曇りのち晴れ、所により快晴の兆しあり。
2人に言わせると大丈夫じゃないらしい私。何か様子がおかしいと、妖精の森を出発してからの行動について色々と聞かれた。
「─で、それから──」
確かな記憶に完璧な回答。聞き手は時折首を傾げ、話し手はそれを疑問に思いこれまた首を傾げ問答が続く。
「⋯そう」「フンフン」
話が終わると、セルンさんは少し暗い顔。ナブラ君は手を顎の位置くらいのところに当て思案顔。
順番は回り、今度は彼らが昨日今日の出来事を語る。
首を傾げながら聞いていたからやはりと言うべきか、内容に相違があった。こちらとあちらでは記憶しているものが違う。
「なるほど⋯」
もし彼らの話が本当で私の方が間違っているのだとしたら⋯なんて考えて、腕を組み目を瞑る。物事に絶対はない。だからこそ、頭ごなしに否定せず受け止める。
彼らの主張は正しいものなのか、私の記憶に齟齬があるということなのか、自分は間違ってないはずだと思いつつも、考えれば考えるほどそのもしもが不安の種をまいていく。
2人に、特にナブラ君におかしいと言われたことも心を揺らす一端を担っていた。
「⋯⋯」
だからだろうか、己に鑑定をかけたのは。
芽が出る前に確認して種を回収したい自分が起こした行動、不安に駆られた末に起きた衝動の結果は⋯。
「え⋯⋯な、なんかついてる⋯」
ステータスの上昇・低下に関係なく、状態異常にかかると一目で分かるように専用のマークを表示し知らせてくれるそこには、デフォルメされた人の顔の左右にハテナがついた不思議なアイコンが一つ。
見たことのないアイコンがHPバーの下に表示されていた。
「⋯ついてるって何が?」「ン?」
これは⋯⋯確定か。一度視界に入ってしまえばもう逃げられない。いや、逃げるとかじゃなくて、そうかもしれないという湧いた可能性から目を逸らせなくなったというべきか。自覚せざるを得なくなってしまった。
「⋯⋯どうやら私、誰かに攻撃されていたようです」
記憶が欠けている。その認めたくない事実は、それらしいアイコンと特定の箇所だけが不自然極まりない記憶となっているという根拠を伴い目の前に現れた。
「えっ」「コウゲキサレタ?」
確かに、2人の話を聞き同じ場面を頭の中で思い出す度に、まるで不都合な部分を切り取り空いた穴を無理やり縫い合わせたかのような奇妙な光景ばかりが浮かんできていた。
下降中に心の中で思った、あの時という分からない出来事もそのうちの一つだったのだろう。
この状態異常のアイコンがいつついたのか、なんていう疑問は、これまでのやり取りで見当がつけられる。
カナディルに着いてから、で間違いない。妖精の森を出発するまでと、飛び去ったあとの後ろ姿には特におかしなことはなかったらしいので。
「気づかないうちに状態異常になっていました。恐らくその効果でこのようなことに⋯」
「ココニミエナイテキガイルッテコト⋯ッ!?」
「えっ⋯⋯ええぇーっ!?どこっどこっ!?」
周囲を見渡し警戒態勢をとる2人。警戒するのはいいけど最後まで聞かないと早とちりになりますよ。
説明不足を補足をするために口を開く。
「いえ、ここでじゃなくてカナディル、もしくは飛行中にやられたんだと思います」
「⋯⋯ココジャナクテ?」「あ、街中で⋯⋯いやいやっ、違うかもしれないじゃん!」
えっ?とこちらを向き少し警戒を解いたナブラ君と、解きかけたけど揺るがないセルンさん。行動の違いは信頼度の差か。
「2人の話からするに──」と先程考えたことを口にすると、一応の納得が得られたが、「それにしても冷静すぎ」となかなかの辛辣な返答をされる。
