焔翼の戦姫編 表せぬ思い
「来たか」
質素ながら重厚な作りの執務室である。
ラウガルの他に六つの机があり、それぞれが書類に向かって筆を走らせていた。
張り詰めていた空気は、赤毛の少女が入室したことによって、幾分か和らいでいた。
「メルニア、ただいま参りました」
ミルユル式の敬礼でラウガルへ挨拶をする赤毛の少女。
少女はここに来るまでに、草原風の軍服に着替えていた。
「わざわざ着替えたのか。そなたは休職中となっているため、着替えなくてもよかったぞ」
《あの堅苦しい父上が、こんなことを言うなんて》
「先に言っておいてくだされば、急がずに済みましたのに」
軍務中ではないと知って肩の力を抜いた少女は、それに合わせるように軽口を叩いてみせた。
「む、それはすまなかった」
《お義父さん元気ないんじゃない?》
《そうだね……心配事でもあるのかな?》
《あるとしたら、俺たちのことじゃない?》
《そだね》
「あー……書類というのはこれだ」
そう言ってラウガルは『ハシモ商会』と書かれた封筒をメルニアへ手渡した。
メルニアから見て、いつもの様子ではないラウガルであった。
「確認いたします」
赤毛の少女はそう言って、素早く書類を確認していく。
そこには確かにサクリカで世話になった『ハシモ商会』の印章と、サインが確認できた。
「ハシモ商会のものだと思います。ですが、細かいところまでは……申し訳ございません」
「ふむ……ならば、六鍵に許可証を持たせて送り出すつもりであったが、こちらへ向かう際の護衛として付けさせようか」
「護衛……兼、監視役ですか?」
「そうだ……お前の恩人ではあるが――考えすぎだと思うか?」
「いいえ? それも父上のお仕事だと理解しているつもりです」
「……そうか」
父の立場を慮っての発言だった。
ラウガルは娘の――上に立つものとして、人としての成長を感じ、嬉しく思った。
しかし同時に、その成長は同世代の娘なら知らずに済んだはずの、痛みと共にあるものだった。
そうした世界へ置いてしまったことに、呵責を覚えずにはいられなかった。
この時、ラウガルは気まずさから沈黙し、赤毛の少女は《六鍵に監視役が務まるのか?》と黙考していた。
赤毛の少女の背後では、静かにスタッフたちが席を立ち、そのまま退室していく。
何か言いたげで、言い出せない。
そんな雰囲気が、目の前の――『鉄のラウガル』から感じられた。
《お義父さん……何か言いたそうだけど?》
《父上らしくないな……なんだろう?》
《それとなく水をむけてみたら?》
《そうだね……でも……聞くべきかな?》
《うーん……必要なら話してくれるだろうけど……、今はそのときじゃないのかもね?でも、気になるなら、少しだけ聞いてみたら?『元気ないみたいだけど?』くらいの感じで》
「父上、お元気がないようですが、大丈夫ですか?」
「うむ……そう見えたか?それは……いや、大事ない」
《やっぱり何かありそうだね》
《……でも、まぁいっか。必要なら言ってくれるはずだよ》
「くれぐれもお身体にはお気をつけて」
敬礼をして退室しようと振り向くと、さっきまで忙しくて働いていた人々はおらず、いつのまにか無人となっていた。
「……?」
再びラウガルを振り向くと、バツが悪そうな表情だった。
「親娘の話を……しようと思ってな」
再び沈黙が執務室を支配した。
「そなたに話すべきか……まだ迷っている。だが、指揮官として経験を積んだ今なら……ぬぅ」
《悩んでるね。結婚のことかな?》
《……父上らしくない》
《それほどに悩んでるってことだよ。……ねぇ、何があっても俺はメルにゃんの味方だし、何かをするなら一緒に考えよう……どうする?》
《ありがとう。大好き》
胸の奥が暖かくなる。
この温もりが『幸せ』という物なのだと実感できる。
それに支えられ、父と向き合う事にした。
「父上。何を悩んでいるのか分かりませんが、この際はっきりとおっしゃってください。嫌なら嫌と言いますし、無理なら私は旅に出るだけです」
大きく息を吸い長く吐いた。
「……使節団のことだ」
「はい」
ラウガルはポツリポツリと話し始めた。
「評議会からの要請だった」
赤毛の少女は黙って聞いている。
「目的は戦争を再開することだ……その戦争に勝利して、ポアイと講和条約の中の半分でも飲ませることができればと」
「……それを私たちが全部、成功したことが問題ですか?」
「いや……そうではない」
ラウガルが先ほどにも増して、苦しげであった。
「もともと交渉の結果には期待されていなかったのだ……道中で、そなた……使節団が襲撃され全員……戦死。それの報復として戦争を再開するはずだった」
「……そんな!?」
十九名。
まだ若いながらも、将来有望な物たちを集めた使節団だった。
皆、この任務に草原の未来を見ていた。
メルニアは、彼らの言葉を覚えている。最後の言葉も覚えている。
皆、希望に満ちた若者だった。
――それを、その命を……コマとしたのだ!
