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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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135/142

焔翼の戦姫編 雪の季節に月に吠え

 初雪が観測された。


 ミルユルの冬は、この時から本番である。


 各家々は、すでに整えていた冬の備えを、暮らしの前面へと引き出していく。

 石造りの壁に厚い織物を掛け、窓には油紙や木戸を重ねる。

 扉の隙間には羊毛を詰め、隙間風に備えた。

 軒下に積まれていた薪や炭は炉辺へ運び込まれ、屋根裏や地下の貯蔵庫から干し肉、穀物、塩漬けが取り出され台所へと移される。

 急な屋根から雪を落とすための棒が戸口に立てかけられ、馬屋には厚く藁が敷かれた。

 初雪を境に、ミルユルの街は冬を待つ街から、冬を生きる街へと姿を変える。


 ミルユル風に表せば、

 『冬を着込む』と言い表すものだった。


 そして、同時に赤毛の少女一行はアイジアへと向けて旅立つことになる。

 ハシモは草原での買い付けや、今後の話し合いをするために、今しばらくこの地に残る事になり、六鍵も同じくハシモの護衛として残ることとなった。


 しかし、商隊(キャラバン)の一部は先にアイジアへ向かうため、赤毛の少女と共に出発することとなっている。



 のどかな草原を馬車は隊列を成して進む。


「何だか……短いような長いような……」

 ハフネが商隊の馬車から外を見て、感慨深げにそう言った。


 その馬車の隣を武装して、鳥型騎獣に乗った赤毛の少女が笑って言った。

「なに?もしかしてホームシック?」

「……そうじゃないけど、少し寂しいなって」

「ハフ姐は訓練場で大人気だったものね?」

「珍しい、やきもち?」


 少女は肩をすくめて笑って見せた。

 それを見たハフネも同じようにして見せた。

 冬の寒空の下、二人の笑い声が響く。


 少女と共に出発した馬車は十台。

 商隊としては最小規模のものだ。

 しかし、護衛を含めれば五十人ほどにもなった。

 護衛を除けば、商隊の者たちの空気は気軽なものだった。

 盗賊団が出ると言う噂も、結局行きには何事もなかったのだ。

 護衛の人数を減らす案さえ出ていたぐらいだ。


 安全だと思われていた。


 しかし、災難は突然襲い来るのだ。


 それはなだらかな丘と雑木林の近くへ差し掛かった時だった。


「大変だ!大変だ!」

 商隊の誰かがそう大声を上げた。


 身を乗り出せば商隊の前方の丘と雑木林から、数えきれないほどの人影がわらわらとあふれ出てくるのが見える。


 服装はてんでばらばらではあったが、皆一様に武装しているのが見て取れた。


 商隊は一気に恐慌状態に陥るが、護衛の冒険者たちと、赤毛の少女一行は冷静だった。


 ハフネたちが乗っていた馬車の御者が慌てて逃げることを提案した。

「お嬢さんたち!これはいけねぇ、いまなら俺たちだけでも逃げるべきだ!」


 ハフネはそれを聞いてつまらない事だと思った。

 なぜなら、手綱は彼が握っているのだ。

 その気になれば逃げだすことだってできるのだ。

 ――それが成功するかは別としても。


「なんでアタシたちにそれを聞くんだい?」

 意地悪な質問だった。

 けれど、ハフネはベテラン冒険者でもあるのだ。

 ただ働きをしようなどとは思わない。

 少なくとも、この時点では。


「なんでってそらぁ……お嬢さんたちがただの乗客じゃないってことは見たらわかるさ!」

 サンディアをはじめ侍女たちが満足げにうなずいているのが見えた。

 ハフネはそれをみて苦笑いを浮かべる。


「それに、アンタらの主人はあの赤毛のお嬢さんだろう?今にも駆け出しそうじゃないか!」


 たしかに赤毛の少女は単騎でも突撃しそうなほど、ワクワクしているのが分かる。


「あぁ……メル? 相手は怪しいとはいえ、まだ盗賊だと確定したわけじゃ――」

 確定したわけじゃないと言おうとしたハフネのすぐ近くの地面へ、矢が突き刺さる。

 どうやら、盗賊団が威嚇のために放ったのだろう。

 続けて何本も打ち込まれた。

 普通の侍女なら、恐怖に慄いただろう。

 しかし、ここにいる侍女たちは動じる気配など微塵もなく、むしろ微笑みさえ湛えていた。


「メル、どうやら相手は――」

 ――敵のようだよ。そう口にする前に赤毛の少女は飛び出していた。


 それを見たサンディアは誇らしげに、

「メルニア様も立派な戦士になられて……サンディアは嬉しゅうございます!」


「アンタたち……戦闘民族すぎやしないかい」

 ハフネは驚きとも呆れともつかない顔でそう言った。

「さて、アタシは馬車の防衛をしましょうかね」

「では私どもも」


 サンディアをはじめ侍女たちは、それぞれ剣を持ち馬車を降りていく。

 ハフネは御者にほかの馬車と連携をとるように指示を出し、自身はそれを他の馬車にも伝えるために走り出した。



