禁足地への道㈡
「混沌」の魔女と「秩序」の堕天使。最悪で最強な二人の狂気の共闘劇!
「……なるほど。流石はわたくしの『翼』やね。その細い糸の穴を通すような真似、わたくしの計算なら朝飯前やわ」
凉子は、伊達眼鏡を中指で押し上げ、満足げに頷いた。
『――いや、お待ちくだせえ、ネズミの旦那』
モニター越しに、ガーディの影が不気味に揺らめいた。
『あんたのその立派な計算には、致命的な見落としがありやすぜ。その五十鈴川の水脈……そこは確かに結界の『出口』ではありますが、同時に、神域に侵入しようとする『穢れ』を感知した瞬間、それを浄化し、黄泉の国へと強制的に押し流すための、強力な『神罰の奔流』が吹き荒れる防衛ラインでもありやす。お嬢様の地獄の瘴気ならいざ知らず、凉子様とて、天界を追放され『堕ちた』身。あの圧倒的な浄化の奔流に正面から触れれば、ただでは済みやせん。システムごと完全にショートさせられちまいますぜ』
「……なんですって?」
凉子の青い瞳が、不快感に鋭く細められた。
「私の完璧な秩序が、あんな古臭い神の浄化ごときに弾かれると言うのんか」
「うふふふ……。あなた様の『論理』も、所詮はその程度の穴だらけの代物でしたのね」
孝子が、勝ち誇ったように妖艶な笑みを深める。
「わたくしがいなければ、お入りになることすらできないなんて。本当に、手のかかるお人形ですこと」
「……ダボが。言いたいことがあるなら、さっさと言いなさいな。あんたのその悪趣味な頭の中に、何か小賢しい策があるんやろ?」
凉子の冷たい視線を受け、孝子は千枚通しの切っ先を自らの唇にそっと当てながら、地獄の悪魔のように残酷で、そして理にかなった提案を口にした。
「……ガーディ。あなた様の力で、その五十鈴川の水脈に、ありったけの地獄の『穢れ』を流し込みなさい」
『へっ? 五十鈴川に、でさァか?』
「ええ。この世のものとは思えないほどの、濃密で吐き気のするようなドロドロの瘴気を、その『排水口』に向かって一気に逆流させるのです。……そうすれば、神域の結界は、その巨大なエラーを排除しようとして、過剰な防衛反応を起こすはず」
『――なるほど!』
亨が、孝子の言葉の真意を瞬時に理解し、モニター越しに目を見開いた。
『ガーディの放つ規格外の瘴気に反応し、結界の『神罰の奔流』は一気に最大出力まで引き上げられ、排水口の穴を無理やり押し広げます。……孝子様は、そのご自身の『穢れ』に完全に同化し、カモフラージュすることで、奔流の逆波に乗って一気に神域の内部へとダイブするおつもりですね!』
「その通りですわ」
孝子は、自らの命を賭けた狂気的なダイブを、まるで夜会でのダンスのステップを語るかのように平然と言ってのけた。
「わたくしは地獄の底で、あらゆる苦痛と穢れを喰らって生き延びた身。あの程度の神の奔流など、わたくしの芸術の前にひれ伏させてご覧に入れますわ。……そして、堕天使様」
孝子は、画面越しの凉子を、挑発的に見据えた。
「あなた様は、わたくしの放った瘴気が神罰の奔流によって完全に洗い流され、結界のエネルギーが一瞬だけ底をつく、その『浄化の凪』のコンマ数秒を狙って、お入りになればよろしいのですわ。……それくらいのこと、あなた様のご自慢の計算力があれば、造作もないことでしょう?」
「……」
凉子は、沈黙した。
それは、相手の力を利用しなければ突破できないという自らの不完全さに対する怒りであり、同時に、この泥臭い地獄の魔女が、誰よりも正確で、最高に効率的な「論理的最適解」を弾き出したことに対する、認めざるを得ない苛立ちであった。
「……分かっとうよ」
凉子は、深く溜め息をつき、伊達眼鏡のディスプレイに新たな演算式を入力し始めた。
「あんたのその下品で野蛮なオカルトの力を、私の完璧な論理の踏み台にしたるわ。……ただし、地獄のネズミさん」
凉子の声が、絶対零度の冷気を帯びてモニター越しに突き刺さる。
「私が神域に到達するまで、絶対に余計な『お掃除』はせえへんことやね。あんたのその赤い炎で神域を無闇に汚して、天照とかいうシステムの管理者の怒りを買えば、私の計算が全部狂ってしまう。……約束を破ったら、神託の前に、あんたの首を先に雷で撥ねた上でデリートするから、せいぜい大人しゅうしときなさいな」
「あらあら、ご心配なく。わたくしはただ、目的のバケモノの首を狩るまで、静かに散策を楽しむだけですわ。……まあ、道中で美しくない虫けらが寄ってきたら、無意識に指先で捻り潰してしまうかもしれませんけれど」
孝子は、狂気に満ちた笑みを隠すことなく、通信を一方的に切断した。
決して交わることのない、混沌と秩序。
だが、互いの目的を達成するためだけに、二人は自らの美学を限界まで歪め、相手の力に自らの命を預けるという、最も不快で、最も理にかなった連携作戦をここに成立させたのである。
午前三時。
伊勢神宮・内宮の脇を静かに流れる、五十鈴川のほとり。
月光すら届かない深い闇の中、鬱蒼とした木々に囲まれた川面は、まるで神々の流した涙のように清らかで、触れることすら躊躇われるほどの神聖な気配に満ちていた。
その川岸に、音もなく一台のステルス車が停止し、中から純白のスーツに身を包んだ凉子が、ふわりと地面に降り立った。彼女は川面を見下ろし、伊達眼鏡のディスプレイに流れる青いデータストリームで、結界の境目を正確に測っている。
そして、彼女から数十メートル離れた対岸の深い茂みの中。
そこには、紀伊山地から影の回廊を使って瞬時に移動してきた、漆黒のドレスコートを纏う孝子と、その背後に立つガーディの姿があった。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




