変態は少女へ成り代わる。
「⋯不躾ついでにもう一つ。SPIRITsnackさん「セルンでいいですよ」は⋯⋯SPIRITsna「セルンですってば」⋯⋯SPIRITsnackさんは「強情だなぁ⋯」、宿屋〈熊八亭〉を営むヤハウさんとシチさんの娘、セルンという少女をご存知ですか?」
「⋯⋯えー?何言ってるんですかお客様。そのセルンはアタシのことですよ?さっき自己紹介したばかりじゃないですか」
どうしても自分はセルンだと言って聞かないSPIRITsnackさん。言い張ることで主張を押し通そうとしている。
返答に少し間があったのは良心の呵責に苛まれてか、それともこちらの発言に警戒すべき何かがあったのか。
「SPIRITsnackさんのことではなく、そこの宿屋で暮らしていた少女のセルンさんです」
「なんですか?アタシが少女に見えないってことですか?酷い人ですねヴェステルさん」
こいつ勝手に鑑定かけやがりました。許可してませんから犯罪です。カルマ値溜まりますよ。
「あなたは私が知っているセルンさんとは似ても似つかない、程遠い外見をしていますので。それに、セルンという名を語る割には声も話し方も違いますしね」
先程からセルンのことを知っているぞというメッセージを含ませた発言をしている。これはやはり意図的ななりすましか。
良心の呵責がとかいうものはない、悪質も悪質。最低野郎だ。
「⋯⋯はぁ⋯俺がセルンだって言ってるのに、なんで信じてくれないのかなぁ⋯」
ひとつ息を吐くと、先程までの無邪気で元気な感じをなくし無表情になる目の前の男。
「お嬢ちゃんは、本当に本物のセルンちゃんのこと知っちゃってる人なわけね。⋯⋯顔見知りじゃなきゃ言い続ければそういう人なのかってすぐに納得してくれるのに。やっぱ知人って面倒だわぁ」
作っていた高い声もなくなり、発せられるのは低くなった音。
これが本当の声、設定したアバターの声か。なかなかに良い音をしている。
「何の目的があってセルンさんになりすましているのかは知りませんが、如何なる理由があろうとも本人を語って他者を欺くなんてことしてはいけません。犯罪です。不愉快極まりない。自分が神人族だからって調子に乗ってませんかね」
どう見てもセルンさんには見えない少女にも見えない彼。何を言おうがどんな動きをしようが、こちらの返答が変わることはない。
「挑発でもしてるのかな」
「そう聞こえたのならそうなんでしょうね」
「あははっ、そうかいそうかい。まぁでもねお嬢ちゃん。正義感かなにか知らないけど、犯罪行為だからやめろって正論言われてもさぁ、それを知りながら無視してやってる奴にはなーんにも響かないわけよ。分かるぅー?説得なんて無意味も無意味。頭悪悪ちゃんかよー」
小馬鹿にした笑みを浮かべ、顔の前で手を振るSPIRITsnack。
私は別に正義を振りかざして説教をしているつもりはないし、説得しているわけでもない。ただ、それは犯罪だと罪になるのだぞと正論を説いているだけ。
自分の行いが悪いものだと認め、自ら憲兵所、所謂警察署に出頭するなら良し。認めず悪行を続けるのなら、ここで思い知らせるだけだ。
「⋯そうですか。ところで、あなたの着ているそれはどこかのお店で購入したものですか?それかご自身で作られたものですか?」
「んー?この服?⋯⋯あー、なるほどなるほど。心配しなくてもちゃーんと俺のものだよ。アイテムの枠真っ赤だけどね」
⋯真っ赤。アイテムアイコンの枠が赤いということは、それはつまり⋯
「盗んだんですか、気持ち悪い。最低ゴミクズ野郎ですね」
アイテムアイコンを囲む枠の色が赤なのは、その者にアイテムの所有権がないという知らせ。他プレイヤーやNPCから盗んだりしたものにつく色。
つまりこいつが身に着けている衣類の全ては、元々セルンさんのものだったということ。
とはいえ、着用済みのものを着ているから軽蔑の眼差しを向けているのではない。
そんなことを言ったら、古着屋で服を買った時点で変態認定されてしまう。もっとも古着屋で異性の着用済みの衣服を買うんじゃなくて、ネット等で新品のものを買ってくれとは思うが。
気持ち悪いと口をついて出たのは、相手の許可がないのにも関わらず勝手に所有物に触り、あまつさえ着用するという暴挙に出ていたからである。
