れている。そんな商店街をこの夕暮れ時に歩いている人は、そのほとんどが、『家路へと向かう通路』として利用しているだけだ。公園もがらんとしていて、透と日和以外に人はいなかった。


ふたりは黙って空を見上げていた。商店街の屋根や周辺のマンションの壁に囲まれた場所から見上げる空は、小さな額縁に入れられた絵のように見えた。透はこの『小さな空』を見つめていると、心が落ち着いていくのを感じた。こういう空も結構好きだと思った。


透は日和のほうへ顔だけを向けて聞いた。


「それで、話って?」


「あー、それねー。私さ、来年から東京に行こうかなと思うんだー」


日和は、今ふと思いついた些細なことのようにさらっと話した。そのため、透は思わず聞き流してしまいそうだった。


「え?東京……行くのか?」


「まぁね」


「絵のほうは?」


「もう、やめよっかなって。私、才能ないもん。──だから東京で新しいこと始めよっかなーって。まぁ、なにするか考えてないんだけどねー。ははっ」


「そうか……」


透は日和の横顔を見つめていた。彼女の顔は、特に思い詰めている感じには見えない。透は少し安心した。


「透……。どう思う?」


日和はずっと空を見上げたままだ。


透は少し考えた──いろんな考えが浮かんでは消えた。どう答えるのか正解かわからず、そつなく答えた。


「いいじゃん、東京!新しいチャレンジってのも日和らしくて。応援するよ!」


それを聞いた日和は、わずかに微笑んだ。


「……うん。ありがとう」


しかし、透にはその横顔が、少しだけ無理しているように見えた。


透がハコと日和、それぞれとデートをした翌日。理人は研究施設で四日目の朝を迎えていた。


理人の想像通り、施設内の人手が足らず、泊まり込みで働かなくてはならなかった。だが、おかげで施設の職員とはだいたい親しくなれた。


コーヒーの入ったマグカップを片手に、理人が自分の研究室に入ると、ひとりの若い男性職員があくびをしながら、眠たそうに自分のデスクに向かっていた。


男性の名前は小原おはら。非常勤の職員だ。彼も理人と同様、この施設に半ば缶詰状態だ。小原はアメコミオタクで、彼のデスクには、アメコミヒーローのフィギュアが所狭しと並んでいる。そして彼は隙あらば、理人へ向け、アメコミの魅力をひとり語りしていた。理人はアニメに詳しくないが、熱のこもった小原の話を聞くのは嫌いではなかった。


「小原くん、おはよう」


理人は連勤の疲れを少しでも労ってやろうと、小原のそばに寄って笑顔で挨拶した。


「ああ。白凪さんおはようございます。相変わらず、お早いですね」


「君もね。──ん?それは?」


理人は小原のデスクの上に置かれているIDカードを見た。顔写真は女性なので彼のではない。


「あぁ。これ、一昨日退職した職員さんのですよ。前にご一緒させてもらったときから『辞めたい』って言ってましたけど、ついに限界がきたみたいで。まぁ無理もないっすよね。こんな休みなく駆り出されてたら……。それで、処分しとけって押し付けられちゃって」


小原はそう言うと、IDカードを持って立ち上がり、部屋の隅に置かれている『廃棄用』と印字された紙が貼られたダンボール箱に、ぽいっと投げ入れた。


理人がそのダンボール箱をのぞくと、すでに破棄書類やらいろんなゴミが半分ほど溜まっていた。


「カード……すぐに処分しなくて大丈夫なのかい?」


「え?まぁ、大丈夫でしょ。ふあぁ……。眠たい……」


小原はあくびのしすぎで、目に涙を浮かべていた。


その日の午後、理人は人目を盗んで施設内の所長室に忍び込んでいた。


「なんだ……これは?」


所長──つまり氷室のデスクの引き出しから、小さな黒い箱に入ったUSBを見つけたのだ。この中に大事なデータが入っているのは直感でわかったが、氷室にしては不用心だとも思った。


理人はそのUSBを氷室のデスクのパソコンに差し、大量に保存されているデータファイルを、適当にいくつか開いた。そのデータは観測グラフになっていて、氷室による補足コメントが細かく記載されている。それが地層の磁場を記録したものだと理人にはすぐにわかった。


(こんな大量の観測データ、一体どこのだ?)


