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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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焔翼の戦姫編 冬来りなば春遠からじ

 大領――ミルユル領の領主にして、大氏族の当主。

 (くろがね)の異名を持つ男ラウガル。

 草原世界では『守護者』と謳われ、周辺諸国では『魔王』と恐れられる、武名轟く英傑。


 そんな英傑は今……娘に怒られていた。


 赤毛の少女が執務室へ入った途端、今回もまた、ラウガルの意図を汲んだ部下たちは、手を止めて退室していった。


 それを見た赤毛の少女は呆れたようにして、

「父上、毎度毎度彼らを追い出していては、業務が滞ります。せめて私たちが席を外すべきです」


 咳払いを一つ。

 ラウガルは低い声を作って、娘を諭そうとした。

「いいかメルニアよ。ここでは俺が一番偉いんだ。だから……」

「父上!」


 赤毛の少女はラウガルの発言にぴしゃりと言った。


「確かに父上は偉いですし、周りがそれに合わせるのも自然でしょう。ですがそれで滞ったお仕事は、誰かの命に関わってくる可能性はありませんか?父上のお仕事は、そういうものでしょう?」

「む……そうだな。そなたの言う通りだ。では……そうだな、あそこへ行こう」


 そう言ってラウガルは娘を連れて執務室を出る。

 そして『あそこ』へ行く前に部下へ声をかけて、業務を再開させた。


 ※※※※


 親子で来たのは城の上層部にある、使われていない物見塔の一つだった。


 シュミ山脈から吹き下ろす風が、冬の気配を感じさせる。

 少女の身体はぶるりと震えた。


「寒いか?」

「いえ。この程度は平気です」

「……そうか。寒ければ言うように」


 その声は、いつものラウガルの声色だった。


 親子はしばらく景色を眺めていた。

 赤毛の少女がまだ幼かった頃、何度か連れてきてもらった場所だった。

 眼下にはミルユルの城下町が見える。

 遠く広場の鐘楼が鳴って、夕暮れ時を告げた。


「メルニア」

「……はい」


 ラウガルは視線を城下へ向けたまま言葉を続けた。


「そなたには苦労をかけた」


 赤毛の少女はそれを、使節団の一連のことだと理解した。

「とんでもありません。任務ですので」

 背筋を伸ばしてそう答えた赤毛の少女に、ラウガルは何とも言えない顔で振り返る。

「父として、そなたには詫びねばならぬ」

「いえ……任務……」

「そうではない。そうではないのだ……領主でもなく、上司でもない……父として、そなたには詫びねばならぬのだ」

「……その話は、前に……」

「そなたが、どのような状況に置かれているか知っているつもりだ」


「……」

「城内にはそなたの事をあれこれ噂する者もいる……もちろん放っては置かぬ。だが、ひとの口に戸は建てられぬ」


「……」

 確かに心当たりはある。

 今日だけではない。

 帰還してからずっと、あらゆる憶測と、事実が混じった噂を耳にしてきた。

 審問会で、はっきりしたとは言え、それすらも面白おかしく噂する者は後をたたなかった。



 赤毛の少女は無言のまま、父を見つめる。

 特に言うことはないのだ。

 少女の胸の内では、二心同体の魂が支え合っている。

 それで十分だったのだ。


 けれど、父の言葉を受けて何故だか胸が締め付けられた。

 鼻の奥がつんとなり涙が溢れた。


「いえ……任務……で……」

 先ほどと同じことを繰り返そうとして、声が震え、言葉を継ぐことができなかった。


「すまぬ」


 父はただ、そう口にすることしかできなかった。


 どれほどの時間が経っただろうか、茜色の空は夜色に染まりつつあった。


「その……大丈夫か?」

 ラウガルは、娘のこんな姿を初めてみた。

 どうすれば良いかわからずただ、泣くに任せた形になってしまった。


 赤毛の少女はそんな父を見て、ほんの少しだけ、心に余裕ができた。


「父上。寒くなりました」


「う、うむ。中へ戻ろうか」

「父上!私は寒いと言ったのです」

「ああ、聞いているが……?」


 少女はため息をついて、父の手を取り、するりとその腕の中へおさまった。

「寒くなりました」


 ラウガルにも、ようやく何が正解だったのか察することができた。


「メルニアよ。すまなかった」

 そう言って、父は娘を抱きしめた。



「そなたに、新たな任務を与えることになる」

「……親子の抱擁中にですか?」

「む……そうだな……しかし、そなたにも時間が必要だろうから……このまま申し渡すゆえ、この後準備をするように」


 赤毛の少女は返事をしなかった。

 ラウガル()からは少女()の表情を伺えなかったが……恐る恐る、そのごつごつした手で、少女の頭を撫でた。


 ――ほんの少し、空気が緩んだ。


「そなたにはアイジアへ行ってもらう」

「……」

「次世代交流外交という名目だ」


「……他に目的が?」


 ラウガルは一瞬話すべきか悩んだが、それでも言葉を続けた。


「評議会は、この度のことで手柄を取られたと感じている。そなたは英雄になりすぎたのだ」


「また評議会(やつら)ですか」

 呆れたようにため息を吐く。


「そなたを連中の目から遠ざけるためのものでもある」


 赤毛の少女には、この任務そのものが、自身(メルニア)を守るためのものだと理解した。


「分かりました。任務の詳細については?」

「うむ。そなたには学生になってもらう」


「……え?」

 少女は内心身構えていたのだ。

 どんな難しい内容なのかと。

 それが、学生とは……拍子抜けもいいところだった。


「学生……ですか」

「そうだ。大陸中央総合学校だ。聞いたことはあるだろう?」

「はい。戦士や魔法使いなどの高等教育を行なっているところだと記憶しています」


「うむ。大陸中から人が集まり、上下の別なく学べる場だ」

「……私に何を学べと?」

「そなたは、その者たちから、草原の外のことを学ぶのだ」

「外のことを?」


「そうだ。草原はこのままでは周辺諸国群に呑まれてしまう。だからこそ――」

「そんな!?……あるはずがありません!」

「評議会の姿を見て、そう言えるか?」

「それは……分かりました。この任務、必ずや成功させて見せます」

「……肩の力を抜くがよい。学生としての時間を過ごし、友好を図ればよい」

「しかし……」

「よい。さっきのは建前だ。そうでも言わねば都合が悪かっただけだ。気にせず楽しんでこい」


「……了解しました」



 夜空には、月明かりを受けた雲が輝いていた。

 それはやがて、光に溶けるかのように、姿を消した。


 

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