焔翼の戦姫編 明かせぬ君よ 嗚呼 黒百合に
ヌバタマとその侍女が去った黒百合の間は、随分と静かだった。
ラウガルは、娘が過酷な経験を経て帰還したことを喜んでいた。
しかし、その娘を送り出したのは、ラウガル自身なのだ。
さらに言えば、周辺諸国同盟との戦争を再開するための、生き餌であったことも承知の上だったのだ。
そんな事情のもと送り出した娘を、素知らぬ顔で『よく帰った』と抱きしめることなど、出来るはずもなかった。
故に、審問会の場では努めて事務的に立ち会うことにしたのだ。
そして今、娘との再会をヌバタマにお膳立てされて、ここにいるものの……やはり、どんな顔をすれば良いのかわからないでいた。
「……父上?」
「あ、ああ……冒険者へ褒美を取らせよう」
そう言った顔は、大氏族の頭領の顔に戻っていた。
従士が恭しく、盆に乗せて持ってきた物は『蔓草が意匠された短刀』と『アイジア金貨3枚』。
なんと、これが人数分運ばれてきたのだ。
先ほどまで『少なすぎる』と憤っていた旅の仲間たちは、手のひらを返したように『多すぎる!』となり、
カトム少年などは、アイジア金貨を初めて見るものだから、その価値など露ほども分からず、短刀しか目に入っていなかった。
「ほほう。少年よ、その短刀の価値が分かるか」
「はい!綺麗でかっこいいです!」
一瞬呆然としたのち、ラウガルは呵々大笑した。
「はっはっはっは!そうかそうか!綺麗で、カッコいいか!」
ハフネが自分の前に置かれた盆から、その短刀を取り上げ、従士に確認の上で静かに抜き、刀身を掲げてみる。
ハフネは紋章魔術士として、その短刀に宿った魔力に気が付いた。
「驚いた……これは、魔法の道具じゃないか」
ラウガルがそれを見て、笑みをこぼした。
「わかるか。それは『護り刀』といってな、傷を癒す魔法が込められておるのだ。多少の傷であれば、それだけで十分だぞ。冒険者にぴったりだろう?」
「貴族だって持ってるやつは少ないぞ」と、実は貴族の放蕩息子であるショージーが口にした。
「これ一振りで金貨十枚はくだらないぞ」と六鍵の財布担当サルマールがそう続けた。
あまりにも高額すぎる褒美に、腰が引ける一行だった。
「お気持ちはありがたいのですが……これほどの事をした覚えは……」
ショージーが後のトラブル回避のために、正直に口にする。
「うむ。そなたが言うことはもっともである。そなたら以外にも娘を助けてくれた者たちがいるのも知っておる。鍋ぶた旅団であったな。しかし、この場にいないのなら仕方がない、そなたらに託す。それをどう扱うかは、そなたらに委ねるとしよう」
ラウガルは「ふふ」と笑みをこぼした。
旅の仲間たちはラウガルがどこか人を食った男に見えた。
「あとは……ハシモだったな。実は先日、ハシモ商会というところから越境と謁見の申請があったが、その者たちか?」
「「え!?」」
赤毛の少女とショージーである。
少女は恩人に会えるのかと喜び、ショージーたちは急ぎで草原へ来るために依頼を受けたのに、その依頼主と変わらないタイミングでの到着……面目ない思いだった。
しかし、ラウガルは続けて言った言葉に、二人の表情は逆転する。
「越境の許可を求めておってな。メルニアの恩人本人ならば、この情勢下でも越境を許可しようと思っておる。後で申請書類の確認をする。執務室へ来るように」
「承知しました」
ハシモが到着したわけではなかった。
それに、ハシモ商会というだけで、ハシモ本人がそこにいるかどうかも分からない。
そのうえ、越境の申請ということは関所で足止めを食っているのだろう。
馬車だと数日かかる距離だった。
ショージーは安堵し、赤毛の少女は落胆したのだった。
「ところで、メルニアよ」
「はい」
「伴侶と定めたものがいる……そう言ったそうだな」
メルニアの旅の仲間たちは『またその話か』と、うんざりする思いだった。
メルニア本人でさえ、同じ思いだ。
