蒼き断罪㈡
「混沌」の魔女と「秩序」の堕天使。最悪で最強な二人の狂気の共闘劇!
「小細工はいらへんよ、亨さん。そんなん美しくないやん。ただでさえ泥まみれで醜い連中を、暗闇の中でコソコソと処理するなんて、私の美学に反するわ。彼らを、私の今宵の論理的思考のウォーミングアップ……『前菜』としたるわ」
凉子は、スイートルームのバルコニーの縁に優雅に足をかけると、十五階という途方もない高さの闇夜へと、何一つ躊躇うことなく、音もなくその身を翻した。
かつて堕天使であった彼女の身体能力と、空間の物理法則を脳内演算で瞬時に書き換える力は、人間のそれを遥かに、絶望的なまでに凌駕している。重力という絶対的な概念さえも完全に無視するかのように、彼女は垂直に切り立つホテルの外壁を、まるで優雅なフィギュアスケートのステップを踏むように滑らかに駆け下り、敵が密集するプールサイドのど真ん中へと、水たまりの飛沫一つ上げることなく音もなく着地した。
「なんや、お嬢ちゃん。こんな夜更けに、こんなとこで何してんねん? ここは子供の遊び場ちゃうで!」
「迷子か? ええ度胸しとるやないか。それとも、ウチの若頭への『献上品』のつもりか?」
突然、夜空から舞い降りた女子高生の姿に、ヤクザたちは一瞬呆気にとられたものの、すぐに下品で野卑な笑いを浮かべ、ニヤニヤと卑猥な視線を頭から爪先まで這わせながら、じりじりと距離を詰めてきた。
「……あんたたち、こんな所で何しとん?」
凉子は、周囲を囲む醜悪な男たちを一瞥すると、その完璧な姿勢を崩すことなく、ゆっくりとおっとりした口調で問いかけた。
「あァ? 何しとんって、見りゃわかるやろが。俺たちは今から関東の連中を血祭りに上げるんや。邪魔すんなら、お前も――」
「私は、あんたたちみたいな『美しくないノイズ』を、この世界から消去するために来とんの。ごっつい迷惑やから、さっさと永遠の眠りについてや」
言い終わると同時、凉子はスカートのベルトに差していた、銀色に冷たく輝くショック棒を抜き放った。
「ダボが! 何寝言ぬかしてやがる!」
先頭にいた大柄で刺青まみれの男が、激高して嘲笑いながら太い腕を伸ばそうとした、まさにその瞬間だった。
凉子の姿が、男たちの視界から完全に消失した。否、消えたのではない。彼女は、物理法則を完全に無視した圧倒的な初速で敵の懐へと飛び込み、ワルツを踊るような滑らかなステップで、ショック棒の先端を大柄な男の頸動脈へと正確無比に押し当てていたのだ。
バチッ!!
静かで、しかし強烈な青白い閃光が、雨の夜に弾けた。
「……っ!」
男は、悲鳴を上げる間も、己の身に何が起きたのかを理解する間も、そして苦痛を感じる間さえもなかった。その巨体は、まるで操り人形の糸を唐突に切られたかのように一瞬で硬直し、白目を剥いて、ドサリと重い音を立ててその場に崩れ落ちた。完全なる即死である。
彼女が振るうショック棒は、ただの高電圧を流すスタンガンなどという野蛮な代物ではない。対象の生体電流の波形を瞬時に解析し、心臓の鼓動と脳髄の活動にのみ、計算し尽くされた致死量の特殊な周波数の電流をピンポイントで流し込む。一切の物理的な損傷を肉体に与えず、一切の苦痛も与えず、ただ「生命活動」という生体システムを「強制終了」させるのだ。
それこそが、感情に流された残虐な殺人を忌み嫌う凉子なりの、無機質な「慈悲」であり、堕天使としての完璧な「懲らしめ」であった。
「な、なんや!? 兄貴が! こ、こんダボが! このアマ、殺せ!!」
仲間が一瞬にして絶命したのを見て、残りの三十名近いヤクザたちが一気に恐慌状態に陥り、怒号を上げながら一斉に日本刀や拳銃を構えて凉子へと殺到する。
だが、凉子の美しく整った表情には微塵の焦りもない。彼女の伊達眼鏡のディスプレイには、男たちの筋肉の収縮率、視線の動き、武器の軌道、そして雨風の抵抗値までもが、全て青いデータとしてリアルタイムで表示され、最適な回避ルートと攻撃ポイントが、ミリ秒単位で算出されていた。
「遅すぎるやん。あんたらの動きには、知性も論理もあらへん。ただの獣の暴走やな。ごっつい美しくないわ」
凉子は、男たちの力任せに振り下ろす刃や、無軌道に放たれる銃弾を、最小限の動きで――数ミリの首の傾げ、半歩のステップ、手首の滑らかな返しだけで――完璧に躱していく。その姿は、激しい雨の中を舞う青い蝶のように美しく、そして絶望的なまでに致命的だった。
彼女はショック棒を、次々と男たちの急所――首筋、こめかみ、心臓の上――へと正確に当てていく。
バチッ! バチッ! バチッ!
青白い閃光が弾けるたびに、男たちが音もなく、ただの一度の悲鳴も上げることなく崩れ落ちていく。血の一滴も流れない。苦痛の呻き声も上がらない。ただ、命という名のスイッチが、次々とオフにされていくだけだ。
「ヒィィッ! ば、化け物……! 撃て! 撃ちまくれ!」
逃げ出そうとしながらも、恐怖のあまり乱射を始める残りの十数名の男たちを見て、凉子は心底呆れたように小さく溜め息をついた。
「……こんダボが。神聖な論理の場を、そんな野蛮な火薬の匂いで汚すんやないわ」
凉子は、ショック棒のスイッチを切り替え、もう一つの形態へと移行させた。
一見するとただの金属製の柄にしか見えなかったそれから、青白いプラズマの超高圧電流が迸り、長さ数メートルに及ぶ光の鞭となって、大気を焦がしながらうなりを上げた。
電流鞭。対多数を瞬時に、かつ効率的に制圧するための、彼女のもう一つの切り札である。
X(Twitter)でも連載しています。
https://x.com/TakumiFuji2025
魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




