行った街で用事を忘れ。
勘違いで彼女に攻撃してしまった。感情が高ぶり剣を振り回してしまった。酷い言葉を何度も浴びせてしまった。
NPC達にとってはたった一度きりの人生、現実世界に生きる人達と同じ死んだら今生が終わる大事。だというのに軽率な判断、行動で命を脅かした。
セルンさんは既に死んで幽霊となっているので、聖魔法やそれに準ずる効果のものを使用しないとダメージを与えることはできない。私はそれらを習得していないしそれらしいアイテムも持ってはいないので、本当の意味で命を脅かしたわけではない。だがそれがなんだと言うのか。
幽霊ゆえに物理的攻撃が当たることはなかったが、外傷はなくても心や精神を傷つけた可能性がある。いや、傷つけただろう。
死ぬことはないのだから良いだろうとかいう問題ではない。
羽を動かし地面に下降。体を前に倒し深い深い謝罪をする。
「セルンさん!あなたに武器を向けたこと、そして攻撃をしたこと、弁解の余地もございません!大変申し訳」
「大丈夫大丈夫、気にしてないから。頭上げて」
しかしその謝罪の言葉は受け取り手の割り込み返答によって遮断。
「⋯⋯へぁ」
あまりにも軽すぎる赦しの文言に思わず顔を上げ変な声を出す。
見上げる先には地面と距離が近くなった彼女の顔。いつの間にしゃがんでいたのか、セルンさんの柔らかい目がこちらを見ていた。
「謝罪なんて必要ないよ。死ななかったし傷もないしさ」
「それは⋯そうですけど⋯⋯肉体的にそうじゃなくても」
「精神的にってこと?ないない、ないよ。あんなんじゃ傷つかないって」
「あんなん⋯?」
目の前の少女があんなんと言えるほど襲われることに慣れているとは思えなくて疑問が浮かんだが、あることを思い出したことでその疑問は一瞬で消え去った。
あんなんと言われた直後の世界イメージは現実の世界。少女があまり危険のない世界で襲われることに慣れているとは到底思えなかった。
だけれどすぐにここが現実の世界ではなく、ゲームの世界であるということを思い出した。野生動物よりも恐ろしく強いモンスターや魔物が蔓延る場所で、現代よりも危険溢れる場所であるということを。
一瞬とはいえあり得ないと思ったのは、カナディルの街並みが現実の世界のものとほぼ同じだったからなのかもしれない。
彼女はこの世界で生きるNPCの一人。しかも幼い頃から友達と妖精山に入り、妖精の町を見つけようと探検していた強者。
野生動物等から逃げたり、襲われて軽い怪我を負うとかは日常茶飯事だったのかもしれない。
「うん、あんなん。てことでこの話は終わりね。いい?終わりだよ?」
「セ、セルンさんがそれで良いのでしたら」
「⋯⋯面倒臭いのはごめんだしね」
彼女がそれで良いというのなら、これ以上謝罪するのもこの話題に触れるのも逆に相手を不快にさせるだけ。
最大の反省をし、過ちを繰り返さないように心に留め誓いを立てておこう。
「あっと、そうだった」
心に誓う私をよそに、何かを思い出した彼女は立ち上がると口を開く。
「お集まりのみなさーん!これは友達同士のただの喧嘩でーす!兵士さんに通報しないでくださいねー!問題ありませんからー!」
その発言を聞いて周りに目をやると、言葉の通り離れた位置からこちらに視線を向ける人々の姿がちらほら。そこまで多くないとはいえ集まられ衆目にさらされているのにも関わらず気づくのが遅くなったのは、考え事然り襲いかかったこと然りそれだけセルンさんに集中していたということ。
「すっ、すみませんっ!お騒がせしてすみませんっ!」
なんにも悪くないセルンさんに対処させるなんてと、慌てて空中に飛び各方向に向け頭を下げる。
「通報しないでくださいねー!アタシ達こういう感じでよく喧嘩するんですー!ただの喧嘩でーす!」
そうして下げ続けていると、熱が冷め興味を失ったが如くその場を後にする人が現れ始め、3分もかからずに不審な目や好奇心の目はなくなった。
「それで、どうする?食べてくの?泊まってくの?」
場が収まり日常が戻ると、彼女は振り返り友達に向けて話すような自然な言葉遣いで問いかけてくる。まるで今までの出来事がなかったかのように。
そういえば周りに説明した時、友達同士の喧嘩とかなんとか言っていましたね。いつの間にか、知り合いから友達へランクアップしていたようです。
