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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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焔翼の戦姫編 黒百合の花弁のうえで

「ふざけるな!」


 怒号が空気を震わせた。

 それは『神子の腕(カムトゥヒスィカ)』を自称するカトム少年のものだった。


神子(ヒスィカ)様が何も言わぬからと調子に乗って!不敬が過ぎる!」


 この場の誰もが、驚きの表情を浮かべた。


 普段このように言い返されることなどない、ヌバタマと侍女たちは驚きと共に僅かな恐怖を覚えた。

 しかし、それが少年から発せられたものだと分かった瞬間、それは安堵へと変わり、そして、侮りへと変わる。


「不敬なのはそなたであろう!」

 侍女の中から声が上がる。

(わらべ)よ、こちらに座すかたをどなたと心得る。恐れ多くも草原世界屈指の大氏族、ミルユルの当主が妻、ヌバタマ様であるぞ!控えよ!」


 侍女たちは口々にその不敬を責めるも、カトム少年は一歩も引かずにさらに声を張り上げた。


「お前らこそ! この方を神子と知ってて口きいてんのか! 最も神に近しく、その身に龍を宿すお方だぞ!ミルユル様の奥方がなんだってんだ!」


 赤毛の少女は、彼を呆然と見つめる。

 旅の仲間たちは、よく言ったと胸の内で喝采をあげていた。


 草原の民であれば『神子』という言葉に、何かしらの反応を示すものだ。

 それは畏敬であり畏怖であった。

 ところがヌバタマと侍女たちにはそれがない。


 場は白熱しカトムがその拳を振るおうとするのを、ジョージーはじめ、仲間たちがこれを止めた。



「放してください!アイツは草原全体を馬鹿にしたんだ!」


「何がヒスイカですか!そんな得体の知れないものよりもヌバタマ様の方が尊いに決まっています!」


()()()()じゃない!()()()()だ!発音くらい覚えやがれ!」


 カトム少年の怒号が響く。


 侍女たちも声を荒げ、言い返す。

 しかし、怒りに身を任せて……と言うよりは、ヌバタマに対するパフォーマンスであったが。



 廊下から、重々しい足音が列をなして響いた。

 それは広間へと至り――


「控えよ!ミルユルが当主、(くろがね)のラウガル閣下の入室である!控えよ!」


 礼装の従士が先触れとして声を張り上げた。

 軽装の兵士が整列しラウガルを迎えた。


 固まっていた侍女たちは、この場に相応しく持ち場に戻り、姿勢を正しくし、当主・ラウガルを迎え入れた。


 ラウガルは途中メルニアを一瞥し、そのまま壇上へと上がる。

 そこにはヌバタマが椅子から立ち上がってラウガルを迎えていた。


「客人よ。どうやら不快な思いをさせたようだな、この通りだ」


 それは一段高いところからであったし、立ったわけでもない。

 けれども、それは偽りのない謝罪に見えた。


「そんな!あの者どもには十分です!閣下が頭を下げることなど!」


「控えよ!」

 それはラウガルの従士だった。

「我らが何も知らぬとでも思ったか!」


「何をおっしゃいます!? 私どもが――!?」


 抗議をする侍女は、従士の背後に見える女に気がついた。

 それは、先ほどまでのこの広間にいた、下働きの女だった。


 その視線に気がついた従士が、冷たく言い放つ。

「客人への非礼、メルニア様への非礼、全て聞かせてもらった」


「でも!――御前様!」

 侍女はこれ以上の抗弁は無理と考え、ヌバタマへ助けを求めた。


 ため息をひとつついたヌバタマは、気だるげにラウガルを見やった。

「旦那様……どうやら私の監督が行き届いていなかったようですね。この者の処遇はこちらにお任せください」


「ヌバタマよ、お前の事だ……しかし、どこまでが計算だったのだ?」

「……旦那様は、お忙しくていらっしゃいますから」

 その顔に一切の曇りはなく、まるですべてを見通していたかの様だった。


「ふむ。……やはり、お前と夫婦(めおと)になれて良かった」

 ヌバタマは、すまし顔でラウガルへ頭を下げると、侍女たちに向けて「行きますよ」と一言。

 そして、黒百合の間を侍女を引き連れて出ていくのだった。



 ※※※※



 《どういうことだ?》

 《わかんない……けど、父上がこの場に来ないから、一芝居打った……てこと?》

 《俺に聞かれても……もし、本当にそうだとしたら、どこまでがそうだったんだろうね?》


 赤毛の少女の中で、メルニアの魂はブルリと震えた。

 それは、きっと『ヌバタマ』という人物に恐れを抱いたからだった。


 《あれで、俺とそんなに歳が変わらないって……どう生きたら、あんなふうになるんだよ》


 二心同体の転生者――お兄さんも、さすが異世界と感心するやら、恐ろしいやらで言葉が漏れた。


 《……え?お兄さん今なんて?》

 《え?》



 ※※※※



 一方で一番気勢を上げていたカトムは、ラウガルの登場ですっかりおとなしくなっていた。


「おい、カトムさっきまでの勢いはどうした?ん?」


 旅の仲間――ショージーがこれを茶かすが帰ってきた言葉に、ショージーさえも緊張することになったのだった。

「彼の方こそ、『シュミの守護者』です。貴方たちには『シュミの魔王』の方が……」


「シュミの魔王!?」


 キオリスがその二つ名を聞いて思いのほか大きな声を出してしまった。

 なにせ、彼は草原と敵対する周辺諸国の出身であり、その軍を構成する貴族家の者だからだ。


 宿敵が目の前にいる。

 しかし、キオリスは一目で格の違いを思い知った。


 第一ここは敵の本拠地なのだ、キオリス一人でどうにかなる相手では、到底なかった。


「確か、そなたは……キオリスと言うのだったな」


 シュミの魔王(ラウガル)はそんなキオリスを見て笑みを浮かべながら言った。


「道中、娘が世話になった。そなただけでなく、他の者も……よく我が娘を連れ帰ってくれた。改めて、礼をしよう。この通りだ」


 ラウガルは頭を下げた。

 草原の大氏族の頭領で、一領だけで、周辺諸国軍と渡り合う男がだ。


 驚きはキオリスだけでなく、旅の仲間達、そして彼の家臣達もまた、驚きを隠せなかった。


 ラウガルは、メルニアを見つめる。

 その顔には、帰還を喜ぶ父の顔ではなく、駒が帰還して次の使い道を考える策略家の顔でもなく、……ただ、なんと声をかけたらいいかわからない、男の顔があった。



 


 

 

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