表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

128/143

焔翼の戦姫編 表せぬ思い

「来たか」


 質素ながら重厚な作りの執務室である。

 ラウガルの他に六つの机があり、それぞれが書類に向かって筆を走らせていた。

 張り詰めていた空気は、赤毛の少女が入室したことによって、幾分か和らいでいた。


「メルニア、ただいま参りました」

 ミルユル式の敬礼でラウガルへ挨拶をする赤毛の少女。

 少女はここに来るまでに、草原風の軍服に着替えていた。


「わざわざ着替えたのか。そなたは休職中となっているため、着替えなくてもよかったぞ」


 《あの堅苦しい父上が、こんなことを言うなんて》

「先に言っておいてくだされば、急がずに済みましたのに」


 軍務中ではないと知って肩の力を抜いた少女は、それに合わせるように軽口を叩いてみせた。


「む、それはすまなかった」


 《お義父さん元気ないんじゃない?》

 《そうだね……心配事でもあるのかな?》

 《あるとしたら、俺たちのことじゃない?》

 《そだね》


「あー……書類というのはこれだ」

 そう言ってラウガルは『ハシモ商会』と書かれた封筒をメルニアへ手渡した。

 メルニアから見て、いつもの様子ではないラウガルであった。


「確認いたします」

 赤毛の少女はそう言って、素早く書類を確認していく。

 そこには確かにサクリカで世話になった『ハシモ商会』の印章と、サインが確認できた。

「ハシモ商会のものだと思います。ですが、細かいところまでは……申し訳ございません」


「ふむ……ならば、六鍵に許可証を持たせて送り出すつもりであったが、こちらへ向かう際の護衛として付けさせようか」

「護衛……兼、監視役ですか?」

「そうだ……お前の恩人ではあるが――考えすぎだと思うか?」

「いいえ? それも父上のお仕事だと理解しているつもりです」

「……そうか」


 父の立場を慮っての発言だった。


 ラウガルは娘の――上に立つものとして、人としての成長を感じ、嬉しく思った。

 しかし同時に、その成長は同世代の娘なら知らずに済んだはずの、痛みと共にあるものだった。

 そうした世界へ置いてしまったことに、呵責を覚えずにはいられなかった。


 この時、ラウガルは気まずさから沈黙し、赤毛の少女は《六鍵に監視役が務まるのか?》と黙考していた。


 赤毛の少女の背後では、静かにスタッフたちが席を立ち、そのまま退室していく。


 何か言いたげで、言い出せない。

 そんな雰囲気が、目の前の――『(くろがね)のラウガル』から感じられた。

 《お義父さん……何か言いたそうだけど?》

 《父上らしくないな……なんだろう?》

 《それとなく水をむけてみたら?》

 《そうだね……でも……聞くべきかな?》

 《うーん……必要なら話してくれるだろうけど……、今はそのときじゃないのかもね?でも、気になるなら、少しだけ聞いてみたら?『元気ないみたいだけど?』くらいの感じで》


