3話 神の遺跡
2000字ほどなので休憩時間などにぜひお読み下さい。
彼の声は店内全体に響いていたらしい。
彼が話おえると店内は静まりかえっていた。
テーブルに戻る頃にはパブ「理想郷Shangri-la」は元の喧騒を取り戻していたが私たちのテーブルはまだ熱冷めやらぬ様子だった。
登山家、トレジャーハンター、そして駆け出しの冒険者にはそれぞれ違うように、且つ甘く美しく映ったのだろう。
中でもとりわけ興奮していたのはフローラだった。
彼女は私たちとイシの話を聞くうちに東洋オリエントというものに強く惹かれたらしい。
その目はまだ見ぬ地へ向かう探検家と同じ熱い魂が見えた。
「あのっ!アンナさんたちは東方へ行かれるのですか?」
酒をもらおうと席を立とうとしたが少し幼さの残る声に驚き振り向くと、そこには焦ったような様子のフローラがいた。
「そうよ。あんな話聞かされたらその地を踏むまでは死ねないというのが探検家なんだから」
呆気に取られ応えられない私に代わり、アンナが口を開いた。
「それなら私も同行させてもらえませんかっ?あ、いや、その、行けるところまででいいのでっ!」
「マリアに聞いて。私は知らない」
彼女の口調は素っ気なかったが私には駆け出しの探検家の力になることができるということへの喜びが感じられた。
と思ったら私に話が飛び火したのでびっくりである。
「え、私ですか!?ぜ、全然大丈夫ですけど」
「なら決まりね。フローラと言ったかしら?私アンナ・ファルケと彼女のマリア・ウーフーはあなたを歓迎するわ」
こうして私たちは旅をし運命を共にするものに巡り合うこととなった。
◇
同じテーブルの登山家でるヘレナに話を聞いたところその遺跡がある場所はヒマアーヤラ山脈のギャチュンカン峰という場所の可能性が高いらしい。
その山は「百の谷が集まる山」という意味を持ち、古代から神の集う座として崇められてきたそうだ。
その百の谷の一つの中に遺跡はあるのではないかとの見解を示していた。
私は持っていた世界地図にギャチュンカン峰の大まかな位置を書き込んでもらった。
「その地図、いい地図だ。きっとずっと頼りになるよ」
ヘレナは地図に書き込む時にそう言った。
私にとってその地図は何気ない物であったが、その言葉には重い響きとなって私の心に残った。
◇
夜も深まり交流会というの酒盛りも終わり、私たちはフローラに別れを告げた。
旅の基礎知識も教え込んだので旅の支度も一人でできるだろう。
「では年明けから2週間後にロンドン駅中央改札口で会いましょう」
私たちはハンスの計らいでヘラートという都市までは鉄道で行けることになっていた。
そこでロンドンから南部まで鉄道を使い、船で隣国フランスの首都パリまで行き、そこから大陸横断鉄道という長距離列車に乗ってガージャール王国の首都イスファハーンで下車する。
イスファハーンはヘラートより手前の都市なので無駄にすることにはなるが、イスファハーンはヘラートよりも大きな都市ゆえに物資も多いだろうと踏んでの決断だ。
そしてイスファハーンから馬か駱駝を買い旅を始めるという大まかな計画を立てていた。
そこからは東に行くとしかまだ考えていないし、イスファハーンに着くまで決める気はない。
旅には余計な予定を立てないというのが私たちの旅の指針であるからだ。
それと同じように地図もあまり正確なものは使わない。
あまりに精密な地図は役に立つこともあるだろうが、それでは旅の中で見えるものも見えなくなってしまうというのが私の自論である。勿論そんなでは学者失格な気もするが。
「また熱い日々が始まりそうね」
期待感に満ちた目を遥か遠い東に向け、アンナは語った。
「暑苦しい日々の間違いですね。それも私は好きですが」
普段は真面目に振る舞っているアンナだが、息苦しいのか彼女は旅に出ると急に活発になる。
それはもう別人のように。
私と違い人に接する機会の多いアンナには旅だけが真の自分を解放できるチャンスなのだろう。
今も声の端々に嬉しそうな声が混じっていた。
◇
結局ロンドンには一週間滞在した。
正確にはロンドン近郊の宿にだが。
その間に旅の物資と生活必需品を買い込んだ。
北部の地方都市であるグラスゴーと比べるとロンドンは圧倒的に物価が高く、グラスゴーでは上質なコースのディナーを食べれる値段でもロンドンではちょっと贅沢な晩ごはんといった感じのディナーしか摂れないなんてことはザラで、時には普段なら朝昼晩全てを食べれるような額がブレイクファストで吹き飛ぶ、なんてこともあった。
しかし、首都ロンドンの品揃えは最高で舶来品の食器など珍しい品が揃っている。
私も遥か東のジパングという国の「チャワン」という食器の美しさに一目惚れし、買ってしまった。
だが買ったはいいものの何を入れるものなのかが分からない。
「チャ」というのが「tea」を指す言葉とは知っていたので試しに紅茶を入れてみたがどうにも飲みにくい。
困ってアンナに聞いてみたらスープボウルに似ているから同じ用途なんだと言われたので、今はスープボウルとして「チャワン」は活躍している。
この「チャワン」以外にも「ハシ」や「チャキ」などのジパングの食器を買ったが、皆使い方がわからなかった。
そして一週間後に私たち二人はグラスゴーへ行く列車に乗り込んだ。
マイケル・ヤマシタ氏の著した「再見 マルコ・ポーロ『東方見聞録』」という写真集と沢木耕太郎氏の書いた「天露の旅人」を読みながら世界観を練っています。
どちらも名作なのでこんななろうを読む暇があるならまずそちらを読んでください。




