青海の灯姫編 目隠しの夏
夢魔の里。
アイジアの北東に位置し天蓋山脈の中にある。
その昔、統一王がこの地を直轄領とし、夢魔の特殊能力を厳しく管理したと伝えられている。
この里の夢魔は、とりわけ強力な力を持つ。
故にそれを抑えるための魔道具を開発し、多種族との摩擦を極力減らすことで今日では、信頼すべき隣人としての地位を得ていた。
それでも、夢魔族の子供は能力の制御が甘く、能力制御の目隠し――レースの魔封布――をしていても能力を暴走させ、周囲に住む魔物を大量に誘き寄せるという……里壊滅の危機級の事件が度々起こる。
とはいえ、『魅了』の特殊能力の制御においてこの里の右に出るものはいない。
同じく魅了の魔眼に目覚めた、リア王太女の修行には、これ以上ないと言っていい場所だった。
「だからって、こんなことが許されていいはずがありません!」
アイジア王国、王太女の筆頭侍女にして近衛騎士である、ルミナ・アストリア・ソレイユは憤り声を荒げた。
「まぁまぁ落ち着いて」
今や彼女の盟友ともいうべき夢魔族の『目隠し巫女』梓月がルミナを宥める。
「貴女はこの里の出ですから平気だったかもしれませんが、リア殿下にこのような!」
ルミナは全く落ち着いてなどいられず、さらに続けた。
「……第一貴女はなんで……着ていないんですか」
「巫女は特別だからね」
そう言って梓月は白と緋色の巫女装束を誇ってみせた。
「せめてその衣装を借りることとかできませんか?」
言葉は丁寧だったが、口調に圧力があった。
「ダメに決まってるでしょ。巫女じゃないんだから」
しかし、二人の仲では通用しなかった。
「ルー、私なら大丈夫だから」
そう言ってルミナの袖を引っ張ったのは、アイジア王国王太女、オルラ・アウレリア・ルクスヴィカ・コローインフィーリンネであった。
この十一歳の次期国王は、ラプトリスの宝石と謳われるほどの、美しいオパールの瞳を持っている。
しかし今は、その力を封じるため、リア用に作られた魔封布で覆われていた。
「殿下が大丈夫だとしても、王太女が身に纏うべき物とそうでないものがあります!これは……これはそうでないものです!」
そう言ったルミナは羽織っていたローブを脱ぎ捨てた。
顕になったのは、角度のエグい黒のボンテージ姿であった。
ルミナがローブを脱ぎ捨てたことで、決心がついたリアも同じくローブを脱いだ。
現れたのは赤いボンテージ姿だった。
「これが民族衣装ですって!?ふざけるにも程がありますよ!」
怒りを超えて、呆れた表情でルミナは吐き捨てた。
ルミナがそう言いながら梓月に詰め寄ると、梓月は負けじと言い返す。
「この衣装はね!我ら夢魔の里が開かれた当時から着ているもので、統一王が定められた由緒あるものなんだからね?あんまり文句を言うと不敬罪で衛士が飛んでくるかんね。気をつけてよね」
梓月がそう口にした。
その内容に、統一王の直系であるリア王太女は胸の内で感心した。
それは彼女の忠誠心に対して……ではなく、この偉業を成し遂げたご先祖様に対してだった。
――ここはサキュバスの里に建てられた王族の為の離宮である。
統一王の時代に建てられたこの建物は、使う者がいない時でも修繕され維持されてきた。
夢魔族の忠誠の証でもあった。
「私は王国の、そしてリア王太女の忠実な騎士として、統一王にも変わらぬ敬意を持って参りました。ですが……これは……」
夢魔族は男性も女性も魅力的なものが多い。
とある研究では、人族の欲望が具現化した存在だと言う説がある。
ここに来れば必ず理想の相手が見つかると言われるほどだ。
そんな夢魔族の民族衣装だ。
ただ際どいだけでなく『こんなところにこんなギミックが!?』という……およそ平服というよりは……。
そんなものを定めたという王に対して、敬意など持てるはずもなかった。
「まぁまぁ、慣れれば便利かもよ?」
「殿下!?」
「だって……ここを外せば、脱がなくても用を足せるし」
「殿下!いけません!そんな、アイジアを背負って立つ者がそんなこと!」
「でもせっかくの機能だし、使ってあげたほうが――」
「ダメです!」
リアのその手つきを慌てて止めるルミナだった。
リアとその忠臣とのやりとりを見ながら、梓月はお腹を抱えて笑っていた。
梓月の頬を雫が一条。
――それは暖かい涙だった。
梓月は思い出していた。
リア王女をはじめ城務めの者たちが、この里へ来ることになった一連の事件を。
リア王太女が正統アイジアを僭称する『玄曜王国』により拉致誘拐されるという事件が発生。
国外へ連れ去られる前に救出に成功するも、この事件は凄惨を極めた。
そしてその最中、リア王太女はショックからなのか魅了の魔眼に目覚める。
その強力すぎる力を制御するために、この里へ修行に来たのだ。
この事件は国家機密に指定され、詳細については厳重に管理されている。
これほどに隠さねばならない事件だ。
だからこそ、その被害者のリア王太女が、目の前で笑っていることが嬉しかった。
あの事件を間近で見ていた梓月は、心よりそう思った。
そして、事件の際に一度は犠牲になったルミナも、以前と変わらずリア王太女の世話を焼いている。
二人が元気なことが、なにより嬉しかった。
どこか遠くで、カッコウが鳴いていた。
夏が、始まる。




