焔翼の戦姫編 矜持ーーその在り方
《えっと……お義姉さん?》
《うん。ユルフィ姉上》
《なんて言うか……個性的だね》
《ユルフィ姉上は『農業』というのにはまってるんだ……だから、いっつもこんな感じ》
そこには泥だらけの赤毛の女が立っていた。
※※※※
ハフネとサンディアが、起こしてしまった赤毛の少女に謝罪してる時だった。
「入るわよぉ」
そのセリフは、その言葉の主がすでに部屋の中に入ってから、発せられたものだった。
煌めく――深紅の髪の女は、部屋の主人である赤毛の少女に似ていた。
むしろ少し大人びていて、より麗しくなったメルニアといった人物だった。
背も赤毛の少女よりも高く、豊かな曲線は、お兄さんの心を乱すには十分だった。
そして、少し垂れ目気味のその瞳は、少女が凛とした印象を受けるのとは違い、優しく大地のような母性を感じさせた。
土に、草汁に汚れた作業服。
およそ城住まいのものの格好ではない。
他国では、王城にも匹敵するこの城で、なんとも場違いな格好の、この女性こそ……ラウガルの五番目の子にして、メルニアの同母の姉であった。
「やぁこんな時間からお休みかい?」
「どうやら、疲れが溜まっていたようで……つい、うとうとと」
「まぁ色々あっただろうし……そうそう、そんなメルを元気付けようとこれを持ってきたんだよ!」
そう言ってユルフィが背後から出して見せたのは、ザルに乗った赤い実だった。
拳ほどのサイズのそれは、まだ青いヘタがついており、見るからに瑞々しく――
《トマトだ!トマトだ!》
《えっなに!?びっくりした!》
《ああ!ごめんごめん!トマトっていう前世でもあった野菜なんだ!》
《うん……それはわかったけど、そんなに喜ぶものなの?野菜でしょう?》
《いいかいメルニア》
《え!?メルニア!?あ、はい!》
(普段『メルにゃん』なのに……いつになく真剣なお兄さんだ)
《日本人はね、食へのこだわりがとても強いんだ。そんなだから食品の保存技術も発達していてね、生のままでも数日は自宅で保存できるんだ》
《へぇ!すごいね!こっちだったらすぐにしわしわだよ!》
《そうなんだ、それなんだよ!俺はこっちへきてからというもの、新鮮な野菜を食べてないんだ!》
《ええ……うん?野菜でしょう?葉っぱ……》
《メルニア・ミナリカ!》
《えっ!? はい!》
(本気だ!?こんなに笑いのない本気は初めて見る……いったいあの野菜にどんな意味が……》
《俺は『日本人』なんだ。食を大事にする民族だ。普通なら食えない芋を食えるようにし、猛毒の魚すら食えるようにしてきた!世界を向こうにして海の恵みを絶対に諦めなかった民族の裔なんだ!だから……食べ物を軽く扱うやつは許さない》
《ごめんなさい……?》
《……いや、こっちこそごめん。気分が上がってしまって。ごめんね》
《うん。いいの……でも、料理で火を通せば、しなしなになるんじゃ……?》
《……まぁ、とりあえずお義姉さんの話を聞いてみよう》
妹のポケっとした顔を見てユルフィは、優しく言った。
「どうしたの?まだ眠たいんだね?無理もないかぁ 」
その言葉を受けて、サンディアが身を縮めるようにして謝罪した。
「申し訳ございません。……私がお邪魔してしまったばっかりに」
それを見ながらハフネはちょっとした優越感を覚えた。
(あの表情は内心で話し込んでる時の顔なんだよなぁ……ふふふ、あの顔の良きに……イタズラしたらどうなるんだろう? ふふふ、今度やってみよう)
「ところで姉上、それは?」
口内に溢れる涎を拭いながら、少女の視線は『赤い実』に釘付けだった。
「これはね、私の畑で取れた『トマトダヨ』って言うんだけど、体にいいから食べさせてあげようと思ってね。持ってきたんだ」
差し出されたトマトダヨを手に取って、手触りを確認し匂いを嗅ぐ赤毛の少女。
《トマトダヨ?なんだよ……あっ、そういうことか?》
《何?どうしたの?》
《これ、どう見ても『トマト』なんだよ》
《?……うん?》
《たぶんね、これ何?って聞かれた転移者か転生者が『トマトだよ』って答えたんだと思うんだ》
《それがそのまま名前に?……そんなバカな》
《カンガルーに謝れ》
《え?》
《ギヤマンに、天ぷらに、七面鳥に謝れ!》
《なになになに!?怖い怖い!》
妹の野菜への興味の示し具合から嬉しくなったユルフィは饒舌になっていく。
「これはね昔々の転移者が持ち込んだ野菜らしくてね!何か特別な効果があるとかじゃないんだけど、形がいいでしょう?まるで太陽のようだし太陽を一身に浴びて育ってるからね!体にいいんだ!」
「わかりました!わかりましたから!」
吐息がかかるほどの距離で、そう捲し立てたユルフィを押しのけて……赤毛の少女は赤い実に齧り付いた。
《姉上は、好きなもののことになるとああなってしまうんだ。ごめんねお兄さん》
《ん?何もおかしくないよ。野菜に情熱もって接してるってことでしょう?そういう人は好きだよ》
《……お兄さん?その『好き』は、どういう意味かな?相手は『姉上』だからね?》
「ただどうにも味が嫌だとか、食感が嫌だとかいわれるんだよ……育て方……って!?メル!?食べちゃったの!?」
「え?はい!美味しかったです!」
二個目の『トマトダヨ』に手を伸ばしながら笑顔でそう言って見せた。
「メル、メル。口の周り。ふふふ、ほらこっち向いて」
「ん〜まっ」
ハフネに口の周りを拭いてもらった赤毛の少女は、二人の身内が見ていたことを思い出して、耳まで真っ赤になっていた。
それを見た少女の姉は手元の野菜と見比べながら苦笑した。
「やれやれ、これじゃまるでトマトダヨ」
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