不思議に思った理人は開いていたファイルの名前を改めて確認し、驚いた。名前の冒頭に『nagino』とあったからだ。


「ナギノ…って、凪ノ町のことか!?──どういうことだ……?この町には来たことがないんじゃなかったのか……」


さらに驚くべきことに、その記録は十六年も前から続いていた。そして一年前で記録が終わっている。その日付は、あの大規模落雷があった日だった。


「十六年前……去年の落雷……まさかっ!?」


理人は十六年前の最初のグラフを開いた。すると、そのグラフだけ他のものと違って、異常な波形を描いていた。


「……」


理人は眉をひそめ、続いて、最後の記録である落雷のあった日のグラフを開いた。そして、そのふたつのウィンドウを横に並べる。


理人は画面に顔を近づけ、目を丸くした。頭から吹き出した汗が額を伝った。


「似ている……!」


ふたつのグラフは波の高さは違えど、波長は同じパターンを描いていた。


「──そこでなにをしている?」


理人が画面に集中していると、突然声がした。理人が恐る恐る顔を上げると、部屋の扉の前に氷室が立っていた。


「なにをしているのだ?」


氷室は眉をひそめ、獲物を狩るように理人を睨みつけている。

侵入することに気を取られすぎて、扉の鍵を閉め忘れていたことを、理人は今になって気づいた。焦った理人は、やぶれかぶれの策で、氷室に直接問いただすことにした。


「教授……この町には初めて来たとおっしゃってましたが……。これはなんです!?」


理人はパソコンの画面を氷室へと向けた。


「……」


氷室は黙っている。


「なぜ嘘をついたんですか!?」


理人はたたみかけるように言い放った。


しかし、氷室はまったく動じていなかった。そして、鼻からため息を吐き、言った。


「確かに私は、昔この町に住んでいた。そして当時から、町の『特殊な地層』のことを知っていた」


氷室はゆっくりと歩き、理人の隣で立ち止まる。


「──嘘をついたのは、そう言ったほうが君の協力を得やすいと思ったからだ。言っただろう。君の才能を買っていると。それだけのことだ。どうということでもなかろう」


緊張で大量の汗をかいてはいたが、理人はあとに引くわけにはいかなかった。


「このグラフ……。同じ波長を描いています。ひとつは去年の落雷のときのものだ。では、もうひとつは?落雷のことはちゃんと調べましたが、十六年前にも大規模な落雷があったなんて記録、見たことがありません!」


理人はごくりと生唾を飲み込んだ。そして、最後の質問をした。


「なにかしたんですか……?……十六年前に、この町で……」


「それを君に話す道理はない。さぁこの部屋から出ていきなさい。さもなくば警備を呼ぶことになる」


理人はそれ以上、抗うことができなかった。そして、仕方なく部屋をあとにした。


「十六年前になにがあったのかを突き止めなければ……!」


理人は施設の廊下を歩きながら、つぶやいた。自分の直感が正しければ、そこに『大事ななにか』があるはずだからだ。


「あ、白凪さん。例のデータ、まとめたので見てもらえますか?」


小原が廊下で理人とすれ違いざまに声をかけてきた。


「ごめん!僕ちょっと出ないといけないから、あとは任せるよ!」


理人は小原にそう言い残し、そのまま早足で通り過ぎた。


当時の氷室のことや、この町に詳しい人物──。理人には思い当たる節はひとつしかなかった。自分の研究室まで戻った理人は荷物をまとめ、急いで施設を出た。


「十六年前?また唐突じゃのぉ」忠雄の大きな声が部屋に響いた。


理人は忠雄の屋敷に来ていた。この屋敷は凪ノ町でもひときわ目を引く古い日本家屋で、理人が通された客間は、八畳を二間続きにした広い和室だった。そして忠雄は和服姿だった。外では派手なアロハシャツに短パンという格好でも、しきたりや風格を大事にすることは根づいているため、屋敷内では和服で通していた。


理人がこの屋敷に来るのは、初めてではなかった。


──白凪親子が凪ノ町に引っ越して来てすぐの頃。『田舎町に娘とふたりで暮らす科学者』の存在は、小さなこの町ではあっという間に話題になった。そして、珍しいものに目がない忠雄が理人を屋敷に呼んだことが、ことの始まりだった。それ以降、定期的に屋敷を訪れては、忠雄に科学の講座をマンツーマンで開いていた。人の良い理人は、老人のわがままにも嫌がることなく屋敷に通い続けたため、忠雄からの信頼は厚い──。


