ムックと彩雨
「ナハハ、悪かったねぇ椋介。うっかりしてたよ」
「はぁ、別に良いけどさ……」
玄関でのやり取りから数分後、先程まで風間親子が食事を摂っていたテーブルにて、椋介の隣に座る切子は言葉とは裏腹に悪気などまるで無さそうに笑う。
それを見た椋介は呆れたように小さく溜め息を漏らした。
明日こちらに来ると聞いていた幼馴染の突然の来訪。
切子と彩雨に話を聞くと、ただ単に切子が、彩雨の来る日を間違えていただけだった。
「うーん……」
椋介は真面目な顔で、自分と母に向かう形で座り、白いマグカップに入ったココアを飲む彩雨を見る。
「ん? どうしたの、ムック?」
「……顔を合わせるのは六年ぶりくらいなのに、お前は昔と全然変わってないと思ってさ」
自分の発した声に少し間を置いてから返事をした椋介の言葉を聞き、彩雨はムッとしたように眉根を寄せる。
「それって、ボクは全然成長してないってこと?」
「そうじゃないって。ただ、雰囲気が昔と変わってないって言ったのさ」
唇を尖らせジト目になる彩雨に、椋介は軽い調子で自身の発言に補足を加えた。
「あ、そういえば彩雨ちゃん。あんた、ほたるちゃんには会ったのかい?」
「“たるるぅ”ですか? いえ、まだです。明日会いに行くつもりでしたから」
「たるるぅ……ははっ」
中身が僅かに残るマグカップをテーブルに置き、彩雨は答える。
椋介は彩雨の口から出た“たるるぅ”という言葉を聞いて、懐かしさに思わず笑みを漏らした。
自分と彩雨、そして、もう一人の幼馴染。
三人一緒になって毎日のように遊んでいた頃をつい思い返しそうになる。
「ちょうどいいねぇ。椋介、これ」
「え……なに、母さん?」
自分の質問に対する彩雨の答えを聞いた切子はおもむろにエプロンのポケットに手を入れ、そこから取り出した五千円札をボンヤリとした様子の椋介に握らせた。
「せっかくだから二人でほたるちゃんのところに行ってきたらどうだい? 彩雨ちゃんが来たらあの子も喜ぶだろうし。ついでに、溜まってるツケも払っちまいな」
「ああ、なるほどね。彩雨、晩飯はほたるの家で食うってことでいいか?」
「う、うん! オッケーだよ!」
切子の意図を理解した椋介は彩雨に声をかける。
それに彩雨は嬉しそうに顔を綻ばせて大きく頷いた。
「それじゃ、さっさと準備するか。彩雨、玄関で待っててくれるか?」
「うん。えへへ、楽しみだなぁ」
楽しそうにニコニコと笑いながら、彩雨は椅子の背もたれに掛けていたウインドブレーカーを取りリビングを後にした。
「椋介、お釣りはちゃんと返すんだよ」
「……わかってるよ」
冗談のような軽い調子に聞こえる切子の声に椋介は少し間を置いて返事をして立ち上がり、テーブルに置いていた水玉模様の包装紙に包まれた小さい箱を片手に自室へ向かった。
「ムックはさ、今日はいくつチョコもらったの? あの娘……春巻さんだっけ? 彼女の分も入れて」
「春巻じゃなくて春町な。っていうか、なんでそんなこと聞くんだよ?」
粉雪舞う空の下、目的地に向かって歩きながら興味深そうに椋介の顔を覗き込んで彩雨は尋ねる。
「ムック、久しぶりに会ったらすごいカッコ良くなってたからさ……」
「うぇっ!? 彩雨……」
彩雨が何気なく口にしたであろう褒め言葉に、椋介は心底驚いたように目を見開く。
「お前、社交辞令なんて言えるようになったんだな。正直ガサツでバカ正直なままだと思ってたから、お兄さん嬉しいよ」
「しゃこーじれー? ……そ、それはともかく、結局いくつ貰ったの?」
大げさに涙を拭う仕草を見せながらも、からかうような口調で喋る椋介を見て首を傾げながら彩雨は質問の答えを求める。
「六つ。って言っても、クラス全員に配られた二つと、母さんから貰ったのも合わせてだけどな」
「ふーん……じゃあ、これで七つめだね」
椋介の答えを聞いた彩雨はウインドブレーカーのポケットから、一目見て市販のものとわかる包装の破れた板チョコを取り出し椋介に差し出す。
それを見た椋介は足を止めてすかさず後ずさる。
「なあ、これっていつからポケットに入ってたんだ?」
「ん? 今日買ったに決まってるじゃん。バレンタインなんだから」
「その言葉、信じたからな、っと」
彩雨に疑いを込めた視線を向ける椋介だが、嫌と言っても聞くわけが無いと思ったため渋々それを受け取った、次の瞬間……
「それじゃ、早くたるるぅの所に行こう」
「あ、ああ」
彩雨が屈託の無い笑顔で、椋介の左腕を掴んで歩き出す。
突然のことに戸惑いながらも、椋介は特に嫌がることも無く、急かしてくる彩雨に引っ張られるように歩き出した。