ラウガルとヌバタマは仲が悪いわけではない。
むしろ良好である。
そんな夫婦が揃ってメルニアの婚儀の話をするものだから、てっきり同じ話をされるのだと身構えたのも無理はなかった。
「その者は……この場にいるのか?」
ラウガルは壇上から赤毛の少女を越えて、その向こうの旅の仲間たちへと目をやった。
少女は、その視線を追って振り向いた。
※※※※
ラウガルは娘の伴侶かもしれない男たちを、無意識のうちに睨みつけていた。
いろいろと複雑な内心ではあるものの、『やはり大事な娘の相手ともなれば、親としてしっかりとしなければ』と、そんな思いだった。
(まず、あの冒険者のリーダー……あれはないな。メルの好みではない。うん。あれは軽そうだ……ないな)
ラウガルの中で『不合格』の烙印を押されるショージーであった。
その隣はサルマールだったが……
(次の者は、先ほどと比べて、ずいぶんとしっかり者のようだが……小さい。あの子の好みではないな)
次にラウガルはセイロを見て一目で判断した。
(ないな……何がとは言えないが、ないな)
赤毛の少女を、嫁に欲しいと思っているセイロが知れば涙することだろう。
(次、こちらの剣士は、若すぎるな……あれは今、褒美の短刀のことしか考えておらんな。あれはダメだ。娘はやれん)
事実、ショーの視線は短刀に釘付けだった。
(次は、金髪碧眼か……確か、キオリスだったな。周辺諸国の出身……可能性があるとすれば此奴だが……貴族家の跡目争いをしているともあったな……メルが好いているなら、仕方ないか?……裏で我らが跡目を支援すれば、周辺諸国同盟に楔を打ち込めるか……詳しく調べさせようか)
親として娘婿の品定めをしつつも、氏族長としての顔も出てしまうラウガルだった。
そしてラウガルは旅の仲間を、もう一度見回した。
(残りは子供と女冒険者……まさかあの子供じゃないよな?まぁだとしたら、子供の熱病のようなものとして、いずれは冷めるだろうから、その時になってもう一度考えれば良い)
ラウガルは知らなかった。
メルニアの本命が、その体の中にある転生者の魂だとは。
そして恋人として、ハフネとも深い仲にあるなどとは。
※※※※
「……いいえ。おりませぬ」
「なに?……では、どこの誰だというのだ?」
以前、大槌族の大隧道の底で同じことを聞いたセイロは、その答えを知っている。
だが、その答えをそのまま口にすることのデメリットも分かっている。
(メル……そのまま言うなよ。そのまま言ってしまえば、生きてる相手を勧められるだけだぞ)
セイロには『メルニアには望まない結婚をしてほしくない』『結婚しなければ俺にも可能性がある』という思いから出た言葉だ。
彼の囁き声は、メルニアの耳に確かに届いていた。
※※※※
メルニアは父の質問に胸を張って堂々と答えた。
「ここに」
胸に手をやって、そう言い放った。
ラウガルにはその仕草の意味が察せられたが、けれども立場上はっきりさせねばならなかった。
「それは、亡き者ということか?」
赤毛の少女は、この質問には答えを持っていなかった。
なぜなら、転生者――お兄さんは生きていて、メルニアこそが死んでいるのだ。
正確には死んでいるとも言えないが――秘密は、知る者が少ないに越したことはない。
たとえ相手が親であったとしても。
《どうしよう?》
《セイロ言う通りだと思う……だから、なんとか誤魔化さないと》
二心同体の内面会話である。
《今からでもやっぱり相手はハフ姐だって言う!?》
《それはダメだよ。メルのお父さんってそれを許す人じゃないでしょう?それにいきなり言われたら、ハフ姐も驚くよ》
《じゃぁどうしよう?》
二人が悩んでいる時、救いの神は思わぬところから現れたのだった。
「メルニア様は神子として在られます!ですので、伴侶とは!――お相手は神霊の類ではないかと!」
震える足で立ち上がり、震える声を張り上げたのは『神子の腕』を自称するカトム少年であった。




