第30話:心の「自動操縦」を止める技術
第30話では、頑張りすぎて「自分」を見失った灯に対し、九条が「何もしない」という高度な技術を教えます。現代社会を生きる私たちにとっても、非常に大切なセルフケアの回です。
※この話で得られる「知識」
マインドフルネスの定義: 「今、この瞬間」の体験に、評価や判断を加えずに意識を向けること。
自動操縦状態からの脱却: 過去の後悔や未来の不安に心が奪われている状態に気づき、五感(呼吸、音、感触)を使って意識を現在に繋ぎ止める。
デフォルト・モード・ネットワーク(DMN): ぼーっとしている時でも脳がエネルギーを消費し続ける回路。マインドフルネスはこの活動を抑え、脳を真に休息させる効果がある。
翌朝、重い足取りで屋上に向かうと、九条さんはフェンス越しに街を眺めていました。
「……九条さん、昨日はすみませんでした。もう大丈夫です、仕事に戻れます」
私が虚勢を張ると、九条さんは振り返りもせずに言いました。
「昨日、君が食べた夕食の味を覚えているか?」
「え……? ええと、コンビニのおにぎりでしたけど、何を考えてたか思い出せなくて……」
「それが『自動操縦状態』だ。心ここにあらず。君の体は今にありながら、心は常に『終わっていない仕事』や『未来の不安』を彷徨っている。それでは脳が休まる暇がない」
九条さんは地面に座るよう促しました。
「今からマインドフルネスの基本を教える。これはスピリチュアルな儀式ではない。脳の休息法だ」
姿勢を整える: 背筋を伸ばし、手は膝の上。目を軽く閉じるか、斜め前を見る。
呼吸に注目する: 鼻を通る空気の冷たさ、お腹が膨らむ感覚だけに意識を向ける。
雑念を受け入れる: 「あ、仕事のこと考えたな」と気づいたら、それを否定せず「今、考えたな」とラベルを貼って、再び呼吸に意識を戻す。
「いいか、真庭。雑念が湧くのは悪いことではない。大切なのは、雑念に気づいて、意識を『今』に引き戻すプロセスだ。それが脳の筋トレになる」
言われた通りに目を閉じると、最初は「あの書類出さなきゃ」「加奈さんは大丈夫かな」という思考が嵐のように襲ってきました。でも、そのたびに「あ、今考えてる」と自分を客観視し、呼吸の感覚に戻っていく。
数分後、目を開けたとき、屋上の冷たい空気や、遠くを走る電車の音が、驚くほど鮮明に感じられました。
「……なんだか、頭の中の霧が少し晴れた気がします」
「それは、脳のデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)という、アイドリング状態でのエネルギー消費を抑えられたからだ。君のような『救いたい病』の人間は、自分を空っぽにする時間を意図的に作らなければ、すぐに摩耗してガラクタになる」
九条さんは立ち上がり、私の隣に座りました。
「真庭。利用者の話を聞くとき、君は彼らの鏡になれ。だが、鏡そのものが汚れていたり、ヒビ割れていては、正しい姿を映せない。自分を整えることは、利己的なことではなく、プロとしての最低限の義務だ」
「休むのが怖い」と思っていた私の心が、その言葉でふっと軽くなりました。
最高の支援をするために、私は「何もしない自分」を許さなければならない。
私は、屋上を吹き抜ける風の心地よさを、人生で初めて「評価」せずに、ただそのまま受け止めていました。
次は第31話:自分という聖域を守るです。
「全てを自分で抱え込まない」と決めた灯。しかし、そんな彼女を試すような緊急のケースが舞い込みます。灯は「マインドフルネス」で培った冷静さで、どう立ち向かうのでしょうか?
実体験から書きました。少しでも、福祉従事者の役立つ情報になればと思い執筆してます(^^)
↓下記の評価ボタンをいただけると嬉しいです。よろしくお願いします