 赤毛の少女は鳥型騎獣を駆り、隊列を次々に追い越していくと先頭まであっという間にたどり着いた。

 そこには護衛を任された冒険者らしき者たちが、盗賊集団を睨みながら話し合っていた。


「どうしましたか?」


 騎獣の上からそう声をかけてきた相手に驚きながらも、相手が少女だとわかるや、余裕を取り戻した冒険者は、

「見ての通りだよお嬢ちゃん。どうやったら生き残れるかを話し合っていたのさ」と答えた。


 リーダーらしき人物が、笑って言った。

「しょうがないだろう?こんな状態で勝てるわけがない」


 騎乗のまま赤毛の少女は、その手に持った長巻で商隊を指して見せた。

 冒険者たちは振り返ると馬車は動き出しており、やがてそれは輪を描いて停車した。

 それは馬車そのものを防壁とした、即席の防御陣地であった。


 冒険者は最初こそ、その動きを逃亡のものだと思っていたが、まさか防御陣地になるとは思っていなかった。

 ましてや――

「……盗賊どもも油断してたな。まさかこうなるとは思っていなかったようだ」

 リーダーは楽しそうにそう言った。


 事実、盗賊団は遠くからその様子を眺めるだけだった。

 騎獣を所持した彼らは追いつけると踏んでいたのだ。

 むしろ狩を楽しむつもりでさえいたのだ。


 しかし、ハフネの指示によって隊列を変えた馬車は、確かに守るに易く、攻めるに難いように見えた。


「このまま商隊へ戻って防衛にあたってください」


 そう言った少女の声は自信に満ちていた。


「お嬢さん、あんたはどうするんだい」

「包囲されれば分が悪い。ならば打って出るまで」

「……ああ! あんたがミルユルからの乗客か。どうりで頼もしいわけだ……俺たちは馬車へ戻る。あっちはあんたに任せるよ」

「え?リーダー何言ってんの!?どう考えたって無理でしょう!」

 冒険者の一人が常識的なことを口にした。

 しかし、リーダーと呼ばれた男は、逆に常識を知らないのかとばかりに返す。

「お前はミルユルを知らないんだ、あの、常勝無敗の獣騎兵だぞ。むしろ俺たちは邪魔になる……そうだろうお嬢さん?」


「あっはっはっはっはっは!そう思ってくれるなら、早く戻った方がいいですよ。敵はそろそろ動き出すみたいですし」


「ああ、ミルユルの常勝無敗伝説を見せてくれ!」

 そう言い残して冒険者たちは馬車――防御陣地へ戻っていく。


 《さて……盗賊退治だよ、メルにゃん》

 《ええ、あの時以来ね》

 《そうだね、俺たちが最初に一つになった、あの沼地以来だね》


 《今回は復讐じゃないけど、いいの?》

 《盗賊は基本縛首なんだろう?それに、放っておくと被害が広がる。――だろ?》

 《そうね、やりましょう》


 《しかし……何だか懐かしさすら覚えるよ》

 《ふふふ――ツミカ様を呼んでみる?答えては貰えないだろうけど》

 《ははは、そうだね》


 赤毛の少女は、あの死の沼から連れ出してくれた天女の名を、別れて以降初めて口にする。

 相手は天女なのだ、そうおいそれと現れるわけがない。


「ツミカ様……」

 やはり何も起きない。

 ――そう思った瞬間だった。


 世界は――静止した。

 空を飛ぶ小鳥も、風に舞う木の葉もその瞬間のまま、動きを止めていた。


 そして、空間全体でガラスが割れたような――もっと金属質の――音が響いた。

 空気が震え悪臭が漂う。

 そして空からは割れた空のかけらが降り注いだ。


 その割れ目に映るのは雷雨と異形の化け物、そして――


 『呼んだ?』


 それは漆黒の髪色の、雪のような白い肌の、月美神(つみか)であった。

 あまりにも印象が変わったため、誰だかわかるのに数瞬が必要だった。


 ギャル姿も好きだったが、今の姿の方が断然好きなお兄さんは、思わず息を呑んだ。


「……ツミカ様?」

 『そうだし。呼んでおいて疑問に思うって失礼だし』


 空いっぱいに現れた月美神は、映像かはたまた実態か……お兄さんにも、メルニアにも判断はできなかった。


「随分と……可愛くなりましたね」

「な!?……お兄さんのた……」

 空いっぱいに映った月美神は恥ずかしげに何事かを口にしたが、ガラスを擦るような音と共に割れた空が戻っていく。

『チッ あーしの力じゃまだこの程度が限界か……お兄さ……ああ、あの連中?うーん、いい……ちゃって。一級天……上級……改め、反……の月美神(つみか)が許す……』

 雑音が酷く、ところどころ聞き取ることができなかった。

 しかし、二心同体の二人には、これで十分だった。

 特にお兄さん――転生者にとっては。


 月美神の姿は見えなくなり、ついには割れた空は元の空へと戻った。

 辺りに漂っていた悪臭もやがて消えた。


 ――そして、世界は動き出した。


 赤毛の少女は手に持った長巻の感触を確かめるように、握り直した。


 騎乗のまま盗賊団を見据えた少女は、胸の内に宿る熱を感じてた。

 それは抑え切れないほどの熱となり、そして――赤毛の少女は、雄叫びを上げた。


 地獄――盗賊たちにとって――の幕開けだった。


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