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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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133/143

焔翼の戦姫編 答え――傷痕

 ミルユル地方の冬は早い。

 夏が終わったかと思えばすぐに冬の足音が聞こえる。


 一度冬が来れば春までの間、雪のせいでシュミ山脈越えは非常に困難になる。

 山脈の南側にあるミルユル領も年によっては同様に、周辺諸国群との交易が閉ざされる。


 それを知る者は皆、すでに冬の準備を始めていた。



 鈍色の空の下、吹き下ろす風が肌を撫でていく。



 木剣の打ち合う音が響く。

 ここはミルユルの城の訓練場。


「だから!ついて行くって言ってるのよ!」

 ハフネの繰り出した目にも留まらぬ二本の木剣――短剣型の――が思いもよらぬ角度で打ち込まれる。

「だって!あっちには色々あるでしょう!」

 赤毛の少女は打ち込まれた剣を躱し、いなし、反撃に出る。

「だからってあんた一人で行かせるわけないでしょ!」

「ハフ姐には危険だって言ってんの!」

「それを言うならアンタもでしょうが!」


 ※※※※


「うわ!……あれを避けるのかよ!?」

 訓練場の端っこで行われている、赤毛の少女とその食客(ハフネ)の模擬戦。

 それを見物しているミルユルの兵士たち。


「あの二刀流の女って――」

「おい!メルニア様の客分だぞ、不用意な発言は慎め」

「……あの方って何者なんだろうな?あんな技見たことないぞ」


 ハフネの木剣が真一文字に打ち込まれる。

 少女はそれをのけぞって躱し、蹴り上げた足で顎先を狙う。

 ハフネは間一髪かわしはしたもののバランスを崩し一歩引く。

 その隙を見逃さず、まるで影が走るかのように間合いを詰め、ハフネの足を絡めとる。

 しかし、寝技はハフネの得意とするところ。

 赤毛の少女には何をされたのかわからない速度で、形勢逆転。

 ハフネが赤毛の少女を組み伏せた。


「お前……あれできるか?」

「無理に決まってんだろ」


 見学の兵士たちが、口々に二人の動きに驚きの声を上げていた。


 ※※※※



「アタシの勝ちだよ。はぁはぁ……ついて行くったらついて行くから!」

「負けてないし!」


 少女は渾身のブリッジで、馬乗りになっていたハフネを弾き飛ばした。

 完全に油断していたハフネは「往生際が悪いよ!」と地面の土を投げつける。

「な“ぁ!?卑怯だぞ!」

「アンタだったらしないのかい?」

「する!」

 少女は声の方へ踏み込み木剣を打ち込むも空振り。

 ハフネはその腕を取り、少女を投げ飛ばす。

 すかさず、首筋に木剣を押し当てて勝利を宣言した。


「くそぉぉ!なんで分かってくれないのよ!」

「アンタこそ聞き分けなさいよ!アンタみたいに弱っちいのが!周辺諸国群(あっち側)へ行くのを放っておけるわけないでしょうが!」



 ※※※※



「おお!ハフネ様が勝ったぞ!」

「いやぁ見事なものだ!」


「メルニア様の剣捌きも十四歳とは思えぬものだったな!」

「十四歳!?……十四歳で……さぞお辛かったろうな……」

「やめろ。その言葉があの方を傷つける」


 そこへニヤけ顔の別の兵士が加わって、声をひそめてこう言った。

「……でもなぁ、あの身体つきでと思うと、……興奮しないか?」


 その兵士は身体をくねらせ、両手で少女のボディラインを表現して見せた。

 その瞬間、その兵士の顔面には、複数の拳が炸裂したのだった。



 ※※※※



「さぁわたしが勝ったんだ!ちゃんと約束は守っておくれよ!」

「……ふぅ」

 赤毛の少女は事前に交わしていた、勝った方の言うことを聞くという約束を受け入れざるをえなかった。

 魔法の水で目を洗い――大きく息を吸い、長く吐いた。


 そして、目を開けた時である。

 その瞳に宿っていたのは、研ぎ澄まされた光ではなく、包み込むような柔らかな光だった。


「じゃぁ次は俺の番だね」

「……ずるくない?」

「体力は一回戦後であることに変わりなし。一対一であることにも変わりなし。ハフ姐を止めたい者と、ハフ姐。ずるいかな?」


 余裕の笑みを浮かべて赤毛の少女は、あらかじめ用意しておいた木刀へと持ち替えた。


「ドラゴンを笑って斃すお兄さん相手に、アタシが勝てるわけないさね」

「じゃぁ……」

「だからって、情を交わした相手が危険な場所へ行こうってのに、はいそうですかって見送るような女じゃないんだよアタシは!」

 そう言いながら呼吸を整え、

「たとえドラゴン相手だって!ひいちゃいけない戦いってのがあるんだよ!」と、己を奮い立たせるように笑って見せた。

 ただ、相手はそのドラゴンを笑って屠る相手だったということは、この際無視することにしたのだった。


 

