焔翼の戦姫編 心、重ねて
第二部 最終話
「メルニア様!」
サンディアが悲鳴にも似た声を上げた。
ハフネが赤毛の少女を抱きかかえているのが見えたからだ。
馬車で作った防壁を越え、二人の下へ駆け寄るサンディアと侍女たち。
「如何されました!?大丈夫ですか!?」
「ハフ姐、下ろして……ねぇ下ろして?ちょっおろしてってば」
「こら、暴れないの。痛い、ちょっともう!静かにおし!」
「どこか怪我でもされたのですか!?」
サンディアが少女の無事を確かめようと四方八方から様子をうかがうも、怪我をした様子はみつからなかった。
「何でもないから!どこも痛くないから!」
「それでも疲れているようだからね。馬車まではあたしが運ぶのさ。いいだろうサンディア?」
「……メルニア様がそれでいいなら、私から申し上げることはございません」
「だってさ。どうする?」
「……あっちの人たちが不安になるといけないから、下ろして」
「しょうがないね。そこまで言うなら」
ようやく下ろしてもらえた赤毛の少女だったが、やはり足元はおぼつかなかった。
「ほら言わんこっちゃない!」
ハフネが有無を言わせず、さっと抱き上げた。
「……ありがと」
こうして赤毛の少女一行は馬車へと戻り休息をとることにしたのだった。
《お兄さん、大丈夫?》
《うん?大丈夫だよ?》
《私たちは二人で一人だからね?》
《?うん、そうだね》
《お兄さんが私にしてくれたように、私もお兄さんを支えたい。だから、お兄さんが背負うものや抱えるものは、えっと、私も一緒だから》
《でも、メルにゃんは子供で、女の子なんだよ。大人で男の俺が――俺がメルニアを守りたいんだ》
《嬉しいよ。胸の奥が温かくなってくる。でも、だからこそ、私もお兄さんを支えたいんだ。大人とか女とか関係ない! あなたを愛しているから、あなたを守りたい! 守られてばかりより、守りたい!》
《……》
《あなたの背中を守らせて》
《わかったよ。でも、どうすればいいか分からないから、その時に相談させてもらっていいかな?》
《うん!》
馬車の中で赤毛の少女が休んでいる所へ、商隊の者たちが感謝の言葉を述べに来た。
それを知らせたサンディアは、少女と視線を交わし、その意を汲んだ。
「主はただいま休息をとっておられます。お気持ちをお伝えいただくことには吝かではございませんが、機会を改めていただければと存じます」
サンディアがこのように交渉役をしてくれたおかげで、少女は目を閉じゆっくりと休むことができた。
やがて微睡みに落ちる。
どこまでが夢で、どこまでが現実か分からなくなったころ、お兄さんはメルニアを前にして立っていた。
いつもの光景のようだが、どこか違和感があった。
「メルにゃん……?」
「お兄さん?……あれ?」
「体が……はっきり見えてる」
「お兄さんも……はっきりと……その……見えてる」
「メルにゃんも……その」
「あー、私は、戦士だから、は、恥ずかしくなんてないし!お兄さんみたいな軟弱者とは違うし!」
「は?……面白い事を言うじゃないか?」
「なに?違うっていうなら、やってみろし!」
どこかで聞いたことのあるような言葉遣いに違和感を覚えながらも、お兄さんは目の前のメルニアを抱きしめた。
それは、前世の身体でメルニアを抱きしめた、初めての経験だった。
どれほどの時間が経ったのか……二人はたがいの温もりを惜しみながら身体を離す。
「呼んでくれてありがとね。その……うれしかった。メルにゃん、いい子でしょ?二人を引き合わせたこと、ありがとっていってよね」
その言葉が耳に届いた時、一柱の天女を思い出す。
「……月美神様?」
「……」
メルニアの姿をしたそれは、何も言わず微笑んで、影の中へと溶けて消えた。
「メル、あれ?月美神様?え?あれ?……あれ?……おれ、何してたっけ? おわ!?裸じゃないか!」
「おわぁ!?裸じゃないか!」
赤毛の少女が飛び起きた。
「どうしたんだい?変な夢でも見たのかい?」
少女の傍らで休んでいたハフネがにんまりとそう聞いた。
「え?……あれ?なんだろう?」
「アタシを抱く夢でも見たのかい?」
