表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/36

第31話:自分という聖域を守る

第31話は、学んだばかりの「心の整え方」を、実際の修羅場で試される回です。自分を削って救うのではなく、自分を保ったまま最適解を見出す「プロの静かな強さ」を描きます。



屋上での講義から数日。私はデスクに戻りましたが、以前のように前のめりではありませんでした。深呼吸をして、背筋を伸ばし、まずは自分の「今」を整える。それが朝のルーティンになりました。


 そんな時、事務所の電話が鳴り響きました。

 以前、私が担当した利用者の家族から、パニック状態で怒鳴り込むような連絡が入ったのです。


「どうしてくれるんだ! 真庭さんが言った通りにしたのに、息子がまた暴れて……! 今すぐ来い! 来ないなら死んでやる!」


 以前の私なら、血の気が引き、罪悪感に突き動かされて「今すぐ行きます!」と飛び出していたでしょう。そして、自分の休日を潰し、心を削って対応していたはずです。


 でも、今の私は違いました。

 受話器を握る手の感覚、自分の心臓の鼓動、そして「焦り」が湧き上がってきたことに、一歩引いて気づきました。


(……あ、私、今焦っているな。怖いと思っているな)


 私は、九条さんに教わった通り、意識を一度呼吸に戻しました。吸って、吐いて。


「お父さん。落ち着いてください。今、あなたがパニックになると、息子さんはさらに不安定になります」


 私の声は、驚くほど冷静でした。

「今の状況は、私一人で解決できる段階を超えています。警察と医療機関へ連携を要請します。私も同行しますが、まずは専門のチームで動きます。……お父さん、あなたの安全を守るのが最優先です」


 電話を切った後、私は九条さんに報告しました。

「九条さん、このケース、私一人では抱えきれません。警察と、アウトリーチ(訪問支援)チームへの協力要請の許可をください」


 九条さんは、眼鏡の奥でニヤリと笑いました。

「……ほう。以前の君なら、一人で特攻して返り討ちに遭っていたところだが。自分の限界を認め、他人の手を借りる決断をしたか」


「はい。私が潰れたら、この家族の『次の支援』が途切れてしまいますから」


 現場に向かう車の中で、私はマインドフルネスを実践していました。窓の外を流れる景色をただ眺め、沸き起こる不安に「不安だね」とラベルを貼って横に置く。


 現場は混乱していましたが、私は「救わなきゃ」という執着を捨て、冷静に状況を判断しました。警察や医師と連携し、適切な処置を行う。

 その結果、息子さんは入院治療に繋がり、お父さんも「すみません、取り乱して……」と、ようやく一息つくことができたのです。


 夕暮れ。一人で事務所に戻る道すがら、私は自分の中に、確かな「余白」が残っているのを感じました。


 【本日の学び:自分を犠牲にするのは「支援」ではなく「心中」だ。境界線を引き、自分を整えることこそが、最善の救いを生む】


 事務所のドアを開けると、コーヒーの香りが漂ってきました。

 今回は、その香りをはっきりと「美味しい」と感じることができました。



※この話のポイント

共感のスイッチ: 相手の感情に飲み込まれるのではなく、共感をコントロールする技術。


支援のチーム化: 一人の熱意に頼る支援は脆い。自分の限界を認め、他部署や他職種と連携すること(リソースの活用)は、プロとして不可欠な能力。


セルフ・バウンダリー(自己境界線): 相手を助けることと、自分を壊すことの境界線を守る。


次は第32話:なぎのような強さです。

(※第8エピソードの完結編です)


実体験から書きました。少しでも、福祉従事者の役立つ情報になればと思い執筆してます(^^)

↓下記の評価ボタンをいただけると嬉しいです。よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