反逆の狼煙(のろし)㈢
「混沌」の魔女と「秩序」の堕天使。最悪で最強な二人の狂気の共闘劇!
絶対防御を破られた黒椿の左肩に、赤い炎を纏った千枚通しが、深々と、肉を焼く嫌な音を立てて突き刺さった。
同時に、シールドが破れて軌道を取り戻した凉子の電流鞭の先端が、黒椿の美しい顔の右半分を、青白いプラズマで容赦なく鞭打つ。
「……ぁ、あああああっ!!」
常に感情を排した無機質な微笑みを浮かべていた黒椿の口から、初めて、人間らしい苦痛と驚愕の入り混じった絶叫が漏れた。彼女の漆黒の着物の袖が業火に焼かれてボロボロに引き裂かれ、右の頬には雷光によって醜い火傷の痕が刻み込まれる。
黒椿の姿勢が大きく崩れ、彼女がビルから転落しそうになったその瞬間。
彼女の精神的な集中が途切れたことにより、ビルの壁面に投影されていた、ガーディと亨が拷問を受ける巨大なホログラム映像が、ザーッという激しいノイズと共に、一瞬にして掻き消えた。
現実空間と、電子的・霊的な隔離空間を繋いでいた『神託』のシステムに、致命的なバグが生じたのである。
『……お、お嬢様ッ!! 通信が……繋がりましたぜ! 拘束の呪詛が、急激に弱まっておりやす!』
孝子の足元の影から、ひどく掠れてはいるものの、確かな生気を伴ったガーディの声が飛び込んできた。
『……凉子、様……! メインサーバーへの不正アクセス、遮断に成功……しました! システムの主導権、取り戻せます……!』
空中で体勢を崩しかけた凉子の耳元の通信機にも、息も絶え絶えではあるが、決して論理を諦めない亨の力強い声が届いた。
「……フン。ざまあないですわね」
地上に着地し、ドレスコートの裾を優雅に払いながら、孝子はビルの屋上を見上げて、冷酷でサディスティックな笑みを浮かべた。
「……ダボが。わたくしの論理を舐めるから、自らシステムをクラッシュさせる羽目になるんやわ。……ざまあみさらせ」
空中で体勢を立て直し、ふわりと向かいのビルの屋上に着地した凉子もまた、焼け焦げた頬を押さえて膝をつく黒椿を見下ろし、氷のような声で吐き捨てた。
「……おのれ……! この、下等な、人間の器に収まっただけの異常者どもが……!」
黒椿は、左肩に刺さった千枚通しを引き抜くと、そこから真っ黒な血を流しながら、ギリリと歯軋りをした。彼女の顔から、あの余裕の仮面は完全に剥がれ落ちていた。
「わたくしの『観測』の次元を、物理とオカルトの融合で破るなど……。まさか、互いを殺し合うはずの憎悪が、これほどの『不協和音』を奏でて、システムの裏をかくとは……! 計算外の、あまりにも忌ま忌ましいバグですわ……!」
黒椿は、憎悪に満ちた目で二人の少女を睨みつけた後、自らの身体を真っ黒な霧のようなノイズへと変換し始めた。
「……今日のところは、この辺で引かせていただきますわ。ですが、忘れないことね。あなた様方の魂に刻まれたその歪みは、いずれ必ず、あなた様方自身を破滅の底へと引きずり込むでしょう。……我ら『神託』の計画は、まだ終わってはおりませんのよ……!」
呪詛のような捨て台詞を残し、黒椿の姿は、京都の冷たい雨の夜空へと、まるで幻のように完全に溶けて消え去った。
後には、雨音だけが響く本能寺跡の静寂が残された。
ビルの屋上からふわりと地上に舞い降りた凉子は、純白のスーツの汚れを気にするように払いながら、少し離れた場所に立つ孝子へと、冷たい視線を向けた。
孝子もまた、闇の中から手元に戻ってきた千枚通しの血を拭いながら、凉子を無機質な目で見返した。
互いのサポート役の無事が確認できた今、ここで殺し合いを再開する理由は、論理的にも感情的にも存在しない。しかし、だからといって、互いの魂に刻まれた嫌悪感が消えたわけでは決してなかった。
「……勘違いなさらないでくださいましね、堕天使様」
孝子が、扇子をパチンと開き、氷のような声で口火を切った。
「わたくしは、あのような無粋で、高慢ちきな輩に、これ以上わたくしの美しい日常と、大切なお稽古の時間を覗き見されるのが、どうしても我慢ならなかっただけですわ。……あなた様を助けたわけでは、断じてありませんのよ。あなた様はいずれ、わたくしの手で、じっくりと絶望の淵へ沈めてさしあげる極上のおもちゃなのですから」
「……同感やわ、地獄のネズミさん」
凉子もまた、伊達眼鏡を中指で押し上げ、感情の欠落した声で応じた。
「あんな、他人のシステムに不正アクセスしてゲーム盤を支配した気になっとうような巨大なバグ、私の秩序が絶対に許さへん。完全にデリートせな、気が済まへんのよ。……あんたのその野蛮な力も、いずれ私が塵一つ残さず浄化してあげるさかい。それまで、せいぜいその首、洗って待っときなさいな」
言葉の裏には、依然として強烈な殺意が隠されている。
だが、二人は互いに背を向けた。
『神託』という、自らの日常と尊厳を脅かす巨大なバグを、この世界から完全に消去するその日まで。互いの干渉を避け、背中を刺すことだけは一時的に保留にする。
それは、握手も、署名もない、言葉だけの冷徹な「不可侵条約」。
決して交わることのない二つの刃が、共通の絶対的な敵を前にして結んだ、氷のように冷たく、そして狂気に満ちた、仮初めの休戦協定であった。
雨の降り続く本能寺跡から、二人の少女の姿が、それぞれ全く別の闇の中へと、音もなく消えていった。
古都の因果の地で打ち上げられた反逆の狼煙は、やがて来る『神託』との真の最終決戦へと向けて、二人の少女の魂を、後戻りできない残酷な運命のレールへと乗せたのである。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




