焔翼の戦姫編 黒百合の籠
ヌバタマの目がスッと細くなる。
「お黙りなさい」
メルニアの『すでに伴侶と定めた者がおります』との発言を受けてのことだった。
その澄みきった視線も、玲瓏たる声音も――
この場の支配者が誰であるかを知らしめていた。
部屋の空気が――張り詰めていく。
「このヌバタマが決めたことです」
父ラウガルの正妻――ヌバタマは取り合わない。
「お待ちください御前様!」
なお言い募ろうとする赤毛の少女を無視して、
ヌバタマは周囲の侍女たちへ目をやる。
するとヌバタマと同じく、東方出身と思われる彼女たちは、異国風の仕草で了承の意を表し、メルニアの側へ武器も持たずにやってきた。
ヌバタマの隣に控えた侍女――その所作、立ち位置から筆頭侍女だとわかる――が口を開いた。
「この場は――御前様が、危険な旅路をやってきた冒険者へ、褒美を取らす場です。たとえ誰であろうと、許可なく発言は許されません」
冷たく言い放たれたこの言葉に、メルニアの帰還は含まれていなかった。
察するに、彼女の事などどうでも良かったのだろう。
メルニアは白くなるほどに拳を握りしめた。
その言葉の意味を理解したから。
後ろに控えた旅の仲間たちは驚き、そしてメルニアのために怒りを覚えた。
筆頭侍女は続ける。
「これ以上、ミルユルの名を汚すなら、この場から排除しますよ。――しかし……よくもまぁ、その穢れた身体で御前様の下へ来られましたね」
この言葉に仲間たちは耳を疑った。
彼らもまた、先日の審問会でメルニアの過去を知ったのだ。
同情を禁じ得なかった。
セイロなど、翌日も涙が止まらなかったくらいだ。
だというのに……
少女の身内であるはずの彼女たちから出たのは、鞭打つような言葉。
仲間たちは怒りを超えて、悪夢でも見ているのかと思うほどだった。
赤毛の少女の側に立つ二人の侍女は、その顔、その態度から彼女を侮っていることがありありと伝わってきた。
赤毛の少女がその気になれば最初に危険なのは、この二人だというのに。
にもかかわらず……正気を疑うほどだった。
仲間たちは、一瞬だけ別の可能性を疑った。
もしかしたら、なにか特別な方法を持っているのかもしれない。
あるとすれば捕縛系の特殊能力か、あるいは魔法かと思われた……しかし、どのような手段を持っていようと、使いこなすには能力者の地力が必要なはずだ。
だがどう見ても彼女たちは素人にしか思えなかった。
(なぜ、あんな態度を取れるのか?)
仲間たちの混乱は、深まっていく。
「では、本題へ移ります」
彼らのことなど、興味もない筆頭侍女はそう告げて、目録を読み上げていく。
内容は驚きのものであった。
――六鍵の仕事は赤毛の少女の道案内だった。
ハシモ商会からすでに報酬は得ているし、サクリカへ戻れば後金も手に入る。
別に収入があるのは、ありがたいことだが……しかし、その内容は彼らが『侮辱された』と感じるには十分だった。
大銀貨一枚。
彼らがハシモから受ける報酬は総額でアイジア金貨二十五枚だ。
『道案内』としては、破格ではあるが、それだけの道程なのだ、適正と言えた。
つまり、大銀貨一枚はその二百五十分の一というものだ。
ただこの大銀貨は、彼らが仕事外で得た金銭だ。
そこに文句を言うのは筋違いだ。
だがそれは……同時にメルニアの価値を示していた。
これだけの城を、財を、武力を持つミルユルが、娘の帰還へ出した額としては、あまりにも少なすぎた。
それはまるで……『この女の価値はこの程度』と言っているかのようだった。
言いようのない怒りが、彼らを突き動かそうとしたその瞬間、ハフネがそれを制した。
その目は怒りに燃えていたが、それでも状況の悪化を防ぐため、ハフネなりの配慮だった。
※※※※
ヌバタマは壇上から見下ろしている。
その瞳に映るのは、ただの小娘にすぎなかった。
彼女をはじめ、この黒百合の間の女たちは、メルニアを正しく測れていなかった。
審問会での報告――数十倍の敵の追撃を振り切ったという報告――を理解できていなかった。
なぜなら、ヌバタマとその侍女たちは戦士ではない。
異国から嫁いできた姫とその侍女たちなのだ。
故にあの戦闘の過酷さや、彼女が受けた苛烈な扱いを、想像すらできなかったのだ。
ましてや目の前にいる者たちの実力を測ることなど、出来るはずもなかった。
彼女たちにとって不運はさらに重なっていた。
メルニアの報告には大槌族の大隧道での詳細がなかった。
赤毛の少女からしてみれば、詳細を話せば面倒ごとになるのは、目に見えていたからだ。
故に報告の中では『大隧道ではいくども戦闘を繰り返した』とだけの報告で済ませたのだ。
この行為もヌバタマに『さほど困難なく帰ってきたのだ』と誤解させた。
侍女たちの、ミルユルの名を持つものへの無礼は、本来なら咎められるものだ。
しかしヌバタマはこれを利用してメルニアを試そうとしていた。
命令に従うならよし。
従わぬでも、無作法を働いたと罰を与えればよい。
先に居場所のなさを思い知らせておけば、後に与える行き先も、メルニアには恩に見えるだろう。
そのためならば、侍女の『ミルユルへの無礼』も、今は見過ごそうではないか。
ヌバタマはそう考えていた。
さらに言えば、この赤毛の小娘が侍女相手にどう立ち回るのか。
見世物として、ちょうどいいとさえ思っていた。
せっかく帰ってきたのだ。
我が子の邪魔にならぬ範囲で、役立てればよい。
どうせメルニアが選んだ相手など、どこの馬の骨とも知れぬのだから。
それに比べれば、ヌバタマが用意した相手は小さいながらも歴史ある町の領主だ。
少々高齢だが、次期当主はすでに成人している上に、無能との噂がある男。
だが、それ故にこそ戦場からは遠く、平和な町だ。
いくらメルニアの弓馬の腕が立つとはいえ、戦場から離れていれば出陣の機会もない。
上手くいけば、メルニアは平穏な日常を送ることだろう。
高齢が故に当主は数年で死ぬだろう。
そうなれば次期当主へと嫁がせればいい。
出戻りなどさせる気はない。
これは、戦士メルニアを緩くて生温い鳥かごへ、閉じ込めるための策だ。
厳しさだけが策ではない。
緩く優しく閉じ込めてしまうのも、策なのだ。
ヌバタマは、己の子を愛し、栄達を願っている。
この気持ち自体は、自然なことだろう。
だが……普通と違うのは、我が子の栄達を邪魔するものを、排除するだけの権力も持っている点だった。
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