理(ことわり)なき世界㈠
「混沌」の魔女と「秩序」の堕天使。最悪で最強な二人の狂気の共闘劇!
神々の最高位たる天照大御神の力によってこじ開けられた、白銀の光を放つ次元の回廊。
その光の扉を抜け、宇宙の法則の外側へと身を投じた二人の少女の感覚は、およそ人間の脳髄では処理しきれない、恐ろしいほどの情報量の欠落と暴走に見舞われていた。
光も、音も、温度も、重力すらも存在しない。
上へ落ちているのか、下へ昇っているのか。一秒が経過したのか、それとも数万年の時が過ぎ去ったのか。三次元の物理法則という「当たり前の枠組み」が完全に剥がれ落ちたその絶対的な奔流の中で、彼女たちの肉体を構成する原子は、今にもバラバラに分解され、宇宙の塵となって四散してしまいそうになっていた。
(……ダボが。なんちゅうデタラメな空間や。私のスーツに組み込まれた慣性制御も、空間認識センサーも、全部が完全にエラーを吐き出しとうわ)
高清水凉子は、純白の特殊戦闘スーツから数万ボルトの青白いプラズマを全開で迸らせ、自らの周囲に強固な『論理の力場』を展開することで、かろうじて自らの肉体と精神の形を維持していた。伊達眼鏡のヘッドマウントディスプレイには、見たこともない文字列のエラーコードが滝のように流れ続け、彼女の誇る並外れた演算能力をもってしても、この次元の狭間の座標を特定することは完全に不可能であった。
(……ひどく息苦しくて、不快な感覚ですわ。地獄の釜の底で業火に焼かれる方が、まだしも肌に触れる熱があるだけマシというものですの)
北條孝子もまた、漆黒のドレスコートを激しい次元の風に煽られながら、自らの魂の底から無限に湧き出す『地獄の業火』を赤いオーラとして全身に纏い、その強烈な「個の力」だけで、虚無の圧力による魂の分解を強引に跳ね返していた。
永遠にも一瞬にも感じられる、名状しがたい次元のトンネルの滑落。
やがて、二人の少女の足先が、何らかの「抵抗」を捉えた。
ドサッ、というくぐもった音――いや、それは空気を振動させた音ではなく、彼女たちの脳髄が「着地した」という事象を強制的に処理したことによる、幻聴のようなものであった。
二人は、膝をつくことなく、背中合わせの陣形を保ったまま、その未知の領域へと降り立った。
そこは、「庭園」と呼ぶにはあまりにも異質で、おぞましく、そして徹底的に「色彩」が欠落した世界であった。
見上げる天空には、太陽も月も星々もなく、ただドロドロとした鉛色の重い雲のようなものが、極めて低い位置でゆっくりと渦を巻いている。そして足元には、見渡す限りの広大な荒野が広がっていた。だが、その地面を覆っているのは土でも砂でもなく、まるで人間の死体をすり潰して乾燥させたかのような、生気の一切ない「灰色の粉」であった。
その灰色の荒野の至る所から、天に向かって捻じ曲がり、苦痛に喘ぐ亡者の手のように枝を伸ばした、真っ黒な枯れ木が林立している。葉の一枚も、花の一弁もついていないその枯れ木群の立ち並ぶ様は、まさに世界が死滅した後に残された、巨大な墓標のようであった。
「……ここが、天照が『始まりの庭』と呼んだ場所? 冗談がお上手ですわね」
孝子は、ドレスコートの裾に付着した灰色の粉を忌ま忌ましげに払い落としながら、周囲の死の世界を漆黒の瞳で睨みつけた。
「生命の息吹も、それを焼き尽くす苦痛の炎も、そして絶望の悲鳴一つ響かない。……ただただ、退屈で、無価値で、美しさの欠片もない『無』の掃き溜めではありませんの。このような便所の底から、あの生意気な黒椿が湧いて出たというのかしら」
「……ごっつい、非論理的でバグだらけの空間やわ」
凉子は、伊達眼鏡のディスプレイを何度かタップし、システムを再起動させようと試みたが、表示されるのは砂嵐のノイズだけであった。
「大気成分の解析不能。重力定数の計測不能。……それどころか、私の立っとうこの地面、一歩踏み出すごとに、アスファルトみたいに硬くなったり、泥沼みたいに沈み込んだり、物理的な硬度が秒単位で変動しとる。……ここは、私たちの知る宇宙の法則が、根本から適応されへん『エラー領域』そのものやね」
凉子は耳元の通信機に触れ、漆黒の移動ラボラトリーの車内にいる詫間亨への接続を試みた。
「……亨さん、聞こえとう? こちらの座標データの送信、及びバックアップのリンク状況を報告してちょうだい」
だが、返ってきたのは、ザーッという完全なホワイトノイズだけであった。
「……ダボが。完全にオフラインやわ。天照が言うとった通り、この空間は私たちの宇宙のネットワークから完全に隔離されとんのやね」
凉子は舌打ちをし、通信機の電源を物理的に切った。
「ガーディの気配も、完全に途絶えましたわ。……どうやら、わたくしたちは本当に、この退屈な色のない世界に、二人きりで放り出されてしまったようですわね」
孝子は、右手に地獄の業火を宿した電光剣のグリップを、左手に氷のように冷たい千枚通しを握りしめ、優雅な微笑みの裏に極限の殺意を隠して周囲を見渡した。
「……堕天使様。わたくしの背中を預けているのは、あくまでこのバケモノの巣を叩き潰すまでの仮初めの契約。わたくしの歩幅に遅れたら、容赦なく置いていきますわよ」
「……お黙りなさいな、地獄のネズミさん。あんたのその野蛮な炎こそ、私の完璧な演算ルートの邪魔やわ。少しでもノイズを出したら、敵より先にあんたを雷でデリートしたるから、せいぜい大人しゅう歩きなさいな」
互いに悪態を付きながらも、二人の少女は背中を合わせ、死角を完全にカバーし合う形で、灰色の砂を踏みしめて歩き出した。
目指すは、この無限に続くかと思われる狂気の庭園の中心。
天照の八咫鏡に映し出されていた、あの『神託』の膿が漏れ出していた、巨大な次元の亀裂の座標である。
だが、二人が歩みを数十歩進めた、その時であった。
『――ヨウコソ。美シクモ、愚カナ、二ツノ迷イ子ヨ』
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




