第32話:凪(なぎ)のような強さ
第8エピソードの完結編です。自分の「弱さ」や「限界」を認めた灯が、本当の意味で自立し、九条の隣で前を向く姿を描きます。
嵐のような騒動が落ち着き、事務所には再び穏やかな空気が戻っていました。
私は、自分のデスクでゆっくりと深呼吸をしました。以前のような、焦燥感に突き動かされる「吸って吐く」ではなく、肺の隅々まで空気が行き渡るのを感じる、静かな呼吸です。
「真庭、顔つきが変わったな」
九条さんが、淹れたてのコーヒーを私のデスクに置きました。
「以前の君は、常に『何かしなければ』というノイズに振り回されている、壊れかけのラジオのようだった。だが今は、周波数がぴたりと合っている」
「……はい。私、誰かを救うことが自分の使命だと思って、自分を削り続けていました。でも、それは結局、自分の不安を消したいだけだったんだって気づいたんです」
私は、コーヒーの温かさを指先で感じながら続けました。
「マインドフルネスを学んで、自分の心の揺れを認められるようになったら、不思議ですね。利用者さんの怒りや悲しみも、冷静に『そこにあるもの』として受け止められるようになりました。飲み込まれずに、ただ、隣に座れるようになったんです」
九条さんは珍しく、眼鏡を外して目を細めました。
「それが『凪』の強さだ。荒れ狂う海では誰も救えない。鏡のような静かな水面であってこそ、相手は自分の姿を正しく映し出し、自ら立ち上がる術を見つけられる」
九条さんは、窓の外に広がる夕焼けを見つめました。
「真庭。支援とは、火を消しに回ることではない。相手が自分で火を灯せるようになるまで、暗闇の中で静かに松明を掲げ続けることだ。君は、そのために必要な『自分を燃やし尽くさない技術』を手に入れた」
「……ありがとうございます、九条さん」
私は、九条さんがかつて言った言葉を思い出しました。
「自分を大切にできない人間に、他人の幸せは守れない」
今なら、その言葉の重みが分かります。
私はこれからも、迷ったり、苦しんだりするでしょう。けれど、そのたびにこの屋上の風や、コーヒーの香りや、自分の呼吸に立ち返り、自分という聖域を守り抜く。
それが、プロとして一生この仕事を続けていくための、私自身の「処方箋」なのだから。
(第8エピソード・完)
第8エピソードのまとめ
バーンアウトの克服: 「救いたい」という執着を手放し、自分の限界を受け入れることで、逆説的に支援の質が向上する。
心のメンテナンス: マインドフルネスは、一時的な癒やしではなく、脳を最適化し、プロとしてのパフォーマンスを維持するためのスキル。
自己慈愛: 誰よりも自分を慈しむことが、結果として最も他者に貢献できる状態を作る。
実体験から書きました。少しでも、福祉従事者の役立つ情報になればと思い執筆してます(^^)
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