5話 さらばイギリスまた逢う日まで
グラスゴーへ新年に間に合うように急いで帰った。
街は総出で新年が来たことを喜び街中にが鮮やかに飾り付けられた。
私たちも新年を友人と盛大に祝ったがそこには旅へ出る前特有の緊張感が漂っていた。
◇
1月14日。
ついにこの日がやってきた。
私たちは早朝にロンドンに着き、パブで軽食を取った後にフローラを待っていた。
午前九時くらいにフローラは到着した。
フローラは初めて行く東洋に期待と興奮の感情が入り乱れているようだ。
改札を通り目的のホームで停車している南部行きの特急のボックス席に座ってしばらくすると重い音を立てながら蒸気機関車は煙を吐きだしゆっくりとその巨体を進ませ始めた。
遂に旅は始まったのだ。
◇
南部の港湾都市で一泊し、翌朝の最初の便でドーヴァー海峡を渡った。
大陸横断鉄道の出発点のパリはまさしく豪華絢爛で発展の限りを尽くしていたこの国の繁栄ぶりを表しているようだ。
しかしこのパリの美しい景色も彫刻も私たち三人には目に映らない。
私たちが求めているのは鉄道の旅であり東洋だったのだ。
◇
大陸横断鉄道はその路線が通る国々がそれぞれの威信をかけて敷いた線路の上を走り、その車体もそれに見合う立派さを誇っている。
私たちはその一等席とはいかずとも二等席に座ることができた。
列車が走り出すと風景は都市から田園へと流れるように移り変わっていく。
その風景にフローラは毎回驚きの声を上げたり感動に涙を流したりしていた。
列車は一晩休まずに走り続け、次の朝には隣国ゲルマニアの東部まで着いた。
イギリスとはまた違う景観に感嘆のため息を漏らすフローラに私たちも感動させられるようだった。
ゲルマニア東部の都市で小休止をはさむと列車はまた動き出した。
東欧の長閑な果樹園や田園の風景は旅が本格的に始まる前の嵐の前の静けさのように感じた。
次に列車が止まったのは欧州と亜細亜の境、ビザンチウムだ。
古くは東ローマ帝国の首都であり、現在は回教国のオスマン帝国の支配下にある。
列車はビザンチウム駅に停車し一日の休憩となった。
フローラは回教建築を見るのだと言って飛び出していったためここには私とアンナの二人だけ残った。
しかしここに居てもすることはないので町を見物し、美味しい物にありつくとした。
駅からでてしばらく歩いているとアンナの足が止まった。
こういうときは大体アンナが珍しいものを見つけた時だ。
「あれオスマンの蒸し風呂じゃない?」
アンナの指差す先にあったのは壮麗な石造りのドーム状の建物だ。
文献によればハンマームという蒸し風呂でバルト王国周辺で有名なサウナのようなものらしい。
ハンマームは2000年ほど前の統一帝国時代に東方に風呂の文化が渡ってきたのが由来らしく、欧州で衰退した風呂文化もここ回教圏ではまだ残っている。
「ちょっと汗もかいたことだし入っていかない?」
アンナは突然そんなことを言い出した。
「え!?いや、しかしですね?地元民しか入れなかったりするかもですし、やはり知らない文化を体験するのはそれなりに覚悟が必要で…」
「単に裸晒したくないだけでしょ、さあ行くよ行くよ」
私の主張は捻り潰され半ば引きずられるようにして私はハンマームに入っていった。
◇
「生き返るよう気分ね」
「確かにそうですけど…」
ハンマームの中は三つの部屋に分かれていてそれぞれ低音、中温、高温となっている。
私はあまり暑いのは得意ではないので中温でしばらく暖まってから出ようと提案したのだがここでも捻り潰され一気に高温までつれていかれた。
高温の部屋も50℃くらいとバルト圏のサウナと比べれば暑くはないのだが湿度が100%と蒸し暑い。
それが体に溜まった疲れを洗い流してくれるように感じてとても心地よい。
しかしだ。
文献によればこのハンマームには腰布を巻いて入ることになっている。
だがここにいる人皆何も巻いていない。
つまり全裸だ。
共同浴場にもよく行っているアンナなら慣れているかもしれないが私は人前で肌を晒すのに抵抗しかない。
私はハンマームにいた半時間を恥ずかしさに耐えながら過ごすこととなった。
◇
列車は巨大な橋を渡り欧州からアジア大陸に辿り着いた。
アジアに入ったことで何か変わるわけでは無いが、アジアに着いたという事実は私たち三人を興奮させるには十分だった。
その日の夜には食堂車で金をはたいて上質なワインを買いボックス席で三人だけの宴会が始まる。
宴会の楽しい空気は車両中に伝播したらしく最初はボックス席で三人だけだった宴会も日付を越えるころには食堂車で何十人も集まる大宴会となっていた。
そんな大宴会も終わりさあ寝ようという時にフローラがふと口を開いた。
「そういえばアンナさんとマリアさんはなんで探検家になろうと思ったんですか?」と。
シベリア鉄道のような長距離を往く列車が好きです。




