6話 大陸を往く鉄の蛇
眠気が一瞬で吹き飛び、宴会の興奮が蘇ってきた。
アンナは早く話がしたくてうずうずしている。
探検家というのは本能的に自己顕示欲が強い。
「何故旅をするのか」と聞かれて大真面目に話のネタになると答える探検家も少なくないほどにだ。
普段ならあまり人と話したくない私でも自分の言った土地やそこで得られた経験などは普段の自分とは比較にならないほど喋る、らしい。
普段はクールなアンナも自分語りを頼まれたなどとなれば何分でも何時間でも話し続ける。
そこに酒が入ればなおさらだ。
案の定アンナが真っ先に口を開いた。
「探検家というのはやっぱり憧れの存在だったのよ。
地位でも金でもなく名誉と好奇心のためだけに世界中を駆け巡る。それが普通に暮らしていたら村から離れることのないただのエルフの少女だった私にはたまらなくかっこよく映ったのよ。
それで15歳になって成人の儀が終わったその日の夜に村を離れて探検家になったの。
それからというもの…」
アンナの話は長く、話し終わる頃には半時間も経っていた。
「マリアさんはどうだったんですか?」
フローラは私に尋ねた。
「私は多分種族的なところが大きいですね。
普通に見る限りでは私はふつうの人間族と変わりなく見えますよね?」
「ですね」
「けど私の種族はハイマンといって旧文明の時代に造られた人造人間なんです。だから寿命はあるものの老化もしない。
そして確か私は百年くらい前に突然東北の地にある遺跡で目覚めたんです。」
「マリアに出会った頃のこと、懐かしいわ。
マリアって学者としては優秀だけど生活能力なさすぎてボロボロだったの」
「それはそうだけど!今は置いておいて!
とにかく、だけどなんで目覚めたか分からないしそもそも私がいつどこで誰によって造られたのかも分からない。
それが気になって私はここまで学者をやってきたんです。
まあまだ私が何なのかも分かってないんですけどね。」
そこまで喋って久しぶりにここまで長く喋ったな、と思った。
普段から喋っているアンナ以外の話し相手が出来たのが嬉しかったのだろう…
◇
一週間後の夕方、大陸横断鉄道は幾多の山、川、砂漠を越えてイスファハーンに到着した。
かつて「世界の半分」とも言われ繁栄の限りを尽くしたその町は一度は廃れたもののまた違うものによってかつての栄光を取り戻そうとしていた。
そう、遺跡である。
イスファハーン近郊の砂漠地帯に十年ほどまえに旧文明の遺跡が相次いで見つかった。
その遺跡からは現代では作ることができない、いや概念さいも確立していなかったような機械が次々と発見され拠点となったイスファハーンは一攫千金を夢見るトレジャーハンターや遺跡初踏破を夢見る探検家によって大いに賑わっている。
私たちの目的はそんな探検家たちのために次々と開業した安宿である。
金のない旅人や探検家は経済的に一流の宿に泊まることは厳しいため設備は貧相でも朝食のパン一つ分ほどで一泊できるほどの安い宿を選ぶ傾向がある。
無論私たちもそんな安宿利用者の一人であり、今日もパン一切れほどの値段で泊まれる宿を探していた。
人の流れに流されながら市の中心部まで進むとバザールに出る。
こういう人の集まる場所には地元の商人や金のない旅人が使うような安宿があることが多い。
このイスファハーンも例外ではなく一つ裏通りに入れば汚げなしかし安そうな宿が幾つも見つけられた。
その中でもまだ清潔さを保っている一つの宿に入った。
日干しレンガの上に白い漆喰を塗って清潔感を出そうとしているエントランスでは一人のオジサンが気だるそうに座っている。
一晩の値段を効くと三〇〇オスマンコインという法外な値段を吹っかけてきた。
この国ではだいたい五十オスマンコインでパン一つが買えるので目標の六倍近い数字だ。
まずは手始めに三人で一部屋でいいと言うと一気に百オスマンコインまで下がった。
どうやら店主のオジサンは一人一部屋で考えていたようだ。
しかし目標まではあと五十オスマンコインもある。
どうしたものかと考えているとアンナが二十オスマンコインでどうだと言うとオジサンは冗談じゃないと突っぱねた。
次に三十コインだと言うとオジサンは交渉の余地ありと見え八十オスマンコインだと言ってきた。
こっちが金のない旅人も見た上での大幅な値引きだが目標にはまだほど遠い
ー三十五コインでどうだ
ー七十コインだ
ー冗談じゃないわ
ー六十五だ
などとアンナが交渉を重ねてはや十分。
どうにか五十オスマンコインまで下げることに成功した。
アンナはしてやったりという顔をしている。
そしてフローラはと言えばこの交渉に憧れたのかキラキラとした目をしている。
こういう値段の交渉というものは成功しようが失敗しようが楽しいものだ。
私たちは皆、良い気分で部屋に入った。
しかしその部屋はひどいものだった。
物置かというほどに狭く暑苦しい空間に木製の硬い簡易ベッドが一つ鎮座している。
水場というものはなく部屋の隅の雨漏りが僅かにその役割を果たそうとしているだけだ。
唯一の救いはガラスこそ嵌ってないものの窓がついていて夜の砂漠地帯の涼しい空気が部屋に入ってくるくらいだ。
こういう宿に慣れている私たちはまだしも初めてのフローラは辟易してるかもしれないと思い隣を観ればそんなことはなくむしろ溌剌としてるまであった。
聞けば幼い頃から冒険小説が好きで、納屋で干し草の上で寝る夜を夢見ていたという。
私はその言葉に安心し、静かに目を閉じた。