「まあ、セルンさんが言うことも分からなくはないんですが⋯⋯少なくともここじゃないと思うんですよね⋯。だってほら、仮にここでやられたんだとしたら、私だけじゃなくて2人にも同じことをするはずでしょう?気づきにくくなるでしょうし。それに⋯」
「タシカニ」「それに、何っ?」
「ここへの侵入を、あの雀もどきが許すはずないですから。⋯セルンさんなら分かるのでは?」
「あっ⋯⋯あー⋯⋯」
雀もどきに殺されたらしい彼女なら分かるはずだ。見つかったが最後の殺戮かくれんぼではなく、入ったが最後の虐殺氷鬼なんだということを。しかも鬼にタッチされても交代なんてできやしない。体が凍ってしまうから。鬼がどこにいるか分からない楽しい遊び。見逃されるはずがないんだ。
あとこの森を探索した時、雀もどきに似た生物が他にもいたのを見ている。十羽や二十羽どころではなかった。
仮に状態異常をかけた不明さんが雀もどきを倒せたとしても、システム的にこの森で次に強いやつがレイドモンスターに選ばれるから⋯⋯たぶん二代目妖焔雀ジャービルがすぐに生まれると思うんだよね(討伐後3分経過してから)。
前世の時は次に選ばれるモンスター違かったんだろうけど、今はそんな気がする。
戦うだけ大変だし、敵はそれだけじゃない。そもそも一人で倒せる相手じゃないし、大人数で来ていたら騒ぎに気づく。それだけの実力があったのなら、ナブラ君もこうして生きてはいなかっただろうし。
それらを全部何とかできるほどに強いのだとしたら、バグかなにかの不具合が原因となるだろう。このゲームでもチーターの存在は許されていないのだから。
見つかったらまた高い金を払ってVRヘッドギアとゲームソフトを買う羽目になるので、やる者はいないはずだ。チート行為を絶対許さないという強い意志が伝わってくる。
果たしてそんなリスクを負ってまでここで決行するだろうか。私を狙っていたのなら尚更疑問だ。だってわざわざここまで来なくとも、マラトスやネモルで待っていれば私が自らの足で来てくれるのだから。
何らかの手段を用いて記憶を操作した者がいるという衝撃的な事実に加え、鑑定してもハテナとしか表示されない恐ろしい効果であることだけが判明している、詳細不明の状態異常にかかったというおぞましい事実。 これに名前を付けるとすれば、記憶改変といったところか。うん、しっくりくる。とっても最悪な気分だ。
「ヴェステルコウゲキシタヤツユルサナイッ。ココニイタラヤッツケラレルノニッ」
「ありがとうナブラ君」
代わりに怒ってくれる彼。フンフンと鼻息荒くシャドーボクシングをしている。仲間思いのいい子だ。
「それで、攻撃されるような心当たりはあるの?」
「心当たりですか、そうですねぇ⋯」
思い返してみるが何も浮かばない。気づいていないだけかもしれないけど、生きている以上誰からも嫌われない恨まれないなんてことはまずありえないから、該当する記憶がないのならないで良いだろう。
「恐らくないはずで────あ」
その心当たりすらも記憶改変されていたらどうしようもないが⋯⋯と思ったところで、あるやり取りが頭に浮かんだ。
「え、あるの?質問しといてあれだけど、ヴェスちゃんって恨みを買うような人には見えないんだけど⋯」
「これを心当たりにしたくはないのですが、あると言えばある、になるんですかね。恨みといえば恨み?私のせいじゃないし、逆恨みになるんですけど⋯」
思い当たったのは、盗撮という二文字。そう、サキドリ緑さんに教えてもらった、許可いらずの妖精だとか出回っているあの噂についてだった。
間違った情報に踊らされ鵜呑みにし、撮影した者がカルマ値上昇。カルマ値を上げたくなかった、上げるつもりがなかったプレイヤーが情報と違うと激怒。情報源を探すも見つけられず、カルマ値を上げた元凶である私に怒りの矛先を向けた。という筋書き。