「ええ。十六年前、この町でなにか異変があったりしませんでしたか?」


理人は畳の上で正座した状態で忠雄に聞いた。


「どうしてまたそんな昔のことを?……いや!理由は聞かん!白凪さんには世話になっとるし、人様を詮索するのは男が廃るというものっ!」


忠雄は自分の言葉を遮るように、片手を大きく前へ突き出した。その姿はさながら、歌舞伎役者のようだった。


「そうじゃのう。十六年前…十六年……」


忠雄は顎に手をやって思い出している。


「……そういえば、町中で停電があったのう。あれが確か十六年くらい前じゃったか……」


「本当ですか!?去年の落雷のときみたいにですか?」


「いや、その日に落雷はなかったはずじゃ。なぜかわからんが、一時的に停電したんじゃ」


「もしかしてその日、氷室教授はなにか実験をしていませんでしたか?」


「──!」


忠雄は目を丸くして、大きく仰け反った。まったく、わかりやすい反応をするなと理人は思った。


「教授が十六年前にこの町にいたことは、本人から聞きました」


「そうじゃったか……。その件は氷室に口止めされとったんじゃ……すまん!」


忠雄は畳に座ったまま、頭を下げた。


「いえ、いいんです。頭をあげてください。それで、教授はなにかしていたんですね?」


「あぁ。大事な実験をすると言ってな」


「大事な?なんの実験ですか?」


「さぁ、そこまでは知らんが。変わった形の、でかい装置を持ち込んどったな」


「変わった形の装置……もしかして……」


理人はリュックからノートパソコンを取り出した。そして、『御神木復活プロジェクト』のデータファイルから、ある写真の画像を開いて、忠雄に見せた。


「こんなのじゃないですか?」


それは制御棟の地下に設置された、例の『蓄電槽』の写真だった。


忠雄は画面を指さし、大声で言った。


「おお!それじゃ!間違いない!」


「なるほど……!そういうことか!」


理人は勢いよく立ち上がり、忠雄に一礼した。


「ありがとうございます!では、これで失礼します!」


そう言うと理人は、駆け足で客間をあとにした。


客間にひとり残された忠雄は、ぽつりとつぶやいた。


「わし、もしかして……いらんこと言うてしもうたか?」


氷室が所長室の扉を開けると、デスクのそばにまた理人が立っていた。これにはさすがの氷室も目を丸くした。


「懲りない男だな。今度こそ本当に警備を呼ぶぞ」


「教授。あなたは十六年前にもこの町で実験をしましたね。『地層に電流を流す実験』を」


理人は堂々と力強く、しかし冷静に言った。


鋭い氷室は察した。


「……桂木か」


理人は日焼けした新聞のコピーをデスクに置いた。


「図書館でコピーさせてもらいました。グラフが異常波形を示した、十六年前のあの日の記事です。記事には、この町で停電があったと記載されています。その時刻は二十時十三分頃。そして、このグラフ──」


理人はデスクのパソコン画面を氷室へ向けた。


「──異常波形があった時間は二十時十八分、停電の五分後です」


「なにが言いたい?」


「十六年前──。この町の地層に興味を持ったあなたは、磁場変化の実験をするため、町の電力を盗んで蓄電槽に貯めた。停電があったのはそのためです。そのあと、貯めた電力を一気にこの町の地層に流した。そのときの変化がこのグラフです!」


理人はデスクをバンッと叩いた。


「今回のプロジェクトで使う蓄電槽も、十六年前に埋めたのと同じものですね?新たに建てたのは研究施設だけ。施設完成が早かったのもこれで説明がつく」


理人は一度大きく呼吸をして、話を続けた。


「しかし、十六年前のあなたの研究では、思うような成果を得られなかった。だから、そのあとも調査を続けた。去年の落雷のあとで観測が終わっているのは、十六年前では得られなかったものが見つかったからですね?雷のエネルギーは町の電力の比ではありませんからね」


理人がひと通りの説明を終えると、氷室は少しの間、黙っていた。真っ直ぐ理人を睨みつけたまま。


氷室の鋭い眼光に、理人の心はギュッと締めつけられる感覚がした。


──パチパチパチ……


氷室がもったいぶるように、ゆっくりと手を叩いた。部屋に乾いた音が響きわたる。


「素晴らしい……。君がここまで雄弁に語れる男だとは知らなかった。次の学会ではぜひ君に私の研究のプレゼンを依頼したいものだ」


氷室は理人に背を向け、壁のほうを見た。


「ただ──。残念だが、新聞とそのデータだけではなんの証拠にもならん。仮に証明できたとて、とうに時効だ。私を警察に突き出したかったのだろうが、無駄足だったな」


氷室にそう言われても、理人は動じなかった。今回は逃げないと心に決めていたからだ。


「僕はただ──このプロジェクトを中止して欲しいだけです!」


氷室は振り返って理人の顔を見た。


「……中止?なぜだ?」


「去年の落雷のあと、この町の磁場は変化した。その影響が今になって町の人たちに現れているんです!」


「バカな。今さらになってそんなことが……」


「例の『迷い人』がそうです。彼らのことは、さすがにあなたの耳にも届いているでしょう?──過去に実験を行い、ずっとこの町の磁場を追っていたあなたならわかるはずだ!今回のプロジェクトがどれだけ危険なのか!」


普段温厚な理人をここまで奮い立たせたのは、娘の身を案じる親心から。ただそれだけだった。


「……マスコミに公表します」理人は静かに言った。


「ふははっ!話を聞いていなかったのか?そんな新聞とデータだけで、取り合ってもらえるわけなかろう。──どうあがいてもこのプロジェクトを中止になどできんぞ。諦めろ!」


興奮しているのか、初めて氷室の声量が大きくなった。


しかし、すぐに冷静になり、壁の通信機で警備員に連絡した。「私だ。すぐに来てくれ」


ほどなくして、勢いよく扉が開いた。部屋に警備員がひとり入って来て、問答無用で理人を羽交締めにする。身動きが取れなくなった理人は、必死に氷室へ訴えかけた。


「なぜです!?科学者として最高の地位を手にしたあなたが、なぜこのプロジェクトにこだわるんだ!?」


氷室はなにも答えなかった。警備員に連れ出される理人に目もくれず、背筋を伸ばして襟元を正すだけだった。

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