最悪の共同戦線㈡
「混沌」の魔女と「秩序」の堕天使。最悪で最強な二人の狂気の共闘劇!
孝子の美しい顔から、あの余裕に満ちた妖艶な笑みが、完全に消え失せた。黒い瞳の奥に、本物の地獄の業火がどす黒く燃え上がる。
「………………ダボが」
凉子の完璧な顔が、これまでにないほど強烈な怒りと屈辱によって、微かに引きつった。青い瞳が、モニターを破壊せんばかりの殺意で満たされる。
それは、逃げ場のない完璧な脅迫であった。
彼女たちの持つ強大な異能の力ではどうすることもできない、表社会における「お嬢様としての完璧な日常」という、最も脆く、最も守らねばならない弱点を、あまりにも的確に突いた、反吐が出るほど理不尽な脅迫だった。
彼女たちはここで初めて、明確に気づかされたのだ。「神託」という、得体の知れない絶対的な第三者の掌の上で、自分たちが無様に踊らされていたことに。
あの横浜での衝突も、引き分けに終わった激突も、すべてはこの「共同任務」という本番のためのデータ収集であり、彼女たちの首に絶対に外れない鎖を繋ぐための「口実作り」に過ぎなかったのだ。
「……ガーディ」
孝子は、机の上に置いてあった高級な万年筆を、ギリッ、と不快な音を立てて真っ二つにへし折った。インクが真っ白なノートに血のように飛び散る。
「あの得体の知れないブローカーに、返信をなさい。その『美しくない』血の通わない堕天使と、一時的に手を組んでさしあげます、と。……お父様とお母様の、あの間の抜けた、でも温かい笑顔が絶望に歪むのを見るのは、わたくし以外の者がやってはならない至高の芸術ですもの。他人の汚い手で壊されるなど、万死に値しますわ。……ただし、わたくしは、わたくしのやり方で『お稽古』するだけですわよ」
「……亨さん」
凉子は、クリスタルテーブルの上に並べていたチェスの白のクイーンを、指先で強く弾き飛ばした。駒は硬い壁に激突し、乾いた音を立てて粉々に砕け散る。
「『神託』に、返事しといてや。その『下品で野蛮なネズミ』と、一時的に共同歩調を取るって。……私の完璧な秩序であるこの日常のシステムを、こんな得体の知れないバグに崩されるなんて、論理的に絶対許容できへん。……ただし、私は私の『美学』に従って、非論理的な悪を徹底的に排除するだけやわ」
二人の少女殺し屋は、互いへの強烈な殺意と、細胞の隅々まで染み渡るような嫌悪感を、心の奥底にある分厚い鋼鉄の箱の中に無理やり押し込めた。
この宇宙で最も憎むべき最悪の相手と、一時的な、しかし、あまりにも危険で不快な共同戦線を張ることを、事実上強制されたのだ。
『神託』が仕掛けた、新たなる死の遊戯盤が、今、静かに、そして残酷にその幕を開けた。
深夜、午前一時。
静岡県、富士山麓。その広大な裾野に広がる青木ヶ原樹海は、古来より人々が足を踏み入れることを拒んできた、日本有数の禁足地である。
夜ともなれば、月光さえも分厚い葉群に完全に遮られ、鬱蒼と生い茂る木々はまるで亡者の手のように天に向かってねじれ曲がっている。方位磁石を狂わせる強力な磁場と、一度迷い込めば二度と生きては出られないという都市伝説が、この森を外界から完全に隔離していた。
その樹海の入り口、国道から僅かに外れた場所に放置された、廃墟となった不気味なドライブインの駐車場。そこに、一台の黒いワンボックスカーが、エンジン音もタイヤの摩擦音も一切立てずに、まるで闇の中を滑るようにして姿を現した。
未来的なデザインのその車は、亨が開発した完全なるステルス機能を搭載した移動ラボラトリーであり、闇そのものが凝縮されたかのような異様な静けさを放っていた。
「――凉子様。指定された現地座標に到着しました。気温、摂氏六度。湿度九十五パーセント。……そして」
運転席で、ダッシュボードの無数のモニターと計器類を監視していた詫間亨が、ひどく険しい声で報告を続ける。
「霊的ノイズ、極めて強し。私のデータベースにある天使養成校の基準で分類するなら、カテゴリーD……『深淵級』の重度汚染地域です。物理的な磁場異常だけでなく、この森全体が巨大な呪詛の坩堝となっています」
後部座席で、純白の特殊戦闘用ボディスーツに着替えた高清水凉子は、その報告を聞き、心底不愉快そうに、その優雅な顔を歪めた。
「ほんま、反吐が出そうやわ。これほどまでに非論理的で『美しくない』場所が、この国の象徴である聖なる富士の麓に存在してるなんて、日本のバグやん」
彼女の耳に装着された超高性能な真珠の補聴器は、樹海の奥深くから反響してくる、常人には決して聞こえない無数の魂の呻き声、自殺者たちの後悔の念、そしてドロドロとした絶望の残響を「不快なノイズ」として拾い上げ、彼女の研ぎ澄まされた精神をチクチクと苛んでいた。
「亨さん。例の、目障りな『共同作業者』は来とうの?」
「予定時刻です。恐らくは、もう……」
亨が言い終わるよりも早く、ワンボックスカーのヘッドライトが照らす先のドライブインの廃屋の壁。その濃い闇が、まるで巨大なアメーバのようにボコボコと蠢き始めた。
その影が、ありえないほどに縦に引き伸ばされ、やがて二つの人影となって三次元の世界へと実体化した。
一人は、影そのもので織り上げられたような、長身痩躯の執事。ガーディ。
そしてもう一人、その執事に守られるようにして闇の中から歩み出てきたのは、黒いゴシック調の分厚いドレスコートに身を包んだ、北條孝子であった。
「ごきげんよう。ずいぶんと、物々しくて無粋なお出迎えやね」
車のスライドドアが音もなく開き、凉子が純白のブーツを泥の地面に下ろしながら、氷のような声で先制の挨拶を放つ。
「まあ、ごきげんよう。わたくし、あなた様のようなお高く止まった『天』の方とは、てっきり、光り輝く清潔な場所でしかお会いできないものとばかり思っておりましたわ。このような、血と絶望の匂いが染み付いた陰鬱な森が、実はお好みでしたの?」
孝子が、扇子で口元を隠し、挑発的な視線を送る。
「あんたこそ。その漆黒の出で立ち、まるで童話に出てくる森に棲む醜い魔女みたいやわ。地獄の泥水がお似合いのネズミさんには、この薄汚い舞台がぴったりやけど」
凉子は、伊達眼鏡の奥の青い瞳を細め、孝子を頭の先から爪先まで値踏みするように見つめ返した。
二人の少女の視線が、虚空で激しくぶつかり合い、見えない火花を散らす。
一方は、全てを一瞬で「浄化」しようとする青い殺意を。もう一方は、相手をじわじわと「嬲り」殺そうとする赤い愉悦を。
互いの信奉する美学が、この宇宙で最も相容れない不協和音であることを、二人は顔を合わせた瞬間に改めて、絶望的なまでに理解していた。
「――さて、無意味な茶番はそこまでにしましょう」
亨が、防弾チョッキを着用した姿で運転席から降り立ち、分厚い軍用仕様のタブレットを起動させた。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