「そうですね⋯」
話の内容は、隠れて〈熊八亭〉を観察していた時にセルンさんに見つかって受けた質問と同じもの。
最初ここで彼女と会った時敬語を使っていましたが、知り合い相手でもお客様呼びだったのは接客中だったからで⋯⋯うん、仕事中だからと割り切った対応をして働いている姿はかっこよかったです。今は砕けた感じに戻ってますけど。
思えばあの時、音もなく現れた彼女にかなり驚かされました。別人だと錯覚を起こしたのは驚きすぎが原因だったのかもしれませんね。
自分でもこんな理由でああなるわけがないと分かっていますが、あの錯乱状態を説明できる理由が他に見つからないのでそう思うしかないのです。
外的要因、つまりNPCやプレイヤーからなにかしらの魔法を受けた可能性もなくはないですが、それを証明する術を持っていないので錯乱した理由にはなりませんし。
そもそもここに来た理由は、イベントクエストの進行具合を調査するため。
その調査場所に彼女がいたのは完全に予想外だった。だってカナディルに向けて出発した時、セルンさんは妖精の森で見送りをしてくれていたから。
私よりも先にここに到着するには、同時に出発するか、出発を見届けた後すぐに出発するかの二択となる。
街に到着後、地図を買ったり〈熊八亭〉を探したりと多少の時間を要したものの、昨日の事前情報があったおかげで1時間もかからず、せいぜいが30分程度の捜索活動。たったそれだけの短い時間で目標を発見している私。
彼女はそんな30分という短時間で、先に宿屋に着き、家族に再会し、家業の手伝いをするという異次元の行動を起こしたことになる。
もっと言うと、これまでの経緯・状況説明、家業手伝いの説得等の諸々も。
これらが短時間で行われているのもおかしな話だが、こうして目の前で実現されているのだから現実に起こったことで間違いないのだろう。
なので、起こらなかった同時出発の線はないとしても、私が出発した直後にセルンさんも出発した。これはあり得るし、出発していないと時間的にもタイミング的にも出会うのは難しいしおかしいということになるわけだ。
「⋯その前にもう一つ謝らなければいけないことがあります」
元々彼女がした最初の質問、話に乗ったのは、調査していることを知られないようにするため。だったのだけれど⋯⋯本人が自力で家に帰ってきてしまえばそれも無意味と化す。なぜなら、既にご両親へ行方不明となっていた間のことを話している可能性が高いから。
そのため、なぜ誤魔化すような発言をしたのか不明であり、矛盾が生じている状態になっている。
そして、討伐隊が組まれるのか組まれないのか、妖精の森に来るのか来ないのかを知るための、あわよくば止めるためのイベントクエストの進行度調査が、失敗に終わる可能性が高くなったことが何よりショックである。
彼女が自身の骨を持って帰ってきていれば、妖精の森に討伐隊が来ることはあってもナブラ君が攻撃されることはないだろうけど。⋯⋯持ってきてるんだろうか?
「お気づきかと思いますが、私は嘘をつきました。見て分かる通り、カナディルに行かないといいながら、最初からここに来るつもりだったのです」
その確認をする前に、嘘ついたことを謝らなければならない。
今すぐにでも家族の元に帰りたい。そんな気持ちを滲ませていたセルンさんに、カナディルには行かないという嘘をついたのだから。
「もちろん考えた末の結論だったのですが、セルンさんには関係のない話です。嘘をついてしまい、申し訳ありませんでした」
「いいよいいよ。気にしないで。てか、そういうのまだある?あったとしてももう謝らないでね?全部赦すから」
「は、はあ⋯⋯分かりました。ありがとうございます」
また出た、謝罪に対してのあまりにも軽すぎる赦しの文言。
戸惑うが、本日2度目。赦してくれるらしいので、お礼を言ってそっと口を閉じる。
「どうして嘘をついたのか聞きますか⋯?」
「いや、大丈夫。何となく分かるから言わなくていいよ。⋯⋯⋯だからそういうのいらねぇって言ってんのに。話進まねぇじゃねぇか」
嘘をついた理由は聞きたいだろうと声をかけるが、答えは不要。何となく分かっているらしい。
すごいなセルンさん。あなた心を読める人?
