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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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122/146

焔翼の戦姫編 黒百合の園にて、咲く白百合を

 ミルユルの城は元は小さな砦であった。

 しかし今や、この地方を治める大氏族の居城であり、領都の城であり、草原世界への関所でもある。


 幾度となく周辺諸国群同盟の侵攻を跳ね返してきた城砦なのだ。


 そうして、増築と拡張を繰り返してきた結果、その規模は、この西ラプトリス大陸でも屈指のものであった。

 当然、部屋数は多く、新人の衛士や侍女は城内で迷子になる。

 あまりにも毎年毎年迷子が出るものだから、城の者達からは春の風物詩とまで言われるくらいだった。


 その無数にある部屋の中には、同じような用途の部屋がいくつもあった。


 赤毛の少女とハフネが通されたのは、そのうちの一つ。

 御前様へ謁見する用の部屋――黒百合の間だった。


 正面には豪奢な椅子が二つ。

 メルニアの父であるラウガル用と、御前様用であった。

 部屋は魔法の光を使って明るかったが、壁紙や絨毯が黒系統のもので統一されているため、印象としては暗い。


 そしてその椅子に座るのは、御前様。

 父・ラウガルは不在であった。


 《そういえば、あの椅子に父上が座ってるのをみたことないな》

 《……》

 《お兄さん?》

 《……》

 《あの人綺麗でしょ?》

 《だね!めっちゃいい!あの黒髪も綺麗だし、何よりただそこにいるだけなのに、大人の女の魅力がすごい!》

 《……わかってると思うけど、人妻で、子持ちで、一応、父上の奥さんだからね?》

 《……父上が羨ましい》

 《お兄さん!》


 メルニアが緊張していると、その傍でいつも緊張をほぐしてくれるお兄さん。

 それがわかっているからこそ、メルニアも本気で怒ったりはしなかった。



 壇上にあるその椅子に座るのは、烏の濡れ羽色の髪を持ち、その瞳は黒曜石色の輝きと、鋭い叡智を備えていた。

 まさに大氏族の棟梁の正妻に相応しい品格を持っていた。


 父ラウガルが彼女を重んじるのも分かるというものだ。


 御前様――彼女の名は『ヌバタマ』。

 はるか東方の出身である。


 膝を折って控えるメルニアの後ろには、六鍵の四人――ショージー、サルマール、セイロ、ショー――とハフネ、キオリス、カトムの七人が控えていた。

 彼らは城が出した費用で礼服を仕立て、本日この場に参上していた。

 その衣装はそれぞれの国の様式に沿って仕立てられており、ミルユルの格を示していた。



「よく戻りました」

 その声は玲瓏としてよく通り、誰にも逆らえぬ威厳を備えていた。


「貴女が行方不明になったと聞いた時は、どれほど心配したことか……無事……とは言えませんが、それでも本当に、よく戻りました」


 赤毛の少女は視線を伏せて黙ったまま。

 後ろに控えるハフネやセイロは、顔を上げないままに疑問を抱いた。

 なぜメルニアは返事をしないのかと。


「貴女がどのような目に遭ったのか、あの審問会にて知っています。さぞ辛かったでしょう……大丈夫ですよ。そんな穢れた貴女でも、嫁に貰ってくれる家が見つかりました」


 どこからか、含み笑いが聞こえた。

 おそらくヌバタマの侍女からだろうと思われた。

 しかし、それを咎める者はいなかった。


「ようやく、女として役に立つ時が来ましたね。ヌバタマは嬉しく思いますよ」


 その言葉は自然だった。

 あまりにも自然な口調だったため、その場の誰もが一瞬、その意味を受け入れてしまいそうになった。


 しかし当然、受け入れられない者が居た。

 ハフネとセイロである。


 ハフネは昨夜、赤毛の少女と深い仲となったのだ。

 そんな相手が、誰かの嫁になるなど、『はいそうですか。おめでとう』となるはずがない。


 そしてセイロはと言えば、赤毛の少女を『いつかは俺の嫁に』と考えていた。

 彼なりに純粋に、真剣にメルニアに恋している。


 そんな二人だ。

 抗議の声を上げても不思議ではなかった。

 実際にはセイロが立ちあがろうとするのを、サルマールが無言のうちに阻止したのだった。


 しかし、ハフネはメルニア本人に詳しいことを聞くべきだと判断した。

 ある種の余裕を備えていたのだ。


 仮に立ちあがり声を荒げたらどうなっていたか――

 そんな事をしたら、最悪の場合……次の朝日を拝むことができなかっただろう。


 目の前の麗人は、それだけの権力を持っているのだから。


 赤毛の少女が、流石に抗議しようと顔を上げた時、ヌバタマと目があった。

 子供の頃から彼女は絶対的存在であった。

 親に逆らうなどもってのほかだと、躾けられてきた。

 そんなメルニアは、目が合った瞬間、まるで射すくめられたかのように、目を伏せてしまっていた。


「ミナリカ、(おもて)をあげなさい。穢れてしまったとは言え、それでもそなたは我がミルユルの――あの女の娘。お父上のお役に立てるのですよ。喜ぶべきところでしょう?」


 ミナリカとは、メルニアの(いみな)である。


 ヌバタマの言葉は、この時代この世界においておかしくはない。

 けれども――伴侶はお兄さんだと決め、さらにハフネともすでに契りを交わしている。

 メルニアには、とうてい受け入れられるものではなかった。


 故に今度こそ――目を逸らさず、正面から堂々と、宣誓したのだった。


「私、ミルユル・メルニア・ミナリカは、すでに伴侶と定めた者がおります。契りも交わしました。ゆえに此度のこと、お受けできません!」


 周囲から憶測混じりのざわめきが起こる。


 そんな中、セイロだけは別の意味で落ち着かなかった。


「俺のことかな!?」


 あるはずもなかった。


 

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