許可があろうとなかろうと軽蔑の眼差しを向けてしまうし、気持ち悪いと思うし、最低なゴミクズ野郎だと思うし、不快感や嫌悪感を抱いてしまうけれども。
「これまた酷い言いようだねぇ。訂正してくれない?俺は自分のものを着ているだけだよ」
脅しか、手のひらに炎を発生させ攻撃の意思を見せる男。
「セルンはあなたみたいな変態ゴミクズ野郎じゃない。家族を愛し家族の幸せを願う家族想いの少女です」
どうしてこうなったとは思いつつも、行き着いた結果がなるべくしてなったものとも理解している。間違ったことを言ってはいないのに相手を傷つけるあれ。罵倒も過ぎれば精神への攻撃となるわけだ。
右手で腰に着けた鞘から剣を抜き、左手を前に出しいつでも〈腐血樹粉〉を発動できるようにしておく。
このゲームに非戦闘エリア、PvP禁止エリア、PK禁止エリアと呼ばれる場所は存在しない。リアルを目指して作られたからこそ、それについても制限なし。
村や町の中、建物の中、乗り物の中、屋根の上、水の中⋯どこであろうと戦闘行為が可能。
ただし人が住んでいる所でそんなことをすれば、兵士が来るし逮捕されるしで牢屋行き。やるなら村や町の外が基本。
あくまでも攻撃するぞというポーズをとっているだけで、攻撃意思はないに等しい。
相手も同じ条件下であるがゆえに、攻撃してこないことを見越して牽制。万が一攻撃されたとしても反撃できる態勢をとった。
「穏やかじゃないねぇ」
「先に攻撃の意思を見せてきたのはそっちでしょう?じゃなきゃ話し合いだけで解決できたはずです」
「そうは言うけどね、先に精神攻撃してくれちゃったのはお嬢ちゃんの方でしょう?俺の心はもう傷つきまくりなわけよ。オーイオイオイオイ、痛いよォ」
下手な嘘泣き演技で同情誘い。両手を目に当てているが、指の間から見えている目は潤むこともなく涙の一滴も零れていない。むしろ楽しそうに笑っている。
「当たっているから痛いのでは?今すぐそれを脱いで、憲兵所に出頭してください」
「あらま、見た目に似合わず裸好き?ここで脱いで欲しいだなんてスケベなエッチちゃんっ」
「⋯⋯なんだこいつ」
⋯⋯なんだこいつ。
「はぁ⋯なんで納得してくれないのか理解できないよ。セルンは俺。パパもママも妹だってセルンとして扱ってくれる。つまりはそういうこと。セルンである俺が自分のものを着て何が悪いわけ?」
なりすましも開き直りもここまでくれば、呆れを通り越してある意味感心する。攻撃はすまいと思っていたが、考えを改めた方が良さそうだ。こいつには鉄拳制裁が必要な気がする。
悪人への攻撃だ。兵士に捕まらなければカルマ値が溜まることもないはず。
「てなわけでぇ面倒だし、一回認識書き換えちゃお?」
「⋯⋯は?頭沸いてるんですか?」
「うわっ、ひっどーいっ。気にしないけどー」
「どう言っても、良心が痛むことも罪を認めることもなさそうですね。ではセルンさんに代わりあなたに私的制裁を加えます!くたばれクソ野郎ッ!」
宣言からの斬りかかり。無言でやっても良かったが、それだとこちらから襲っているように見えるため、周りの人に誤解されないように発言してから攻撃。
まあ、見えるも何もこちらから襲っているのは事実なわけで⋯⋯うん、誤解じゃあない。
「⋯⋯っ。おおぅ危なーいっ。面倒臭い性格してるねぇっ。正義マン、いや正義ウーマンかよ⋯っとと」
小さいから素早くちょこまか動けて有利。なんてことはなく、体に合った小さいカットラスは攻撃範囲が狭い。
目の前の男に近づくのは簡単だけど、あっちはあっちで軽やかな身のこなし。こちらが迫ってもあちらが一歩後ろに下がるだけで当たらない。
上から下への斬り下げはサッと身を翻して避けられ、避けられた先でまた振るがそれも躱される。
ちなみに正義感からやっている行為ではない。
なので、正義マンやら正義ウーマンとかいう珍しい生き物では決してありません。
たまたま目の前に気色悪い変態がいたから攻撃したにすぎず、セルンさんに代わって私的制裁をとかなんとか言いましたが、実際には関係がないのです。
なんか変態に出会ったら突っかかっていって攻撃するモンスターみたいに聞こえるけど、目の前の男が特別、攻撃を誘引させてくるからそうなっているだけ。
なんかそうなるような魔法こっそり使ってます?