《メルにゃん!》
《放して!議会に殴り込んでやる!》
メルニアの魂は怒りに声を荒げ、体の主導権をとって走り出そうとする勢いだ。
《放せぇ!》
《落ち着いて!ここで暴れてもしょうがないだろう!》
執務室ではラウガルの告白が続く。
「そうするために、伝統に沿った形で二十人という少ない規模にした」
赤毛の少女は耐えるように、天を仰いだ。
「実行しなければ、評議会を敵に回す事になる」
お兄さんの説得にひとまず、意識は再び外へ向けられた。
「クズどもめ!」
「……使節団が……襲撃されたのは、評議会の――我らの差金だ」
「っな!?」
「そなたも、そこで散るはずだったのだ」
「……」
言葉にならない感情が、叫びとなって出そうだった。
「しかし、そなたらは自力で全てをなした。にもかかわらず……それを我らが……」
再び内面が荒れる。
お兄さんが荒れるメルニアを言葉で、力で抑えながら――
《……メルにゃん!》
《放して!議会の連中の首を残らず跳ねてやる!》
《お義父さんの立場を考えて!》
《くそ!……わかってるよ!……極めて高度な政治的判断てやつだよ!……わかる……そんな自分が嫌になるよ……わかりたく……なかったよ、お兄さん》
涙が出た。
どうしようもなく、頬を濡らしていく。
崩れそうになった、その時。
柔らかく温かいものに包まれた。
見上げれば、お兄さんの笑顔があった。
――メルニアはまだ、立っている。
《私は……大丈夫。お兄さんがそばにいてくれるから》
しゃくり上げながらそう強がるメルニア。
《うん》
それもわかって、優しく包むお兄さん。
《でも……ユトや、団員たちは……死んだ。評議会が無能なせいで。無能が故に他人を見下し、出来ないだろうと踏んだ上で建てた作戦に腹が立つよ!》
《ああ、伝わってくるよ》
《……父上も、さぞ苦しかったでしょう……心労が溜まったのだろうね、白髪が増えたみたいだよ》
メルニアの記憶にある父は、強く逞しく、巌のような男だった。
それが、この一年で白髪が増えて、心なしか小さくなったようにも見えた。
《いける?》
《……ごめん、ちょっとまだ……お兄さん後を任せる……その……許してあげて》
《わかった》
沈黙が続く中、それを先に破ったのは、赤毛の少女だった。
項垂れる父を、その胸に抱きしめた。
理由はどうあれ二十名もの若者を死地へと送り、計画通り――十九名は戦死。
生き残った一人も、死んだ方がマシだという過酷な道を経て、その責任を全うした。
――求められていなかったのに。
父を柔らかく抱きしめながら、赤毛の少女は胸の内を明かす。
「私のことは気になされますな。草原のため、ミルユルのために行った事なら、胸を張ってくださいませ」
「……」
「我らの犠牲は正しかったのだと、最後まで胸を張ってくださいませ!」
「……よいのか?」
「これで良かったと、父上が言わねば誰が彼らの名誉を守るというのです!彼らの名誉のためにも!」
「すまぬ……辛い思いをさせた」
その言葉は知らず知らずのうちに揺れていた。
「私のことは気になされますな。私は今幸せなのです。……それは、過去の私があったからこそ……そう考えるようにしていますから」
使節団襲撃から始まった悲劇の果てに、お兄さんと出会えたのは事実だった。
そのどれか一つでも欠けていれば、今の自分はなかったのかもしれない。
そう思ってしまうからこそ、父をただ憎むことが、メルニアにはできなかった。
☆、ブクマ、布教、本当に本当にお願いします!