想像の域を出ないけど、これだったとしたらとばっちりすぎる。自己中心的な意味わからんクレーマーじゃん。
「理不尽すぎ!もしそれが本当だったら⋯⋯話し合いじゃ解決しないよね。その人と関わらないのが一番いい?でも誰なのか分からない「あの⋯」のか。あ、うんなに?」
思い当たったことを話す間ずっと伏せていた視線を、ゆっくりと上げ彼女の目に合わせる。セルンさんに対して後ろめたい感情があった。
サキドリ緑さんと盗撮についてメッセージのやり取りをしたのはカナディル。そう、私が今日いた場所はカナディルなのだ。
それの何が後ろめたいのか。
どうやら記憶を改変される前の私は、家族の元へ帰りたいセルンさんに嘘をつき、黙ってカナディルへ向かったようなのである。実際には口に出していないそうだが、雰囲気や行動がそれを物語っていたらしい。
セルンさんが暗い顔をしていたので、何かあったのかとお土産を渡すついでにナブラ君にコソッと聞いていた。
正常だった時の私が何を思ってそうしたのかは何となく分かる。だからこそ、いらぬ藪をつついてしまったなと思うけれども、後の祭り。
既に状況を確認するため、自分の行動を素直に語ってしまっている。あちらの話を聞いた後で嘘をついた理由に検討がついたので仕方がない。
「ごめんなさい。あなたに嘘をついてしまいました」
本来であれば、彼女とは昨日今日の間柄(それ以前にも会ったことはあるが関わりはないみたい)ということでそんなに親しくはないはずなので、カナディルに行くことを言わなくても問題はない。しかし、苦しむ者に嘘をついたことに関しては良心の呵責を感じていた。
妖精の森を出発してからの行動について話す前に、正常な時の私がなぜ嘘をついたのか考えられていれば彼女を傷つけずに済んだ⋯⋯なんていうのは詭弁だな。そもそもあの時点では、その記憶すらなかったのだから。
「え?ああ、カナディルに行ったこと?」
「⋯はい。セルンさんの気持ちに気づいていたはずなのに、その時の私はきっと⋯いえ、誤魔化してしまったんです。本当にごめ──」
こんなややこしい事態になったのは隠し事をした正常な私と、明けっ広げに話した正常だと思っていた私。
愚かな自分を罰すべく頭を下げ続ける──
「うん、いいよ。許す」
「⋯え?」
が、怒っているわけでも悲しんでいるわけでもない、不機嫌さを全く感じない声色で間を置かずに返答され、思わず顔を上げて聞き返す。
「というか気づいてたしね。まあ、嘘つかれたことは正直モヤッとしたけど、そうしなきゃならない理由があったんだろうしさ。た・と・え・ば、好きな人のため、とか」
セルンさんの目線は私とナブラ君へ交互に向かう。
断定はできないが、恐らく自身とナブラ君の安全を優先に考えた行動なはずだ。少しくらいはセルンさんのことを考慮しているのかもしれないけど、100%彼女のために行動したとは言い切れない。
「……違わない、とおも…⋯違わないです…が。何か余計な…いえ、副音声が聞こえたような気がするのは気のせいですか?」
「えー?どうでしょうー」
「⋯⋯」
ナブラ君は大切な存在ですが、それはあくまで同族として仲間としてであって…⋯。一体、私は誰に向かって言い訳をしているのだろう。
「そもそもさ、ヴェスちゃんがどこに行こうとアタシに断る必要なんてないわけじゃん? 行動を縛ったり許可制にしたり……そんなの、友達のすることじゃないでしょ」
「友達ですか」
「そう、友達。怖くて不安で苦しくて泣いてたアタシに寄り添ってくれた、ずっと傍に居てくれた。それだけで少し心が軽くなった。ヴェスちゃんとナブラに救われたの」
「大したことはしてませんよ。独白を黙って聞いていただけです」
「ソウダネ。ボクモキイテタダケ」