ハフネが艶のある声で耳元でささやいた。
「うぁ……耳は……やめてよ」
「ふふ、で、体調はどうだい?」
「うん、大丈夫だよ。ありがと」
「そう、ならよかった」そう言って唇を寄せようとしたところへ、冒険者リーダーが馬車のドアをたたいた。
「おう!おれだ。ちょっといいか」
「……ちっ、なんだい?」
ドアを開けないまま、対応をするハフネ。
冒険者リーダーはそれを気にすることもなく続ける。
「盗賊からの戦利品について何だが、今のうちに相談しておきたくてな」
「あの子は今、休んでいるんだアタシでいいかい?」
「ああ、かまわないぜ」
「わかった。少ししたら行くよ」
「ありがとう」
「サンディアか誰か呼んでおくよ。アンタは寂しがり屋だからね」
「ふふふ……そうね」
「……」
「……ん」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
《お兄さんは、浮気性だねぇ》
《ええ!?何所でそうなったの?》
《夢を見たでしょ?》
《えぇ……覚えてないけど……えぇ?》
夢にまで浮気認定されてはたまったものではないと思いながらも、身に覚えはないのだった。
《まぁいいわ。相手があの方なら、文句も言いようがないし。何なら逆に差し出すくらいだしね》
《ええ?なに?俺差し出されるの?どういうこと?ねぇ?メルにゃん!ねぇ!?》
ハフネが戻ってきて戦利品は六割がこちらに、二割がリーダーのところへ、二割が商隊へ収められることとなった。
最初は八割、一割、一割という話だったが、ハフネが断ったのだ。
旅はまだ続く。
関係は良好な方がいい。
そう判断したからだった。
日が変わりやがて、隊列は動き出す。
少女の鳥型騎獣にはハフネが跨った。
練習したいとのことだったが、本当のところは少女をもう少し休ませたいという思いから出た嘘だった。
「はは……どうやらアタシは乗獣の才能がないようだね」
馬車の窓からは、アンデッド対策に火葬された盗賊の山が、まだ燃えているのが見えた。
しかしこれ以上、日程を遅らすわけにもいかない商隊は、この場を後にした。
盗賊の山は七日七晩燃え続けた。
そして、その山の上にはいつの頃か動くものが現れた。
そしてついにそれは立ち上がり、産声を上げた。
周囲の草木は枯れ、鳥は地に堕ちた。
それは盗賊の怨念が、執念が、妄執が澱となり凝結した者だった。
世界はこの瞬間、人類に敵対的な怪物を生み出したのだ。
再び雄たけびを上げたそれは、町を目指すために歩き出した。
一歩ごとに大地は腐れ、風は毒へと染まっていった。
「かっかっか!面白いことになっておるのぉ!」
「これが理界のやり方よ。ほんとクソだし!」
銀髪金眼の片目には眼帯代わりの黒い布をつけた白ゴス美少女。
もう一人は艶のある黒髪に雪のような白い肌に、薄く流れる布を重ねた黒のストラを身に纏った絶世の美女。
凸凹コンビだった。
「なんでもええわえ、どれ、弟子よ、やってみせよ」
「面倒なだけでしょうに……はいはい、わかりました」
弟子と言われた美女がなにやら呪文を唱えた時、怪物が二人に気が付いた。
怪物は雄たけびを上げ飛び掛かる。
その爪が、美女に届こうとする刹那――。
「遅いのぉ」
そういって小さい方は結界を張って、呆れたように大きい方を見あげた。
「逝っけぇ!」
合わせた掌を胸の前へ突き出した時、光が放たれた。
それは太く、巨竜でさえも包み込むほどであった。
その光の中で怪物は、その身を崩し、消えていった。
「ふぅ。どうよ」
「まだまだじゃな」
「さて、主の思い人はどこへ行ったんじゃったかな?」
「……」
「どうした?」
「聞いてない」
「は?」
「……聞くの忘れたぁ!」
「かっかっか!ばかじゃのう!」
ひとしきり笑った小さい方は、それでも弟子を励ますようにいった。
「馬車のあとを追えば手がかりくらいあるじゃろ」
そう言って、そびえたつ山脈を指さしたのだった。
こうして、それぞれの思い、祈りは形を成していく。
「お兄さん待っててね。すぐに会いに行くから」
第二部 焔翼の戦姫編 終幕
第三部 悩み中