「父上、お元気がないようですが、大丈夫ですか?」

「うむ……そう見えたか?それは……いや、大事ない」


 《やっぱり何かありそうだね》

 《……でも、まぁいっか。必要なら言ってくれるはずだよ》


「くれぐれもお身体にはお気をつけて」

 敬礼をして退室しようと振り向くと、さっきまで忙しくて働いていた人々はおらず、いつのまにか無人となっていた。


「……?」

 再びラウガルを振り向くと、バツが悪そうな表情だった。

「親娘の話を……しようと思ってな」


 再び沈黙が執務室を支配した。


「そなたに話すべきか……まだ迷っている。だが、指揮官として経験を積んだ今なら……ぬぅ」


 《悩んでるね。結婚のことかな?》

 《……父上らしくない》

 《それほどに悩んでるってことだよ。……ねぇ、何があっても俺はメルにゃんの味方だし、何かをするなら一緒に考えよう……どうする?》


 《ありがとう。大好き》

 胸の奥が暖かくなる。

 この温もりが『幸せ』という物なのだと実感できる。

 それに支えられ、父と向き合う事にした。



「父上。何を悩んでいるのか分かりませんが、この際はっきりとおっしゃってください。嫌なら嫌と言いますし、無理なら私は旅に出るだけです」


 大きく息を吸い長く吐いた。

「……使節団のことだ」

「はい」


 ラウガルはポツリポツリと話し始めた。



「評議会からの要請だった」


 赤毛の少女は黙って聞いている。


「目的は戦争を再開することだ……その戦争に勝利して、ポアイと講和条約の中の半分でも飲ませることができればと」


「……それを私たちが全部、成功したことが問題ですか?」


「いや……そうではない」

 ラウガルが先ほどにも増して、苦しげであった。


「もともと交渉の結果には期待されていなかったのだ……道中で、そなた……使節団が襲撃され全員……戦死。それの報復として戦争を再開するはずだった」


「……そんな!?」


 十九名。

 まだ若いながらも、将来有望な物たちを集めた使節団だった。

 皆、この任務に草原の未来を見ていた。

 メルニアは、彼らの言葉を覚えている。最後の言葉も覚えている。

 皆、希望に満ちた若者だった。


 ――それを、その命を……コマとしたのだ!


 《メルにゃん!》

 《放して!議会に殴り込んでやる!》


 メルニアの魂は怒りに声を荒げ、体の主導権をとって走り出そうとする勢いだ。


 《放せぇ!》

 《落ち着いて!ここで暴れてもしょうがないだろう!》


 執務室ではラウガルの告白が続く。

「そうするために、伝統に沿った形で二十人という少ない規模にした」


 赤毛の少女は耐えるように、天を仰いだ。


「実行しなければ、評議会を敵に回す事になる」



 お兄さんの説得にひとまず、意識は再び外へ向けられた。


「クズどもめ!」


「……使節団が……襲撃されたのは、評議会の――我らの差金だ」


「っな!?」



「そなたも、そこで散るはずだったのだ」



「……」


 言葉にならない感情が、叫びとなって出そうだった。


 

「しかし、そなたらは自力で全てをなした。にもかかわらず……それを我らが……」


 再び内面が荒れる。

 お兄さんが荒れるメルニアを言葉で、力で抑えながら――

 《……メルにゃん!》

 《放して!議会の連中の首を残らず跳ねてやる!》


 《お義父さんの立場を考えて!》


 《くそ!……わかってるよ!……極めて高度な政治的判断てやつだよ!……わかる……そんな自分が嫌になるよ……わかりたく……なかったよ、お兄さん》


 涙が出た。

 どうしようもなく、頬を濡らしていく。

 崩れそうになった、その時。

 柔らかく温かいものに包まれた。

 見上げれば、お兄さんの笑顔があった。


 ――メルニアはまだ、立っている。



 《私は……大丈夫。お兄さんがそばにいてくれるから》

 しゃくり上げながらそう強がるメルニア。

 《うん》

 それもわかって、優しく包むお兄さん。


 《でも……ユトや、団員たちは……死んだ。評議会(やつら)が無能なせいで。無能が故に他人を見下し、出来ないだろうと踏んだ上で建てた作戦に腹が立つよ!》

 《ああ、伝わってくるよ》

 《……父上も、さぞ苦しかったでしょう……心労が溜まったのだろうね、白髪が増えたみたいだよ》


 メルニアの記憶にある父は、強く逞しく、巌のような男だった。

 それが、この一年で白髪が増えて、心なしか小さくなったようにも見えた。


 《いける?》

 《……ごめん、ちょっとまだ……お兄さん後を任せる……その……許してあげて》

 《わかった》


 沈黙が続く中、それを先に破ったのは、赤毛の少女だった。


 項垂(うなだ)れる父を、その胸に抱きしめた。


 理由はどうあれ二十名もの若者を死地へと送り、計画通り――十九名は戦死。

 生き残った一人も、死んだ方がマシだという過酷な道を経て、その責任を全うした。

 ――求められていなかったのに。



 父を柔らかく抱きしめながら、赤毛の少女は胸の内を明かす。


「私のことは気になされますな。草原のため、ミルユルのために行った事なら、胸を張ってくださいませ」


「……」


「我らの犠牲は正しかったのだと、最後まで胸を張ってくださいませ!」


「……よいのか?」

「これで良かったと、父上が言わねば誰が彼らの名誉を守るというのです!彼らの名誉のためにも!」


「すまぬ……辛い思いをさせた」

 その言葉は知らず知らずのうちに揺れていた。


「私のことは気になされますな。私は今幸せなのです。……それは、過去の私があったからこそ……そう考えるようにしていますから」


 使節団襲撃から始まった悲劇の果てに、お兄さんと出会えたのは事実だった。

 そのどれか一つでも欠けていれば、今の自分はなかったのかもしれない。

 そう思ってしまうからこそ、父をただ憎むことが、メルニアにはできなかった。




☆、ブクマ、布教、本当に本当にお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