「⋯そうですか。ああところで、骨ってどうなりました?」
「骨⋯?骨ってなんの⋯?」
骨といったらご遺骨に決まっている⋯⋯いや、昨日食事として出したパシフィックソーリーの枝焼きにあった骨のこともあるから、どっちの骨のことを指しているのかと疑問に思ったのかもしれない(私は毒蜥蜴の枝焼きを食べていないので、骨があったかどうかは分からないため毒蜥蜴の骨は除外)。
話の流れ的に、昨日食べた魚の骨どうしました?なんて聞くわけがないので、選択肢はご遺骨一択なような気もしなくはないが、考え方は人それぞれ、十人十色。自分と他人では考え方が異なるもの。彼女にとっては本当にどっちの骨のことを言っているのか分からないのだろう。
こちらも正確に言えば良いものを端折りすぎた。
「なんのって、ほらセルンさんのご遺骨のことですよ。昨日食べたパシフィックソーリーの骨の話ではなく、です」
「セルンさんの骨⋯ってアタシの骨!?」
「はい、そうですよ?そんなに驚いてどうしたんです?」
「いっ、いやだってっ⋯えっ⋯?」
彼女はわたわたとして驚きの表情を浮かべている。
一体何に驚いているのか不明であるが、焦っているようにも見える体の動きは、見ていて少しだけ面白い。他人事だからだろう。
「何をそんなに驚いているのかは分かりませんが、話の続きを」
「いやっ、続けらんないでしょ!何がどうなったら遺骨の話になるのっ?!」
私の次は彼女が錯乱状態ですか。本当にどうしたんだろう。
ただ、ナブラ君の下からご遺骨を取り出す方法が見つかったのか、取り出せたのか、持ってきたのか、持ってこれたのか。それを知りたいだけなんですけどね⋯。
「⋯って、あれ?どうしたんですか?」
何故か俯いているセルンさん。少し顔が青ざめているような気もしなくもない。
「それってさ、セルンちゃんもう死んでるってこと⋯?」
ん⋯?そりゃあ幽霊になっていますから、死んでますよね。
私は雀もどきにやられて体が腐っていく過程も見ていますし、その後に強制的に吸収させられた黒い腐った液体のことも覚えています。
あの状態で生きていられるとすれば、それはもはや化け物の類。少なくとも人間ではないです。
「⋯そうですね。残念ながら」
もしかしてセルンさん、ここにきて現実逃避し始めたとかあります?
昨日散々泣いて現状の事実・現実を受け入れたのかと思っていたけど、よく考えなくても彼女はまだ13歳の子供。
そうですか、そうですよね。そう簡単に受け入れられるはずがないですよね。
「⋯⋯」
というか一人称、自分の名前+ちゃん付けに変更するんですか?可愛いですね。
肯定しておきます。個人の自由ですし止めることはしません。
「⋯⋯目を見て」
「はい?」
俯いて黙り込んだと思ったら、突然ガバッと顔を上げ目を見てほしいと言う彼女。
顔の青ざめ度は低くなっている。
「いいから見て!アタシ幽霊とか苦手ちゃんなのよ!」
「幽霊が苦手なことと、目を見ることに何の関係が⋯⋯」
おや、セルンさんの目がまた赤くなって⋯⋯まさかこれって何かの魔⋯⋯⋯
「あ、見たね。いい?アタシはね、あなたと今日初めて会ったの。今会ったばかりなの。昨日は会ってないし、それより前にも会ってない。今この時が初対面だよ」
「⋯⋯⋯ん、はい。そう、ですね?」
「初めまして!」
「初めまして⋯」
あれ?私はなぜここにいるのでしょう⋯?
確か、〈熊八亭〉という宿屋の周りにある低い生垣から顔を出して、大きな窓ガラスから中の様子を確認、観察していたはずなんですけど⋯。
「なんで移動してるんでしょう⋯」
気がついたら、樹木を並べて植えた垣根から少し離れた場所にいた。
移動した記憶がないのに移動している不思議と、突然目の前に初めましての少女が現れるという不可解。頭の中に疑問がたくさん発生している。
そんな戸惑いを知ってか知らずか、彼女は無邪気といった感じの笑顔を浮かべ黙ってこちらを見ていた。
日焼けしている快活な顔に、何か運動をしているのかしなやかな筋肉がつきながらも少女らしい華奢な体を持つ彼女。
着ている白のTシャツとデニム生地のショートパンツ、裾から見えるスパッツにスポーツシューズという組み合わせは、まさに運動好きや外で遊ぶのが好きな少女といった感じ。元気という言葉が似合う。
青春してますね。少しだけ現実から目を逸らしました。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
状況が整理できず、全然大丈夫じゃないが大丈夫だと発言。私の問題であって、彼女の問題ではないから、いらぬ心配をかけないように。
「アタシそこにある宿屋、〈熊八亭〉の娘なんですけど、よければ中で休んでいきませんか?食事だけというのも大丈夫ですよ。⋯⋯あ、セルンって言います」
「どうも。ヴェステルです」
謎の移動も気になるが、それよりも今はイベントクエストの進行度調査だ。
ここは彼女の話に乗って、調査していることを知られないように誤魔化しを⋯⋯⋯あれ?何のイベントクエストの調査だ⋯?