「……それに、ね。同じご飯を食べて、一晩中語り合って、朝におはようって言って……これって実質お泊まりでしょ? …そういうこと、本当に仲いい子とじゃないとしないんだ。知らなかったでしょ」
意地悪そうな響きとは裏腹に、期待に満ちた視線がこちらを探るように小さく揺れる。
「そうなんですか。初めて知りました」「ウン」
「だからね、あの⋯⋯友達になるのに理由がいるのなら、これでどうかな?」
彼女の瞳が、こちらの反応を伺うように微かに震えた。
「……ううん」
しかしすぐに下を向いて小さく首を振ると、ゆっくりと一度だけ瞬きし顔を上げた。その瞳には、さっきまでの迷いは消えていた。
「アタシと、友達になってくれませんか」
陽の光のせいか、セルンさんの瞳は潤み頬は朱に染まっている。
私の謝罪はいつの間にか親愛の情へと塗り替えられ、こうして真っ直ぐに手を差し出されている。
……強いな、セルンさんは。本当に、すごい。
「何を今更。とっくに友達のつもりでしたよ。……でも、そうですね。見える形が欲しいというのなら」
私はその手を取り、しっかりと握り返した。
「はい。これで、引き続き友達です」
「ボクモトモダチ。イヤナコトハ、アマリイッチャダメダヨ」
ナブラ君も枝を絡ませた。
「い、言わないよ! ⋯悪いことしてたら友達として注意はするけどね。……⋯⋯えへっ、友達」
しばらくの間そうして、手を離す頃には皆顔を赤らめていた。
言っていることがめちゃくちゃに聞こえるだろうけども、恥ずかしい行為はしていないが恥ずかしかった。これに尽きる。
「いやー、日差しが強いんですかねー」
「アツイネー。ミズカケタラスズシクナルカナ」
「お、そんなナブラ君にミストウォーターをかけてあげよう」
「オオー」
「あ、あー、そうだっ」
ナブラ君に両手を向けて噴霧、涼しくなろうよの照れ隠しの茶番中に大きな声が一つ。
声がうわずっているのは三人同じだったが、その中で一番上がっていたのはセルンさん。逆になんでそこまでなる。
少し心配になってナブラ君と顔を見合せたところで、何かを思い出したらしい彼女が次いで口にした言葉。それは、本日二度目の衝撃を私に与えた。
「ヴェスちゃんにも見てもらおうと思ってたんだった。ナブラはもう見てるんだけどね──」
もしかしたら、状態異常何とかなるかもよ?そう言ってセルンさんはナブラ君の後ろに駆けていった。
〘消費アイテム︰ドドドゼルくんゼリー〙
★★★☆☆
コアキュヨウ帝国の首都カナディルのマスコットキャラクター、ドドドゼルくんが包装紙に描かれた六個セットのゼリー。カナディル産のりんご・ぶどう・みかん・もも・なし・さくらんぼが使われている。
ある妖精がある場所から動けない仲間と一緒に、楽しいひと時を過ごしたいと選んだお土産。彼の喜ぶ姿を見たいと三十分悩んで購入している。
・1時間熱に強くなる
作製:ハナナラ菓子舗
〘ドドドゼルくん〙
コアキュヨウ帝国の首都カナディルのマスコットキャラクター。
ドドと呼ばれる針金のような体毛が特徴のアシカに似たモンスターと、ドーゼルと呼ばれる口先がドリルのように螺旋状になっていて羽が生えているイルカに似たモンスターを合体させデフォルメ化。毛糸でできたぬいぐるみのような見た目の可愛いゆるゆるっとしたキャラ。
たまに街中を歩いている姿を見ることができる。
3m近くあって意外と大きいため、大きなものに見下ろされる気分を味わえると大人に人気。可愛いので子供も近寄ってくるが、その大きさと迫力に押され怖くて泣いてしまう子が続出。現在、着ぐ○○と中の○をもう少し小さくしてはどうかと議論されている。
ドドとドーゼルが選ばれた理由は、カナディル周辺に住み着いているよく出現するモンスターだから。




