最悪の共同戦線㈢
「混沌」の魔女と「秩序」の堕天使。最悪で最強な二人の狂気の共闘劇!
「我々に残された時間は多くありません。これは、『神託』から送られてきた、
『アルカディア財団』の富士地下要塞の、各種データから推測される推定見取り図です」
亨がタブレットを操作すると、空中に青白いホログラムが投影され、樹海の地下深くに広がる、まるで巨大な蟻の巣のような複雑怪奇な施設の全貌が映し出された。
「……ふん」
ガーディが、その精緻なホログラム地図を、影に覆われた顔で冷ややかに一瞥し、鼻で笑った。
「紙の上のお遊びにございまするな、ネズミの旦那。そのような物理的な『道』のデータなど、この呪われた森の中では、もはや何の意味もなしやせんぜ」
「何ですと?」
亨が、初めてその冷静な執事のような仮面を崩し、ガーディを鋭く睨みつけた。
「我が地獄の『目』が、既にこの森の全域を『視て』おりやす。この青木ヶ原樹海そのものが、アルカディア財団が構築した巨大な霊的結界に他ならねえ。物理的なトラップはもとより、侵入者の魂を惑わせ、発狂させ、幻覚を見せて自死へと追いやる、悪趣味極まりない『霊的トラップ』が、無数に仕掛けられておりまする。……あんたのその立派な地図に載っている『入り口』など、一歩踏み入れた瞬間に、地獄の亡者に魂を引き裂かれ、自我を失うだけの、ただの『餌場』にすぎやせん」
「……霊的トラップ、だと?」
亨の額に、冷たい汗が滲んだ。彼のテクノロジーは、あくまで物理法則や電子ネットワークに基づくものである。人間の情念や魂に直接干渉する、超常的な呪術や霊的防御の概念は、彼の完璧な論理の専門外であった。
「まあ、怖い。そんなおぞましい場所に、わたくしたちを案内しろだなんて。『神託』とやらも、本当に人が悪くて腹立たしいですわね」
孝子が、わざとらしく口元に手を当て、楽しそうに目を細めた。
「……分かったわ」
凉子が、その孝子の態度を、氷の刃のような冷たい視線で射抜いた。
「……ほんま、反吐が出そうやわ。つまり、こういうことやろ? あんたの下品な『目』で、その非論理的な呪詛の罠を回避して、私の『論理』でレーザーや地雷みたいな物理セキュリティを突破する。……それ以外にこのバグだらけの森を突破する効率的なルートはないみたいやね」
「あら。ようやく、ご自分の計算だけでは何もできない無力さをお認めになりましたの? 堕天使様」
「違うわ。あんたみたいな非論理的で野蛮な『混沌』の力に頼らなあかん、この絶望的な状況そのものを、心の底から呪っとうだけや、地獄のネズミさん。……背中見せたら、即座に雷でデリートしたるから、せいぜい気いつけや」
「同感ですわ。わたくしも、あなた様のような血の通わない偽善のお人形と手をつなぐなど、どんな地獄の責め苦よりも不快ですのよ。……背中を見せたら、千枚通しでその綺麗な首筋を串刺しにしてさしあげますわ」
二人の少女は、互いへの隠しきれない殺意と嫌悪感を、薄氷のような危うい笑顔と冷たい瞳の下に隠したまま、ついに歩みを進めた。
鬱蒼と茂る木々が、まるで侵入者を飲み込もうとするかのように、ざわわ、と不気味な音を立てて揺れる。
彼女たちは、絶対的な不協和音を奏でながら、狂気と絶望が待ち受ける青木ヶ原樹海の深い深い闇の中へと、その第一歩を同時に踏み出したのである。
青木ヶ原樹海は、侵入者を完膚なきまでに拒絶する、天然の巨大要塞であった。
方位磁石は全く役に立たず、GPSの電波も、地中に大量に含まれる磁鉄鉱と、財団が意図的に張った強力な妨害電波によって、完全に無意味と化していた。
「――凉子様。前方、五十メートル。三時の方向に、肉眼では不可視の高出力レーザーネット。五時の方向に、感圧式の対人地雷が密集しています。そして……」
亨の声が、凉子の耳元の補聴器から、極めて冷静に、しかし緊張感を持って響き渡る。凉子の伊達眼鏡には、サーマル映像と超音波探知によってマッピングされた、物理的な罠の配置図が、青いグリッド線としてリアルタイムで表示されていた。
