明日は三人でお買い物
「ばいんばいんやでぇ! ばいんばいんやでぇ!」
「っ! 母さん……」
突然聞こえた切子のダミ声に椋介は恨めしそうに舌打ちをして立ち上がり、ズボンのポケットから声の発生源である携帯電話を取り出し、通話ボタンを押した。
「もしもし」
「あ、椋介かい? あたしだけど」
「なんか用?」
声に不機嫌さを隠すこと無く、椋介は率直に用件を尋ねる。
「急にね、あたしが新しく入れた着ボイスを気に入ってくれるかどうか試したくなったんだよ。それで……」
「はあぁ……」
あまりにもくだらないと思える用件に、盛大な溜め息を吐きながら肩を落とした椋介は電話を切る。
「ばいんばいんやでぇ! ばいんばいんやでぇ!」
だが再び、耳障りな着信音が鳴り響いた。
「本題に入ろうって時に電話を切るなんて、悪い息子だねぇ」
再び通話の態勢に入った椋介の耳に入ってきたのは、切子の人を馬鹿にしたような笑い声だった。
「……で?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどねぇ……」
早く用件を言えという意図をたった一文字の言葉に込める椋介だが、まるで気にしていないといった調子で切子は本題を話す。
「明日のディナーショーに着ていく服、どんなのが良いだろうねぇ?」
「ノエルさんにでも聞いて下さい。あと何度も言ってますけど、人のケータイに変なモン入れないで下さい」
切子の言う本題を一蹴して、丁寧かつ投げやりな口調で切子の悪戯を注意した椋介はすかさず電話を切る。
「はぁ、まったく……」
携帯電話をポケットにしまうと、椋介は彩雨がほたるの問いになんと答えるのか気になったのを忘れて、また溜め息を零した。
「二人ってさ、明日は暇だったりする?」
居間で水羊羹を茶菓子に寛いでいたとき、ふと彩雨は椋介とほたるを交互に見る。
「明日か。ほたると買い物に行く予定だけど」
彩雨の質問に椋介は淡々とした調子で答えてから、湯飲みに入った熱い玄米茶を一口啜る。
「そうなんだ。それならさ、ボクも一緒に行っていい?」
「良いに決まってるだろ。なぁ、ほたる?」
「……ん」
彩雨の頼みをあっさりと承諾した椋介は、どうせ嫌とは言わないだろうと思いながらほたるに視線を向けると、水羊羹を口に含んでいたほたるは小さく頷く。
「じゃあ集まる場所は……お前、今日は“銀蔵”に泊まるんだよな」
「うん、そうだよ」
椋介は集合場所を決めようとするが、念の為にほたるの家を訪れる前に彩雨から聞いていた宿泊先を改めて確認する。
ちなみに、“銀蔵”とは、爺桜町の隣にある小さな町“白竜沼”に数多く存在する民宿の一つである。
「それなら、白竜沼の駅に十時くらいで集合。それでいいか?」
「問題無いのであります!」
「……そうか」
爽やかな笑顔で、警察官のような引き締まった敬礼をしながら彩雨は答える。
楽しみでしょうがない。
まさにそんな様子の彩雨だが、椋介も内心では楽しみにしており、二人のやり取りを見つめるほたるもニコニコとした笑みを浮かべる。
離れ離れだった幼馴染が、六年以上の時を経て一堂に介した今の状況が、椋介は非常に嬉しかった。
……たとえ、“二度目の別れ”がすぐに訪れるとわかっていても。




