焔翼の戦姫編 恩の返し方
アイジア行の人選が完了したのは、ハフネの同行が決まった翌日の事だった。
元々はラウガルの『娘を休ませてやりたい』という思いから出たものだが、当然それだけでは『英雄』となった娘を異国へ送り出すことはできない。
なぜなら赤毛の少女を御しがたい存在とみなす評議会の一部が、それでも『英雄』という手札を易々と手放すはずがないからだ。
そこでラウガルは『次世代交流外交』と銘打って送り出す口実としたのだ。
もちろん『外交』とつくからには他国の使節や、権力者の子弟との交流を図り、人脈を広げるなどする必要がある。
メルニアはもとより『草原評議会使節団団長』を務めた実績を持つ。
その点において、メルニアに不足はなかった。
そんな人物が軍人を多数連れて周辺諸国群内を動けば、要らぬ摩擦を生むことになる。
よって、赤毛の少女に同行するのは、ハフネとサンディア。
さらに侍女や下働きを含めた十数人であった。
もちろん、ただの侍女や下働きであるはずがない。
何故なら、草原の民は皆、子供の頃より戦士として訓練を受けてきたのだから。
当然、その中には特殊な訓練を受けた者も居る。
これもまた外交の常であった。
この一行にカトム少年は同行を希望したが、何の力もない少年が同行しても邪魔になるだけだった。
まずは自身を鍛えるように諭された少年は、それ以降一層の努力を重ねるようになった。
一方でサンディアはアイジア行きを打診された時、苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
理由は明快で、最近になって良い人が出来たのだ。
そうなれば離れたくないというのは当然だった。
ラウガルがサンディアに同行を強く望んだのには、二つの理由があった。
まずは娘の専属侍女だという点。
さらには彼女の良い人というのが、周辺諸国群と通じていたからだ。
二人の間を物理的に離し、おりを見てその男には退場願うという段取りでもあった。
このようにして次世代交流外交使節団は選ばれたのであった。
そして翌々日のこと、冒険者チーム六鍵と商人ハシモが率いる商隊が到着するという報が、先触れによりミルユルの城へ届いた。
赤毛の少女はその知らせを受けるやいなや騎乗し、城を飛び出した。
それは街の外までハシモを迎えに行くためだった。
その後を追うハフネは、騎獣に乗ってなお息を切らしていた。
しばらくして、ハシモ商会の旗を掲げた商隊が見えてきた。
「ハシモ殿!」
待ち人の姿が見えるや赤毛の少女は駆け寄って、恩人の手を取り固く握る。
そんな少女にハシモは開口一番、
「お久しぶりです。その節は勝手なことをして申し訳ございません」
謝罪を口にした。
ハシモは少女に黙って六鍵に依頼し、サクリカから草原への道案内をさせたのだ。
それを謝罪したのだと、少女は理解した。
「いえ、私が考えていたルートでは、色々と問題があったでしょうし、結果として無事に到着できましたから。感謝しております」
「そう言っていただけると胸のつかえが取れます」
ハシモの後ろでセイロがしきりにこちらを見ていたが、少女は苦笑いを浮かべただけだった。
しかし、赤毛の少女に恋するセイロは、その苦笑いでさえも喜んでいた。
「まったく……メルは照れ屋だな」
商隊が広場に到着すると、たちまち品が広げられ、物珍しさに品を手に取る者や、生活必需品などを求める声で賑わい始めた。
「ハシモ殿。城で父が待っております」
「え!?ミルユル閣下が!? 交易担当のお役人ではなくてですか!?」
「はい。父上はハシモ殿と会ってみたいと」
ハシモと赤毛の少女は、城の廊下を進む。
途中中庭などを通り、その草原様式の庭園にハシモは驚き称賛の言葉を口にした。
さらには廊下のそこかしこに飾られた品々に、商人の性か思わず値段を見積もっては、その金額にめまいがするほどだった。
「メルニア殿……こ、この壺は……なんと美しい、さぞかし名のある匠によるものなのでしょうなぁ」
