焔翼の戦姫編 華の矜持
ミルユルの城の奥、その一族が生活する区域。
部外者が入ることのできないこの区域に、メルニアの自室はあった。
そして今、その部屋の奥、甘く唸るような声がひとつ。
「ん……あっ……ん、痛っ」
「大丈夫……すぐに、んっ、よくなるから」
「……ああ!ハフ姐!……ハフ姐!」
呻き声を上げるたび、少女のうなじは朱に染まっていく。
「んんん!」
「どうだい?……こことか、気持ちいいんじゃないかい?」
「いい!……そこ!ああ!……んっ!」
「いいね。可愛いじゃないか……アタシも暑くなってきたよ」
ベッドの上で繰り広げられるそれは、傍で見守ることを命じられたサンディアにとって、羨ましくもあり、苦痛でもあった。
サンディアは、二人の様を見て、スカートを握りしめる。
その胸の内に渦巻く感情に耐えているのだ。
しかし、赤毛の少女の肌が、その髪ほどに赤くなるにつれ――
「もう我慢できません!」
赤毛の少女の背後から、覆い被さるようにその身体を揉みほぐしていたハフネと少女の間に、サンディアが割って入った。
「これは私の役目です!」
「でも、メルはこんなにも気持ちよさそうだよ?」
「それでもです!マッサージは、専属侍女の私がします!」
「でもさ?このままヤレば、メルは堕ちるんだよ? 眠りに」
「たとえそうであっても!メルニア様の肌に触れていいのは私と、メルニア様と伴侶になられる方だけです!」
サンディアは赤毛の少女とハフネの関係を知らない。
二人は今やっていた、ただのマッサージ以上のことを経験済みなのだ。
だが、それは喧伝するようなことでもないからこそ、起こっているすれ違いであった。
「とにかく!貴方が当家の食客として遇されるのは、百歩譲っていいとしても!それがメルニア様の肌に触れていいというものではありません!」
「何言ってんだい。そんなこと言ってたら冒険者なんてやってられなかったさ。なぁメル?」
「……」
赤毛の少女は溜まった疲労と、ハフネによる極上マッサージで、すっかり寝入ってしまっていた。
「あらら……まぁどのみち、今日はこれで終わりだね」
「ぎぎぎ……メルニア様は、草原の民の崇敬をその身に受ける、『巫女』のお一人だというのに……貴女のような……あーもう!」
サンディアは言葉を飲み込んだ。
それがなんであるかは、ハフネには容易に想像がついた。
「なんだい? この紋様が気に食わないのかい?生憎、化粧と違って落ちないもんでね」
そう言って顔の紋様を、大袈裟な素振りで擦って見せた。
ハフネは目の前のサンディアを見る。
侍女とはいえかつては戦士の訓練を受けた者だ。
背筋は伸び、その佇まいは凛として美しかった。
白い肌には化粧気はなく、ほんのり紅を引いているだけ。
それと比べて、自分はどうだ……浅黒い肌、誰にも無い紋様……貧しい漁村の出身で、作法や行儀なんて最低限しか知らない。
そんな自分が――ひどく惨めに思えた。
「メルの隣に侍っているのが、こんな南方の蛮族女で悪ぅござんしたね」
そんな風にみられるのは、ハフネにはよくあることだった。
彼女の身体に彫られた紋章魔術は、彼女のルーツを表すものでもある。
しかし、強力であるが故に恐れられ、目立つが故に忌避される。
そして、消えないからこそ、烙印とみなされることもある。
出身地の南方諸島でもそうなのだ、ましてや全く文化の異なる草原世界では……ハフネは、メルニアの隣に立つために、その視線を、その悪口雑言を耐える覚悟だった。
「顔をあげなさい」
ハフネの耳に届いたのは、予想していたどの言葉でもなかった。
「顔をあげなさい!」
「!?」
「曲がりなりにもメルニア様の隣に立つものならば、顔をあげて堂々としていなさい」
「……堂々……たって、アタシは南方諸島の出身で……こんななりを……」
「お黙りなさい!」
その一喝はハフネをビクッとさせるには十分だった。
軍人時代には戦技教官を務め、冒険者になってからは数々の戦闘を経験した。
にもかかわらず目の前の、三十半ばの侍女を相手にだ。
それほどに侍女の気迫は凄まじかった。
ハフネには、この侍女が何を怒っているのか分からなかった。
「なんだい……そんな大きな声を出して」
「メルニア様の隣に立つものならば、もっと堂々としているべきなのです」
「それは……」
立ち位置を奪っておいて卑屈になっていては、この侍女じゃなくても怒って当然だと思った。
「……巫女とは、草原の民の崇敬をその身に受ける存在です。メルニア様はそんな『巫女』のお一人なのです!」
ハフネはメルニアに身に起こった悲劇を知っている。
だから『巫女ではない』とは言えなかった。
言えばその理由を口にしなければならない。
だからこそ、この場で言う必要などないとハフネは判断した。
「……何か言いたげですね?……私もメルニア様の身に何が起こったかは聞いています」
サンディアがハフネの目を見つめる。
それは強く、力のこもった目だった。
「それでも、メルニア様はメルニア様です。何も変わってなどいないのです!」
ハフネは、その手元で寝たふりをする、赤毛の少女の中に別人の魂も入っていることを知っている。
やはり、口にはしないのだが。
「民の崇敬を受けるメルニア様の隣に立つならば、メルニア様に相応しい者であると胸を張りなさい!」
ハフネはようやく合点がいった。
紋様のことだと思って、視野が狭くなっていた。
この侍女が言っているのは、そういうことだったのだ。
「よくわかったよ」
「私たちはメルニア様に相応しくなくては」
「……ただな」
「なんです?」
「さっきから起きてしまってるんだよな」
「……えへ」
「ああ!申し訳ございません!」
ハフネは笑っている。
その紋様を煌めかせて。