んん?えっと、仮に討伐隊が組まれた場合に、隊の中にいるかもしれない馬鹿な人が妖精の森で火を使って大惨事を起こすかもしれないし、ナブラ君が攻撃されたら嫌だからって、誰かに嘘をついて妖精の森を出発して調査に⋯⋯⋯一体誰に嘘を⋯?
というか何を討伐しに討伐隊が妖精の森に行くの?そもそも討伐隊ってなんで組まれるの?
ここになんで来たのか分からずに困惑する。謎だらけだ。
「なんだか疲れてるみたい。何も考えずに、中に入って食事休憩にしてください。大丈夫、きっとお昼ご飯を何にしようか迷ってたんですよ」
さっきまで黒っぽい色だった目を赤くした目の前の少女が、食事を勧めてくる。
確かに昼食をとるには良い時間だ。
「そう、かもしれませんね。⋯いや、きっとそう」
「はい、中へどうぞー。⋯⋯⋯死人になりすますのはやばいし、そろそろ別の女探すかぁ⋯」
一旦考えるのをやめて、言われるがまま宿屋に入る。
店内は南国風ののんびりした空間で、エアコンが程よく効き体の熱を取ってくれる。植物がたくさん飾られていて居心地の良い場所。
きっとイベントクエストは、食事関連の何かだったのだろう。調査していたのが宿屋であることから、関係のある何かであることは間違いないはずである。
その中でも私が興味を惹かれるのは食べ物関係なので、恐らく食事関連のイベントクエストだろうと推測できた。
どんな条件でクエストが発生するのかは知らない。というよりど忘れしたけど、店に入ったからにはまずは食事だ。
案内に従って一人用のテーブル席へ行き、この宿屋の娘だというセルンさんにメニュー表をまくってもらい料理を注文。店内に目をやり、イベントクエストが発生する条件を探し、考えながら食事が届くのを楽しみに待った。
〘物理攻撃と魔法攻撃の違い〙
物理攻撃は、MPを使用しない攻撃。
魔法攻撃は、MPを使用した攻撃。
例えば、魔法や魔術で生み出した火を木の棒につけ相手を攻撃したとする。この場合、火の部分が当たると魔法攻撃したことになり、木の棒が当たると物理攻撃したことになる。
逆も同様。MPを使用せずに生み出した火を、MPを使用して作りだした木の棒につけ攻撃すると、火の部分は物理攻撃扱いとなり、木の棒による打撃は魔法攻撃扱いとなる。
つまりは、魔力が少しでも加わっていれば魔法攻撃となり、ゼロであれば物理攻撃扱いとなるということです。
〘職業︰中級者メンタリスト〙
正当二次職初級者メンタリストからの正当三次職。所謂上位互換の上位互換。
初心者・初級者メンタリストでは覚えられない魔法やスキル、覚えているものの強化版を習得することが可能となる。
心理学、暗示、錯覚、行動観察、記憶術等と併せ、準ずる効果を持つ魔法やスキルを使用して、人やモンスター等の心を読んだり操ったりすることができる職業。
職業にセットしていると、DEX・LUKへまあまあなステータス補正がかかります。
就職条件:①初級者メンタリストを職業欄にセットしていること。②メンタリスト専用の魔法またはスキルを5個以上習得していること。③それらを師事しているNPCメンタリストに披露し、昇格試験を受け合格すること。
〘スキル︰怒りの手引き〙
正当二次職の初級者メンタリストから習得可能になる、メンタリスト専用職業スキル。
効果を及ぼしたい相手を決めて視界に収め言葉を発すると、対象に若干の知能低下と攻撃を誘引する挑発効果を5分間付与することができる。
発する言葉は一文字でもいいが、罵倒等の意味のある言葉の方が攻撃誘引の挑発効果が高まる。
リキャストタイム:30分




