犠牲の論理㈠
「混沌」の魔女と「秩序」の堕天使。最悪で最強な二人の狂気の共闘劇!
神々すらもその存在を恐れ、長きにわたり幾重もの封印を施してきた絶対的な次元の特異点――『虚無の庭園』。
一切の色彩と物理法則が剥がれ落ちたその灰色の世界を、二筋の極彩色の光が、猛烈な速度で空間を切り裂きながら駆け抜けていた。
一つは、周囲の絶対零度の虚無すらも焦がし尽くす、赤黒くドロドロと燃え盛る地獄の業火。
一つは、空間の歪みを強引に数式化し、最短距離の最適解を弾き出す、青白く鋭い天の雷光。
北條孝子と高清水凉子は、互いへの尽きることのない殺意を推進力へと変換し、庭園の最奥でこの宇宙そのものを飲み込もうと蠢いている巨大な次元の亀裂――『神託』のシステム中枢核へと向かって、並走しながら一直線に突撃していた。
『――愚カナ。過去ノ幻影ヲ打チ破ッタ程度デ、我ガ本体ニ届クト本気デ思ッテイルノカ。人間ノ器ニ収マッタ小娘ドモガ、宇宙ノ法則ソノモノヲ書キ換エル我ガ「虚無」ノ質量ニ、抗エルハズガナイ』
次元の亀裂から、何億というノイズが圧縮されたような、鼓膜ではなく脳髄を直接すり潰すような『神託』の重低音の思念が轟いた。
その瞬間、亀裂の周囲に渦巻いていた漆黒の不定形なエネルギーが、急速に凝縮し、巨大な「壁」となって二人の前方に立ちはだかった。
それは、単なる物理的な防壁ではない。光も、熱も、魔力も、そして「攻撃した」という事象や因果律そのものを完全に飲み込み、無かったことにしてしまう、絶対的な『事象の地平線』であった。
「……邪魔ですわッ! わたくしの極上の刃の前に、その薄汚い泥の壁ごと、塵となって消えなさいあそばせ!」
孝子は、一切の減速をすることなく、右手に握った電光剣をフルパワーで振り被り、真っ向からその漆黒の防壁へと激突した。
ドゴォォォォォォンッ!!
地獄の底から引きずり出した極限の熱量とサディズムの塊が、防壁の表面で凄まじい爆炎となって弾ける。だが、その炎は壁に亀裂を入れるどころか、まるで底なし沼に吸い込まれるように、ジュウゥゥッという嫌な音を立てて次々と飲み込まれ、完全に無力化されていく。
「……ダボが。力任せに突っ込んでも、エネルギーを浪費するだけやんか。少しは自分の脳味噌で計算っちゅうもんをしなさいな」
凉子は、孝子の無謀な突撃の横をすり抜けながら、左手の『月詠の刃』に青白い雷光を極限まで纏わせ、防壁の霊的密度の最も薄い座標――論理的な脆弱性を寸分の狂いもなく狙い澄まして突き刺した。
キィィィィィンッ!!
水晶の刃と漆黒の防壁が激突し、プラズマの火花が周囲の虚無を青く照らし出す。
しかし、凉子の氷のように冷たい青い瞳が、伊達眼鏡のディスプレイに表示された演算結果を見て、驚愕に僅かに見開かれた。
(……な、んやて……!? 私の算出した雷の貫通力が、一〇〇パーセント完全に相殺されとう……!? いや、相殺やない。私が放った『秩序』のエネルギーそのものが、この壁の中で『混沌』へと強制的にフォーマット変換されて、逆に防壁の強度を増すためのシステムに利用されとんや……!)
『――ムダダト言ッテイルダロウ。我ガ防壁ハ、全テノ事象ヲ「無」ニ帰ス。地獄ノ業火モ、天ノ雷光モ、コノ壁ニ触レタ瞬間ニソノ意味ヲ失イ、我ガ糧トナルノダ。……サア、絶望ノ淵ニ沈ミ、オ前タチノソノ「個」ノ意志ヲ、我ガ法則ニ明ケ渡セ』
神託の嘲笑と共に、漆黒の防壁の表面から無数の太い触手が弾丸のような速度で射出され、空中に留まっていた孝子と凉子の身体を容赦なく弾き飛ばした。
「きゃああっ!?」
「くっ……!」
二人は、灰色の砂漠の上を数十メートルも転がり、体勢を崩した。孝子のドレスコートは所々が破れ、凉子の純白のスーツには激しいノイズのような焦げ跡が刻まれている。
立ち上がり、血の滲む口元を拭いながら、孝子は憎悪に満ちた目で巨大な漆黒の防壁を睨みつけた。
「……ふざけないでちょうだい。ただの泥の壁の分際で、このわたくしの炎を喰らうなどと……。どんなに硬い壁であろうと、必ずその内側に恐怖と苦痛の悲鳴を上げる『核』があるはずですわ。わたくしが、何万回でも、何十万回でも切り刻んで、その壁を泣き叫ぶまで削り取ってさしあげますわ!」
孝子のプライドは、全く折れていなかった。彼女は再び電光剣を構え、自らの魂そのものを燃料にするかのように、先ほどよりもさらに巨大で、どす黒い業火のオーラを立ち昇らせた。
だが、その隣でゆっくりと立ち上がった凉子の様子は、明らかに違っていた。
彼女は、ショック棒を下ろし、伊達眼鏡の奥の青い瞳で、目の前の絶対的な防壁と、その奥に潜む次元の亀裂を、感情を完全に排した、恐ろしいほどに冷徹な機械のような眼差しでスキャンし続けていたのだ。
彼女の脳内にある超高速の論理回路が、現在の状況、互いの残存エネルギー量、防壁の質量、そして神託が持つ『事象の地平線』の概念的強度を、何億通りものシミュレーションにかけている。
その全てが弾き出した結論は、残酷なまでに明確であった。
(……突破確率、〇・〇〇〇〇〇一パーセント以下。事実上の、ゼロやわ)
凉子は、内心で氷のように冷たい絶望の数式を処理した。
(あの壁は、物理的な装甲やない。この宇宙の『ある』という状態を『ない』に変換する、究極のブラックボックス。地獄のネズミさんの炎をいくら足し算したところで、ゼロを掛けられれば結果はゼロ。……月読の神様から貰ったこの『月詠の刃』なら、あの奥にある因果の糸を断ち切れる。せやけど、その刃を届かせるための『道』をこじ開けるだけのエネルギーが、今の私たち二人には決定的に足りてへん)
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