 ※※※※



 一部で喧嘩騒ぎがあった兵士たちは、それでも二人の強者を見守っていた。

 一時は終わりかと思った模擬戦も、どうやらまだ続きがあるような空気だった。


 なにより、赤毛の少女が諦めていない様子だった。


 そして、少女が獲物を持ち替えた時、少女の纏う空気が明らかに変わったのだ。

 それは近づくだけで切れるような抜身の剣から、冬の寒さに降り注ぐ陽の光のような暖かなものになっていた。


 兵士たちには相変わらず、ハフネが有利のように見えた。


「なんだ……こっちまで緊張してくるぞ」

「お二人とも……あんな構え、見たことない」



 ※※※※



「……悪いけど、どうしても負けられないんでね。本気で行かせてもらうよ」

 右手は順手に、左手は逆手に短剣を持ち、姿勢を低く、腕は体に寄せた。

 それは知り合った頃に赤毛の少女がして見せた構えだった。

 そして、顕になっている肌に彫られた紋様が淡く光を宿し始めていた。


「魔法抜き。身体強化アリ。……寸止め。 さぁやろうか!」


 赤毛の少女――お兄さんは木刀を正眼に構える。

 オーソドックスな構えだ。



「チッ――やりにくいね……なんていう流派だっけ?」

 ハフネは会話の中に、お兄さんを揺さぶる糸口を見つけようと会話を試みた。


心影六刀流しんえいりくとうりゅう。戦国の流派さ」


 ハフネはお兄さんの心が揺れたのを見た。

 それは、好きなものについて語りたいという心理だった。


「へぇ?由緒あるものなのかい?」

「そうだね、五百年くらいかな?」

「ええ!? うわ!?」


 お兄さんの心が揺れて生まれた隙を突くつもりが、予想外の返答に逆に隙ができてしまったハフネはその隙を突かれてしまって慌てて飛びのいた。


「ほら、この程度で隙を見せる。南方の近くへなんて連れて行けない」

 赤毛の少女がそう言って構えを戻す。

 ハフネは構えはそのままに反論した。

「アイジアは南方じゃない」

「南方への入口でしょ」

「南方じゃない」

「南方からの出口だよ」


 アイジアは大陸の東西貿易の要であり、南方諸島との交易の要でもある。

 ハフネが南方諸島からの逃亡者である以上、アイジアはその追っ手が網を張っている可能性が高い。


 もし、ハフネが彼らの手に落ちたなら、死刑になるだろうことは想像に難くない。

 それどころか、見つけ次第……ということだって考えられる。


 そんな危険すぎる場所へ連れて行けるわけがなかった。

 第一、そこが危険だと判断したからハフネは大槌族(ドワーフ)の大隧道(トンネル)を抜ける六鍵と一緒に、ここまで来たんじゃないか。


「ハフ姐を失いたくない」

「アタシだって、アンタたちを失いたくないよ」


「……なら力尽くかな」

「こんな美人に暴力だなんて最低ぇ」

「……お互い様でしょ」


 いくつもの言葉を交わし、二人は構えを崩さず、時間ばかりが過ぎていく。


 しかし、何もしていなかったわけではない。

 今やハフネの紋様は煌めき、服の上からでもその様子が見てとれるほどになり――

 ハフネの準備は完了したのだ。


 次の瞬間、皆の視界からハフネの姿が消えた。

 そして同じく赤毛の少女も。


 訓練場のあちこちから響く、無数の風切りの音。


 そして、兵士たちのすぐ近くでも上がる土煙。

 兵士たちは驚き、ある者は手に持っていた兜を取り落とすほどだった。


 ※※※※


 ハフネと赤毛の少女は打ち込んでは躱し、躱しながら打ち込んだ。

 ――目にも留まらぬ攻防だった。


 その動きは訓練場全体を使って繰り広げられたが、メルニアの時のような木剣の打ち合う音は聞こえてこなかった。

 それは、刃こぼれしやすい日本刀で一対多数の戦いを想定している、お兄さんの剣筋によるものだった。


 この間数十秒。

 ついに、お互いの身体強化も限界を迎え、示し合わせたわけでもないのに、最初の位置へ戻ってきていた。


「ふぅふぅ……速さだけは自信があったんだけどね……」

「ふぅぅ、確かに速かったよ。間合いがね。あと少し剣が長かったら、危なかったわ」


 少女の肌にはうっすらとみみず腫れのような痕がいくつも残っていた。

 当たったわけではない――

 ハフネの木剣が纏った剣気が、間一髪のところで肌を撫でたのだ。


 しかし、それはハフネの身体にもあるのだが、服の上からではわからなかった。


「それだけの傷があれば、もうアタシの勝ちでいいよね」


 身体強化は体を酷使する。

 ハフネは自信のある『速さ』で勝負をかけるため、最初から全力だった。

 限界まで酷使された身体は悲鳴をあげ、気を抜けば崩れ落ちそうなほどだった。

 なんとしても勝ちたい、そんな思いが言葉になって出たのだった。


 赤毛の少女は、自身の身体につけられた傷の数を見て「なるほど」と呟いた。

 その腫れは首筋や腱など、致命傷や行動不能になる部位に集中していたのだ。


「……後で傷薬塗ってくれるなら、負けでいいわ」


「……え? 負けでいい? え?」


 思いもしなかった言葉だ。

 まさかお兄さんがこんなにあっさり負けを認めるとは思っていなかったのだ。

「え? アタシの勝ちってこと?」

 まだ信じられないという顔で、何度も確認するハフネ。


「俺は元々、何がなんでも反対ってわけじゃないんだ。ハフ姐がしっかり自分の身を守れるってことが分かれば一緒でいいって思ってた」

「……お兄さん……ありがとう」


「感謝されるようなことじゃないさ。ただ……メルにゃんが暴れてるんだ、ここからが大変だわ」

 ハフネへ近付いてヒソヒソと――そして笑って見せた。

 ハフネの胸が高鳴る笑顔だった。


 その日の夕方、傷薬を塗り合う――甘い時間を過ごす彼女たちのもとに、書類が届く。

 二人は特に読むこともなく署名をし、深く考えずに丸をつけて差し出した。


 その書類を受け取ったラウガルは、その内容に一瞬戸惑うも、ハフネの覚悟をそこに見て承認したのだった。


 

 こうして、ハフネは赤毛の少女と共にアイジア王国へ向かうことになった。


 そして……ハフネが単なる同行ではないことに気がつくのは、入学式前日になってからだった。


 

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