「……その壺は、姉上が焼いたものですね」
「なんと……え?なんとおっしゃいました?姉上が?」
「農業が好きで、その道具なんかも自作してるんです。綺麗だったので私がそこへ置いときました」
「……なんと、なんと――東大陸へ持っていけばアイジア金貨、いやラプトリス金貨が動きますぞ」
「ならば後で姉上を紹介しましょう。いくつかは譲ってくれるかもしれませんよ」
そんな話をしながら歩みを進め、ハシモへ滞在中の部屋を紹介した。
「ええ!?城下の宿ではなく城に泊まっていいのですか!?」
その部屋は賓客用の――落ち着いた雰囲気の、それでいて見る者が見れば非常に高価な部屋だった。
「……ここに、泊まれと……歩くことすらもったいないですなぁ」
「はははっ ではハシモ殿、後ほど侍女が参りますので、その指示に従ってください。父上との謁見は夕方です」
そう言って少女は部屋を後にした。
ハシモからすれば、予想以上の歓待ぶりに逆に恐縮してしまうばかりだった。
ハシモは商人だ。
少女を助けたのだって打算があった。
かつて草原から受けた恩を返すと言うのも嘘ではない。
そこに打算が乗ったのだ。
「とは言え……まさかこれほどとは」
調度品の一つ一つを眺めながら、少女と出会った時の自分を褒めてやりたいと思うハシモであった。
しかしこのあまりの歓待ぶりに、ハシモはひとつ気が付いた。
ミルユルはハシモをただの恩人としてではなく、草原とそれ以外との橋渡し役を期待されているのだと。
ハシモにとっては草原にしかない資源や物品を取り扱えるかもしれない商機だ。
これにはメルニアの口利きもあるだろうと思われた。
こうしてハシモは大陸に名が響き渡る商人へと成長していくのだった。
「随分とはしゃいでいたじゃないか」
「恩人でね。その恩をようやく少し返せると思うと嬉しくて」
「ふーん……アタシはてっきり、恋人でも迎えに行ったのかと思ったよ」
赤毛の少女の自室で、二人きりの会話だった。
「やきもち? 男には興味ないよ」
ふふふと笑って赤毛の少女はハフネにそっと抱きついた。
「馬鹿お言いでないよ……しかし、寒くなったねぇ」
「温めてあげよう」
少女の手はハフネの服の中へと滑り込む。
「こらっ まだ明るいよ」
「……だからこそ、いいと思います!」
「もう!このあとハシモ殿の案内があるんじゃなかったかい?」
頬を膨らませて不満を表す少女。
その頬を指先でぷにぷに触って笑うハフネ。
「しかし、本当に寒くなったね。……もうすぐ雪が降るのじゃないかい……場合によっては出発を早めないといけないね」
ハフネはそう言いながら、赤毛の少女を抱きしめた。
「そうだね。雪に閉ざされて入学に間に合わなくなったら、方々に迷惑をかけてしまうからね」
ハフネの胸に顔を埋めながら赤毛の少女は満足げに言った。
「私の荷造りは終わってる。ハフ姐は?」
「もとから少ないからね。終わってるよ」
「言ってた旅とは違うけど、ハフ姐とまた旅ができてうれしいよ」
「アタシもだよ」
二人の視線は絡み合う。
元より近い二人は、あと少しの距離をつめるのに躊躇することはなかった。
※※※※
ハシモたちによって立てられた市場は、ハシモが不在でも十分回っていた。
元より大小商人の寄り合いのようなものだから、ハシモが代表とはいえ問題ないのだった。
市場では異国の珍しい物品や生活必需品のほか、他国の情報なども取引される。
それは、周辺諸国群の動向であったり、国境付近を含む各地域の治安に関してや、作物の取れ具合などであった。
そのようにしてもたらされた情報の中には、国境を超えたあたりに大規模な野盗が出るというものがあった。
しかし、ハシモ達のキャラバンは遭遇しておらず、ただの噂かもしれない――というものだった。
他にも同盟諸国群ではポアイという都市とその周辺に混乱が広がっており治安の悪化が著しいというものだった。
赤毛の少女一行は、まさにその混乱の地へ向かうことになるのだった。




