託された短剣㈠
「混沌」の魔女と「秩序」の堕天使。最悪で最強な二人の狂気の共闘劇!
光そのもので構築された伊勢神宮・内宮の地下深層、絶対的な神気の満ちる正宮の最奥。
日本の最高神である天照大御神から突きつけられた「究極の選択」を前にして、二人の少女の間に降り降りた沈黙は、しかし、迷いや絶望から来るものでは決してなかった。
宙に浮かぶ巨大な八咫鏡の表面には、今この瞬間も、宇宙の法則の外側から侵食を続ける『神託』の悍ましい漆黒の膿が、次元の亀裂からドロドロと漏れ出し続けている光景が映し出されている。それを真っ直ぐに見据える東の魔女と西の堕天使の瞳には、神の圧倒的な威圧すらも焼き尽くさんばかりの、強烈で傲慢な「エゴ」の炎が静かに、そして確実に燃え上がっていた。
「……ふふふ。アハハハハハッ!」
神聖なる絶対的な静寂を切り裂き、光の神殿に銀の鈴を転がすような、しかしひどく毒々しく残忍な高笑いが響き渡った。
北條孝子である。彼女は、自らの口元を美しいアンティークの扇子で覆い隠し、肩を震わせて心底可笑しそうに、狂気的に笑っていた。
「本当に、滑稽で腹立たしいお話ですわ。この日本の最高神であらせられる天照様が、こともあろうに、わたくしのような地獄の泥水を啜って生き延びた罪人に、世界の救済を懇願なさるだなんて。……わたくしたちが『神託』の遊び盤の上の駒なら、あなた方神様は、エラーを起こした盤面をただオロオロと見つめるだけの、ひどく無能で退屈な観客に過ぎませんのね」
「……ダボが。ホンマに笑えん冗談やわ」
高清水凉子もまた、氷のように冷たく無機質な青い瞳で、光の玉座に座す天照を真っ直ぐに、一切の畏れを抱かずに睨みつけた。
「要するに、あんたら古いシステムじゃ処理しきれへん巨大なバグを、私たちみたいなイレギュラーに丸投げするっちゅうことやろ。宇宙の法則の『内側』におる管理者やから、法則の『外側』から来たバグには手も足も出えへん。……ごっつい非論理的で、美しくない欠陥システムやね。そんな旧時代のポンコツな防壁じゃ、この世界が侵食されてまうのも時間の問題やわ」
神に対する、あまりにも不敬で傲慢な物言い。
だが、天照も、その傍らに控える月読命も、決して怒ることはなかった。むしろ、その圧倒的なまでの「個」の強さと、何者にも支配されない絶対的なエゴイズムこそが、今、この崩壊の危機に瀕した宇宙を救うために必要な唯一の力であることを、彼らは誰よりも深く、そして冷徹に理解していたのである。
「ええ、その通りです。我々は、この宇宙の『理』を維持するための歯車。理の枠組みを外れることは、我々自身の存在の消滅を意味します」
天照は、悲しげに、しかし確かな希望を込めて二人の少女を見つめた。
「ですが、貴女方は違う。地獄のシステムから脱獄した『混沌』と、天界のシステムから自ら堕ちた『秩序』。……貴女方はすでに、この宇宙の法則から半分足を踏み外した、美しき『バグ』なのです。だからこそ、理の外側から来た『神託』の干渉を強引に跳ね除け、その中枢に直接刃を届かせることができる。……貴女方こそが、この盤面を完全にひっくり返す、唯一のデウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)なのです」
「……神扱いされるなんて、虫酸が走りますわ」
孝子は扇子をパチンと閉じ、漆黒のドレスコートの裾を優雅に払って立ち上がった。
「勘違いなさらないでくださいましね、神様。わたくしは、この世界を救うためにあの薄汚いバケモノの巣に乗り込むわけではありませんの。わたくしの愛するガーディの魂を拷問して弄び、わたくしの極上の『お稽古』を邪魔したあの生意気な観測者(黒椿)の顔を、恐怖と絶望で醜く歪ませて八つ裂きにするため……ただ、それだけのためですわ。結果的にこの世界が救われるとしたら、それはわたくしの芸術の、ほんの些細な副産物に過ぎませんのよ」
「私も同じやわ。世界平和なんていう不確かなモンに、一ミリも興味あらへん」
凉子もまた、純白の特殊戦闘スーツを翻して立ち上がり、銀縁の伊達眼鏡を中指でクイッと押し上げた。
「私の完璧な論理を乱し、亨さんという私の大切な『翼』を不快な方法で傷つけたあのバグ……。絶対に許容できへん。この宇宙の秩序を脅かす存在は、私の手で、塵一つ残さず完全に浄化する。……それだけのことやわ」
二人の少女は、眩い光の神殿の中央で、互いの顔をゆっくりと見合わせた。
そこに友情や共感は一切存在しない。あるのは、互いの「美学」への絶対的なまでの自負と、相手への強烈でドロドロとした対抗意識だけだ。
孝子が、白魚のような美しい右手をスッと差し出した。ただし、それは握手や和解を求めるものではない。その指先には、地獄の業火を微かに纏った氷のように冷たい『千枚通し』が、凉子の白い喉元を正確に狙って握り込まれていた。
「堕天使様。わたくしの極上の芸術を完成させるため、そしてあのお高く止まったバケモノの心臓をえぐり出すため……。一時的に、あなた様のその無機質で退屈な雷を、わたくしの『踏み台』として利用してさしあげますわ。せいぜい、足手まといにならないことね」
凉子は、その千枚通しの鋭い切っ先を前にしても微塵も動じず、自らの左手に握った『ショック棒』の先端を、孝子の心臓の座標へと正確に向けた。
「……地獄のネズミさん。私の完璧な演算を実行し、あの巨大なエラーコードを完全に消去するため……。あんたのその野蛮で下品な炎を、一時的な『防壁』として私のシステムに組み込んだるわ。もし一瞬でも私の計算を狂わせたら、神託より先にあんたをショートさせるから、せいぜい大人しゅうしときなさいな」
互いの急所に致命的な刃を突きつけ合ったまま交わされた、歪みきった絶対的な休戦協定。
それを見た月読命は、静かに一つ頷き、二人の間へと音もなく滑るように歩み寄った。
『……その強烈な意志、確かに見届けた。ならば、我ら神々が持ち得る最高の干渉手段を、貴女方に託そう』
月読命が両手を虚空にかざすと、周囲に漂う青白い満月の光が、彼の掌の上で極限まで凝縮し、二つの短い光の柱を形成した。
光が限界まで収束し、実体化したそれは、二振りの美しい「短剣」であった。
一振りは、光を全て吸い込むような絶対的な漆黒の刃を持ち、柄には禍々しい赤い紋様が刻まれている。
もう一振りは、光を乱反射するような透明な水晶の刃を持ち、柄には冷たい青の幾何学模様が刻まれている。
『これぞ、天照の神気と我が月光を練り上げた概念の刃……『月詠の刃』』
月読命は、漆黒の短剣を孝子へ、水晶の短剣を凉子へと、それぞれ恭しく差し出した。
『この刃は、物理的な肉体を切り裂くためのものではない。宇宙の法則を書き換えようとする外なる神々……『神託』と、この世界を繋ぐ「因果の糸」そのものを切断するための、概念的な特効兵器だ』
「……因果の糸を、切断する?」
孝子は、漆黒の短剣のグリップを握りしめた。その瞬間、剣から流れ込んでくる冷たくも圧倒的な神気に、彼女の地獄の魂が微かに反発し、不快な火花を散らした。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




