焔翼の戦姫編 震える指先
赤毛の少女の雄叫びが、空気を震わせた。
盗賊団は一瞬怯んだものの、所詮 相手は一人だ。
そのまま距離を詰めてきていた。
長巻を右手に持ち、左手を掲げる。
頭上に現れた光珠は数十を数え、一斉に光線を撃ち出した。
盗賊団の先頭を走っていた者たちが次々に撃ち倒されていく。
しかし集団としての速度は変わらず、赤毛の少女……否、その後ろの馬車を目掛けて突進していた。
赤毛の少女はため息をついた。
相手は人なのだ。
相手の姿が――顔が見えるようになってくると、最初の高揚感も薄れていく。
月美神に許しを得ているとはいえ、やはり良心は痛む。
《お兄さん、代わろうか?》
《いや……メルにゃんにはやらせないさ》
《……?》
メルニアにはその言葉の意味が分からなかった。
何度聞いても《俺がやる》と言って代わることはなかった。
少女は口真一文字に結び、両手を振り上げた。
その腕に同調して炎の壁が立ち上る。
それは盗賊団の左右端に展開された。
盗賊はやはり一瞬怯んだものの、自分たちには当たらなかったことから、まだ余裕があった。
それに、正面には奇妙な格好の術師の姿が丸見えなのだ。
術師さえやってしまえば問題ない。
盗賊たちはそう考えていた。
しかし、術師に近づくにつれて異変に気がついた者がいた。
狭くなっていたのだ。
左右の壁で仕切られた空間は術師に近づくにつれてその幅は狭くなり、やがて肩と肩がぶつかるほどの距離となっていた。
「下がれ!罠だ!下がれ!」
赤毛の少女の意図に気づいた盗賊はそう声を張り上げたが、後ろからくる盗賊たちに押し出されるように前へ進むこととなった。
「下がれぇ!」
異形の術師はよく見ると、異国の甲冑を着た戦士のようだった――いや、年端もいかぬ少女であった。
そして、少女の唇が、動いた。
それが何を紡いだのか分からぬまま、盗賊は炎に包まれて――息絶えた。
左右の炎の壁はそのままに、その中を炎の竜巻が暴れ狂う。
敵の進路を限定し、一気に焼き尽くしたのだ。
それを見たメルニアは驚きを隠せなかった。
なぜなら、こんなふうに使う魔法ではないからだ。
壁の魔法は防御用、竜巻は当たれば幸いという運要素が多いものだった。
それを組み合わせて、より効率よく敵を殺したのだ。
そもそも複数の魔法を同時に織り上げ、維持し、操るというのは魔法を知る者の発想ではなかった。
《――お兄さん!お兄さん!そろそろ止めて!お兄さん!》
メルニアの悲鳴にも似た呼びかけに、我に返ったお兄さんは、魔法を解いた。
《……集中しすぎたよ》
《……お兄さんが、どっか行っちゃうんじゃないかって……怖かった》
《?ごめんね、大丈夫。ずっと一緒だから》
周囲には異臭が漂っていた。
立ち上る煙と共に、地面や草が燃えた匂い、そして――人の焼けた匂い。
それは――甘ったるい脂の匂いと、髪の毛が焦げる鋭い悪臭が混ざっていた。
二心同体のメルニアには、嗅いだことのある戦場の臭いだった。
しかし……狂気に身を任せた転生直後の死の沼地とは違い、日常の延長にあるこの光景と、死を振りまいたのは自分だという現実、その現実をよりリアルに叩きつけてくる匂い。
胃が締め付けられ、内容物がこみあげてくる。
嘔吐。赤毛の少女は崩れ落ち、足下に吐瀉物溜まりが出来上がる。
《お兄さん!大丈夫!?やだ!お兄さん!》
《大丈夫。俺よりも……メルにゃんは大丈夫?》
《私は大丈夫!わたしよりお兄さん――》
《メルにゃんが大丈夫なら、よかった。うれしいよ》
メルニアにはどう見ても、お兄さんが大丈夫だとは思えなかった。
けれど、メルニアにはどうにもできない。
お兄さんの背中をさすってあげることも、肩を貸してあげることも……。
こんなにも近くにいるのに、何もしてあげられないもどかしさが、メルニアの心を締め付けた。
胃の中のものをすべて吐き出し終えて、改めて戦場跡へ視線を移す。
魔法が蹂躙したその場所には無傷の者はおらず、程度の差こそあれ皆火傷を負っていた。
うめき声をあげ苦しむ姿は、再び赤毛の少女の胸を締め付けた。
どれだけが生きて、どれだけが……もはや、見ただけでは区別がつかなかった。
とどめを刺すべきか、回復させるべきか――転生者には選ぶことができないでいた。
ふと足元を見れば、黒焦げになったそれが、うめき声をあげていた。
生きているのだ。
「盗賊は……縛り首、縛り首なんだ……」
長巻を持つ手に力が入る。
《お兄さん!もういいよ!わたしがやるから!》
《……いいよ。大丈夫。まかせて》
その声は優しく、けれどそれは確かな拒否だった。
自然と呼吸が荒くなる。
剣先が震えて、視点が定まらなかった。
大丈夫という言葉とは裏腹に、お兄さんが弱っているのはその点からも明らかだった。
これ以上、先へ進ませてはいけない。
メルニアは懸命にお兄さんを止める。
けれど、そうであればあるほど、そんなことをメルニアにさせられないという彼の思いが、彼を突き動かす。
長巻を振り上げて、下ろそうとした瞬間――。
「もういい」
腕を掴まれた。
振り返ると、冒険者リーダーが立っていた。
「もういい。あとは俺たちがやろう」
「え、あ……でも……」
「いいんだ。それに、俺たちにも仕事をさせてくれ」
「仕事」
「そうだ。これは仕事だ。襲ってきた賊を討つ。名前もない。人ですらない。気にするな」
そう言われて、その言葉を飲み込んだ。
納得でも理解でもない。
ただ、そういうものなのだと飲み込んだ。
ふと柔らかいものに包まれた。
「どっちだい?」
「え?」
それはハフネだった。
ハフネと目が合う。
見慣れているはずのその瞳から、なぜだか……目が離せなかった。
「お兄さんだね?大丈夫。もう終わったよ」
「え……でも」
「あとは彼らに任せていいんだ。一人で何もかも背負わなくていい。部隊で……私たちでやればいいんだ」
「……でも」
「メルに聞いてみな、きっとお兄さんの力になりたいって言うはずさ」
「……」
赤毛の少女は何度か無言のまま頷いて、そして……全身の力が抜けた。
「おっと……もう、この子ったら、地味に重いんだから」
鎧姿の赤毛の少女を抱き上げて、ハフネは思わず本音をこぼした。
腕の中の少女から抗議の声が上がるも、ハフネはそれを適当にあしらった。
「……ありがと、ごめんね、ハフ姐」
「どうってことないさ。アンタもアイツもまとめてアタシの情なんだ、二人だけでイチャイチャするなんて、寂しいじゃないか」
ハフネの言葉は、二心同体の一人で戦ったことを指していた。
けれどその言葉は、二人の胸にそれよりも深く、深く響いたのだった。




