焔翼の戦姫編 黒百合の園にて、焔の旗を
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《落ち着いて!だめだよ!だめだってば!》
《放して!あいつら全員輪切りにしてやるから!》
赤毛の少女の中では、二心同体の魂が怒りに震えていた。
メルニアが受けた扱いに、二つの魂は荒れていた。
《放してくれメル!俺のメルに舐めた口きいたこと後悔させてやる!》
《だめだってばお兄さん!》
そう、怒っているのは、酷い扱いを受けたメルニア本人ではなく――お兄さんの方だった。
《わかった!輪切りはやめる!》
《良かった!分かってくれて》
《その代わりボコボコにしてやる!》
《分かってなかった!だめだってば!》
お兄さんは、普段怒ることの少ない人だ。
だが――ひとたび怒ると過激なのだった。
《お兄さん!光珠の準備しないで!》
《魔法を使おうとしないで、お兄さん!》
メルニアが必死で止めようとするも、あの手この手で暴れようとするお兄さん。
メルニアには分かっているのだ。
彼こそが、その気になればヌバタマ含め侍女たちなど瞬く間に――処理できることを。
メルニアの必死の嘆願のおかげで、お兄さんはその力を振るうことを、保留した。
《奴らは感謝すべきなんだよ!メルに!アイツらが生きてるのは、メルが止めたからだって!》
《周りからすればどっちもメルニアなんだけど!》
《……それはそう》
《私のために怒ってくれて、ありがと》
※※※※
お兄さんとメルニアのやり取りが白熱している頃、ハフネはその後ろ姿を見ながら考えていた。
(きっとメルが切れて暴れようとするのを、彼が必死で止めてるんだろうなぁ)
赤毛の少女とハフネの関係は数ヶ月になるが、それでも赤毛の少女の秘密を知ったのは、ほんの十数時間前のことだ。
『二心同体関係』の理解が低いのは仕方がないことだった。
そんなハフネも怒りを溜め込んでいる頃、隣のセイロが早くも爆発しそうになっていた。
それを無言で制した。
セイロは懸命に声をひそめて、ハフネへ抗議する。
「なんで止めるんだよ!」
返事をしなければ声が大きくなりそうなセイロのために、やむなく解説することにした。
「ここはメルの家なんだ。今アンタが文句を言って、スッキリしたとしてもアンタはいなくなる。でも、あの子はこの先ここで住んでいくんだ。この場を掻き回すだけかき回して、それじゃメルが迷惑するってもんさね」
「俺たちと冒険に出ればいい!」
「それを決めるのはあの子だよ。アンタじゃない」
ここまで言われてしまっては返す言葉もなく、ただ黙って侍女たちを睨みつけるしかないセイロだった。
侍女たちの含み笑いは続く。
しかし、侍女とは少し離れたところに、下働きの女が控えていた。
下働きの役割は、広間の維持と侍女たちの手伝いだった。
しかし今、彼女の目は、冷静に、この場の流れを……見ていた。
※※※※
「さて……」
筆頭侍女が口を開く。
「冒険者には褒美を取らせましたし、これにて謁見は終了です。……あ、そうそう……穢れた女は疾く出立するように」
さも忘れていたかのように、赤毛の少女について付け加えた。
筆頭侍女はうっすらと、笑みを浮かべていた。
「断る!」
お兄さんの言葉だった。
彼の我慢は、メルニアが抑えていても、もはや限界だった。
「御前様の……」
侍女が言いかけて、ヌバタマがそれを制した。
「ミナリカ、この者どもの無礼を、代わってこのヌバタマが謝罪しよう」
「!?」
「御前様!?」
ヌバタマの言葉に侍女たちから驚きの声が上がった。
「許せ。いつまで経っても生国の考え方が抜けぬ」
そう言いながら侍女達を控えさせた。
「この者どもに怒りを覚えておるじゃろうが、我が下にある者ゆえ、そなたが手を下すには及ばぬ。必要とあらばヌバタマが処分しよう」
侍女たちは、信じられないとでも言いたげな表情である。
「そなたの苦労、ヌバタマには計り知れぬ……さりとて、決まったことは覆らぬ」
黒百合の間の主人は、優しく、柔らかく……メルニアの心をほぐそうと語りかける。
「そなたの相手は地方領主じゃ。平和な領じゃ。そこでゆっくり休むがよい……苦労をかけたな」
そう言った女主人の表情は、まるで慈愛に満ちた聖母のようであった。
――だが、メルニアを使った政略結婚については一切の譲歩はない。
今、このヌバタマの中にあるのは『メルニアというコマの有効利用』であった。
「いえ……私は、その話には……」
「よい、みなまで言わずとも。輿入れにあたって準備もあろう、手伝いをよこそう。晴れの舞台じゃ。抜かりのないようにの」
「ですから私は……」
「もうよい……鎧を脱ぎ、剣を置く時がきたのじゃ……これからは、己の旗を下ろし、主人の旗に従うがよい」
「な!?」
「戦ごっこはしまいじゃ」
今まで抑え役に回っていたメルニアが、その言葉を聞いた瞬間であった。
【感情の爆発】
それは彼女が、あの死の沼地で奇跡を起こした時に迫るほどの激情だった。
『旗を下ろせ』とは草原で使われる言い回しである。
その意味は『全面降伏』。
そして『旗に従え』は『完全服従』を表す。
草原の民には最大級の屈辱だった。
草原文化に馴染みのない者には、分からない言い回しだった。
しかし、この言葉に感情を爆発させた者がいる。
二人。
それは、言われた本人であるメルニア。
そして……『神子の腕』を自称するカトム少年であった。