「……分かっとうよ」
凉子は、まるで舞踏会でワルツを踊るかのように、その致死的な罠と罠の間のわずか数センチの隙間を、完璧な体重移動とステップで、枯れ葉を踏む音一つ立てずにすり抜けていく。
一方、孝子は、その数メートル後ろを、まるで昼下がりの公園を散歩でもするかのように、悠然とした足取りで歩いていた。
「――お嬢様。左手、捻じ曲がった太い木の幹の陰に『嘆き』の呪詛が仕掛けられておりやす。右手、苔の生えた岩の下に『誘い』の結界が。どちらも、触れれば魂魄に直接作用し、発狂させる、悪趣味極まりない代物にございますぜ」
ガーディの声は、孝子の脳髄に、直接低く響いていた。彼の地獄の「目」は、レーザーや地雷といった物理的な罠など意にも介さず、この森にドロドロと渦巻く、霊的な「歪み」と「悪意」の配置だけを正確に捉えていた。
「まあ、面倒ですこと。こんな小細工ばかりして、本当に姑息な連中」
孝子は、ドレスコートの懐から氷のように冷たい千枚通しを取り出すと、その切っ先を、呪詛が仕掛けられた木の幹に向かって、無造作に、しかし正確に突き立てた。
ジュウウウッ!
地獄の鉱石が、財団の霊的な結界に触れた瞬間、まるで強酸が金属を溶かすかのように激しく反応し、赤い煙を上げながら呪詛そのものを瞬時に焼き切っていく。
天の論理が物理を制し、地獄の混沌が呪詛を喰らう。
それは、本来ならば決して交わることのない、水と油のような二つの力であった。だが、今この瞬間だけ、二人の天才的な戦闘センスと、「相手よりも自分の能力の方が上であると証明したい」という強烈な対抗意識が、その二つの相反する力を、恐るべき効率で同期させていたのである。
「……あら?」
トラップを次々と無効化しながら進んでいた孝子の動きが、ふと止まった。
彼女は、今自分が焼き切った呪詛のさらに奥、樹海の最も深い最深部の地底から、何か途方もなく巨大なものを感じ取った。
「ガーディ。今、何かの気配が……」
「ハッ。間違いございませぬ。これは……同族の匂い。しかし、我らのような脱獄囚とは次元が異なる……冥府の底に鎮座すべき、本物の『地獄の番人』の気配にございますぜ!」
ガーディの声が、かつてないほどに微かに震えていた。
その時、前方を歩いていた凉子もまた、ピタリと歩みを止めていた。
「亨さん。今、補聴器が未知の周波数帯の、異常な高エネルギー反応をキャッチしたわ。これ……電子的でも物理的な熱源でもない。空間そのものが苦痛に泣き叫んどるみたいな、凄まじいノイズや」
『――凉子様、直ちに警戒レベルを最大に! それは恐らく、地獄の番人……! 天使養成校の禁忌データにあった、冥府の秩序を司る、高位の霊的概念体です! なぜ、あのような神話クラスのモノが、人間が作った財団の要塞に!?』
二つのチームの間に、氷のように冷たい緊張が走った。
この作戦は、単なるカルト教団の掃討などではない。その背後には、地獄そのものが、何らかの形で深く関与している。『神託』は、最初からこの事実を知った上で、彼女たちをこの死地に放り込んだのだ。
「……ふふふ。ますます、面白くなってまいりましたわね」
孝子の漆黒の瞳が、狂気的な赤い光を帯びて妖しく輝いた。
「……ダボが。美しくないモノは、相手が地獄の番人やろうと、全て浄化するまでやわ」
凉子の青い瞳が、絶対零度の冷酷な光を帯びて凍てついた。
互いの獲物への、そして、互いへの殺意を、さらに鋭く深く研ぎ澄ませながら、四人は、ついに樹海の最奥深くに隠された、旧日本軍の地下要塞の、苔むし、重厚な鋼鉄の扉が閉ざされた入り口へとたどり着いたのである。
X(Twitter)でも連載しています。
https://x.com/TakumiFuji2025
魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