なんて言いつつ、多少、ほんの少しはセルンさんのことを思ってなくもない。けど、まだ会って一日の関係だからそんな間柄で深く関わるのは云々。
そんなのはさておいても、漫画の主人公みたいにサッと手を差し伸べてサクッと人助けできる高尚な人間でもないし、ご大層な正義感を持ち合わせていなければ、備わっている力だって平凡、下手したら平凡以下。正義のヒーローでもなんでもないただの一般人には荷が重い役回りです。
もちろん同族で仲間のナブラ君はモンスターなので私が助けますけどね。自分が死なない程度に頑張って。
ああ、困ってる人がいたら助けるのが人ってもんだろとか、普通は助けるだろとかあれこれ言わないでくださいね。そういうのは兵士にお任せするのが普通で一般的な問題の解決方法ですよって話をしてるんです。
たまたま、そうたまたまここで、SPIRITsnackに引導を渡すことができれば、セルンさんはこの事件を知らずに戻ってこられるなとは少し思っちゃったりしてますが。
「⋯っ。良くないよそういうのっ」
「変態な悪人に言われたくないですねっ」
もう一度カットラスを振るがやはり華麗に避けられ当たらない。ならばと、SPIRITsnackの頭上に飛び〈腐血樹粉〉を発動することに。
「なんかやばそーねぇ」
「腐れ変態っ!「はーい、目にちゅーもーくっ」〈腐」
なんだこいつ。さっきまで黒っぽい色の目だったのに赤くなって⋯⋯
「血じゅ「アタシの名前はセルン。〈熊八亭〉の娘で長女。間違ってないよね?」⋯⋯⋯⋯うん?あれ?そう、ですね」
なぜ違うと思ったのか。疑問に思い手を下ろす。
日焼けしている快活な顔に、野山を駆け回ることでついた筋肉と少女らしさが合わさった華奢な体。疑いようがない。セルンさんで間違いない。
服も着こなしていて、昨日今日着ていたのとほぼ同じ。ショートパンツのボタンだってちゃんと閉まっている。何の問題もないし不自然なところはない。きっと私が見間違えたのだろう。
剣を鞘に納め、目線の高さまで降下して口を開く。
「というかまた自己紹介⋯?昨日話してくれたじゃないですか」
「ん?あー⋯何回してもいいでしょ?忘れて欲しくないし」
「は、はあ、なるほど?」
疲れてるのかな。昨日も今日も会っているのに、知らない人だって思って変態扱いするなんて。
てかよく見たら体透けてないし、今朝と服が違うということは私の分体みたいに変更が可能だということ。幽霊の体に慣れて、そういう魔法が使えるようになったのかな。
そもそもの話、なんで目の前にセルンさんがいるのでしょう。空中飛行と地面駆けだと飛ぶ方がはや⋯⋯いや、そうか。彼女も飛んだのか。
つまり跡をつけられたということですね。
嘘をついて妖精の森を出発したのがバレている。⋯⋯ちゃんと謝らないとな⋯。
〘固有魔法︰妖惑女の瞳〙
かつての魔王軍にいた幹部の一人、サキュバスの女王が持っていた固有魔法。
相手の目を見て発動する。発動中は発動者の目が赤くなる。
効果は、認識改変と記憶操作。
対象の認識を改変し、記憶の操作を行える強力な魔法だが、一度の使用に多くのMPを消費する。
発動者を殺すか、解呪の魔法・魔術を使用することで効果を消すことができる。
効果はNPCにのみ効く。プレイヤーには効かない。
効こうが効くまいが当たろうが当たるまいが、魔法が発動した時点で代償を払うことになる。
使用者は必ず世界に一人だけ。その者が亡くなれば、条件を満たすことで次の使用者になれる。
習得方法︰前使用者の死体の一部を食すこと。新鮮でも腐っていても白骨化していても化石と化していても飲み込めば使用可能となる。
使用代償︰使用する度にレベル-5。(レベルが5に満たない場合、下回った場合は使用不可)
必要魔力︰50
〘憲兵所〙
軍隊内における秩序維持や軍紀、風紀の取り締まりを行う憲兵が勤務する所で、現実世界と違い警察署の役割も担う場所。
犯罪捜査や逮捕、交通整理、災害対策等、一般市民の生活の安全や治安維持を警察に代わり兵士達が行っている。
地下には牢屋があり、犯罪を犯した者が一時的に入れられている。犯罪者はその後、収容施設(刑務所)に連れて行かれ牢屋暮しとなる。




