焔翼の戦姫編 道へ
「……なに!? 」
カトムの発言にラウガルは驚きを隠せなかった。
神子については、下働きの女から報告は受けている。
それについては最後に確認するつもりだったし、まさかこの話に関わってくるとは思っても見なかったのだ。
「少年、詳しく話せるか」
「……わ、私は神子の腕として、まだまだ未熟ゆえ、神子様の内心を代弁することは難しいです」
それを聞いた赤毛の少女は、これ以上余計な事を言われなくてよかったと胸を撫で下ろした。
「ですが……」
カトムの言葉は終わっていなかった。
「ですが、『神子の腕』として、これまでの経緯をお話しいたします」
それは、カトムの住む集落での出来事だった。
太陽を生み、龍を駆って空を飛ぶ赤毛の少女の姿を目撃したカトムは、彼女こそが『神子様』で間違いないと熱弁をふるった。
その姿は、凛として神々しく、荘厳でもあり勇壮な姿だったと。
「ふむ、では最初の目撃者であり信奉者であるそなたが『神子の腕』を名乗っているのだな」
「はい。それが伝統だと長から教えられました」
「我が娘が神子だということはわかった。いや、分からないが、分かったとして、伴侶が神霊というのはどういうことか?」
「はい!神子様は時折、姿の見えない相手とお話しをされているようでした。その相手は精霊か神であると思われます」
※※※※
《ああ……なるほど》
《そっか、でちゃってたのね》
《気を付けてたんだけどなぁ》
《この場合、お兄さんか私か、どっちがそれなんだろうね?》
内面会話である。
胸の内で二つの魂が会話をしていたのだが、どこかでその会話が口に出てしまっていたのだろう。
それを見たカトム少年が、神霊と会話をしていると解釈したのだ。
※※※※
「メルニアよ……それは本当か?」
「……わ、」
「わ?」
「……わかりません」
ラウガルが怪訝な顔で聞き返した。
「わからないとは?」
《メル俺が行く》
《はい!》
「……私が神子かどうか、それは私には分かりません。 そう在りたいと願ったことはあります。 けれど、私にはもう名乗る資格がありません。 ただ、天女の導きで出会い、共に生きると誓った方がいるのは本当です」
ラウガルは息をのんだ。
娘の言葉の意味を知っているからだ。
「……そうか。わかった」
ラウガルはそう言って、しばし黙考。
そして「カトムよ、そなたこれからどうするのだ?『神子の腕』を名乗る以上は神子のために生きることになるぞ」
「はい。集落の長より聞いております。私は生涯をささげる覚悟です」
「しかし、メルニアは神子ではないかもしれぬぞ?」
「そのようなことはございません。あの日、あの時、私は自らの運命を悟ったのです。『神子の腕』となり、神子様のお役に立って見せます」
※※※※
そのやり取りを見ているハフネは、内心でハラハラしていた。
メルニアの本心を知っている数少ないものとして、カトムの発言がどれほど赤毛の少女の未来へ、影響を及ぼすか。
最悪の場合は……セイロじゃないが、赤毛の少女を誘拐してでも草原を離れなければいけないと、覚悟を決めていた。
※※※※
「そうか……ならば、まずは神子であるかどうかを確認せねばなるまい。方法はこちらで探すとしよう。しかし……少年よ、そなたの熱意はわかったが、それだけでは人を支える事は出来んぞ」
「え?……でも……私は……」
突然の厳しい現実であった。
少年も長も、そしてラウガルさえも、神子について詳しいことは知らないのだ。
「ひとまず自身を鍛えるところからだな。そこは鍛えてやろう。神子かどうかは、他の神子に聞けばわかるかもしれん。伝手を伝ってみよう」
こうしてカトムの処遇が決まり、神子の真偽については保留となった。
「さて、今話すべきは話したが……六鍵の四人にはこのあと仕事を頼みたい。なに、ハシモ商会への使者を頼みたいのだ。その後は自由にするがいい」
ラウガルの言葉にショージーたちは顔を見合わせる。
思わぬところで仕事が舞い込んだが、断る理由はなかった。
「しかし、ハシモ商会ですか?」
「うむ。メルニアに書類を確認させてからだ。急ぎはせぬ。明日はゆっくり休め」
「旅の準備に充てますよ」
「うむ、良い心がけだ。ではキオリス、お前はどうする?」
「そうですね……私も便乗して周辺諸国へ帰るとします」
「ならば、そなたの分も報酬を載せておこう」
キオリスは驚きながらも感心した。
敵国人の彼に、このような手厚い扱いを受けるとは思っていなかったのだ。
できれば戦場では会いたくないと、そう思わせる人物だった。
「次にハフネ」
「……はい」
「そなたは道中で娘がことさら世話になったと聞く。旅のいく先も決まっておらぬとも。ならば、しばらくは食客として当家に身を寄せるが良い。娘の恩人だ、無下にはせぬ」
「では、お言葉に甘えるとします」
ハフネはほっと胸を撫で下ろす。
赤毛の少女を攫っていかなくて済んだからだった。
「メルニアよ……後で、執務室へ」
「はい」
「客人には部屋を用意してある。そこで従士から詳しい話を聞くが良い。では、以上だ。――お主らの旅に良き風が吹くことを祈る」
草原式の別れの挨拶を口にして、広間を後にするラウガル。
張り詰めていた空気が、ようやく緩み始めた。
衛士たちもラウガルと共に退室していく。
ハフネ以外の仲間たちは用意された部屋へと下がって行く。
「疲れた」
「お疲れ様」
肩を落とす赤毛の少女に優しく声をかけるハフネ。
それに不満げな表情を向ける少女。
「なんて顔してるんだい。そんなに疲れたのかい?」
少女は無言のまま、ほんの僅かに頬を差し出す。
甘えたいのだと察し、ハフネは思わず口元を緩めた。
(なんだい、なんだい。疲れたからほっぺにチュウしてくれってのかい?)
ハフネは周囲を見渡して、下働きの女が残っていることに気がついた。
「ほら、あの人だって仕事があるんだ、さっさとここを出ようじゃないか」
少女は恨めしそうにその女を見やってため息をつき、ハフネの言葉に従った。
こうして少女の婚儀は棚上げとなり、神子であるかは保留となった。
彼ら一人一人の処遇も決まって、これにてメルニアの帰還は、ようやく一つの区切りを迎えたのだった。




