紅き愉悦㈡
「混沌」の魔女と「秩序」の堕天使。最悪で最強な二人の狂気の共闘劇!
「ハッ。クラブハウスを中心に、半径一キロ以内におよそ千五百匹の薄汚いドブネズミがひしめき合っております。こちらの陣営に紛れ込んでいる敵の狙撃手が、三時と九時の方向にそれぞれ二匹ずつ。関東の連中の親玉は、この建物の地下のワインセラーで、お気に入りの酒瓶を抱えながらガタガタと震えておりますわ」
ガーディの報告は、彼が持つ地獄の超感覚――常人には視えぬ分厚いコンクリートの壁の向こうや暗闇の底までを見通し、遥か遠くの血の匂い、汗の臭い、そして死を前にした人間のむせ返るような恐怖さえも正確に察知する能力によって、リアルタイムで精密に更新されていく。
「結構ですわ。では、わたくしは、わたくしのやり方で、彼らをたっぷりと『懲らしめ』てさしあげますわ」
孝子は、セーラー服のプリーツスカートのポケットに手を入れ、一本の細く鋭利な金属の棒を取り出した。一見すると、氷を砕くただの千枚通しにも見えるそれは、地獄の最下層、罪人たちの怨念が積もる場所で採掘された呪われた鉱石を鍛え上げて作られた、ガーディの能力の結晶たる武器である。
十五歳の時、孝子は突如として自らの前世を思い出した。
彼女はかつて、何一つ罪を犯していない清廉な魂であったにもかかわらず、冥府の冷徹なシステムの過ちによって、地獄の底へと理不尽に堕とされた。そこでは、灼熱の業火と氷の刃が交互に体を苛み、終わりのない苦痛が魂をすり減らしていく。しかし、彼女はそこで一度も己の魂を屈することなく、誰を呪うこともなく、ただひたすらに自らの気高き尊厳だけを支えにして耐え抜いたのだ。
その圧倒的な魂の美しさと、決して他者に支配されない絶対的な「個」の強さに魅入られたのが、彼女を監視していた番人、ガーディであった。彼は、無限に続く地獄の単調なシステムの中で、初めて「美」という概念を彼女の中に見出したのである。そしてガーディは、地獄の掟を破るという万死に値する大罪を犯し、彼女の魂を抱えてこの地上へと脱獄した。彼女に、この現世での新しい肉体と、偽りの平穏な日常を与えたのだ。
以来、孝子の魂には、地獄で味わった理不尽な苦痛への反動として、強烈なサディズムが刻み込まれていた。彼女は決めている。この世の法では裁けぬ巨悪、私利私欲のために他者を踏みにじる、その魂の腐りきった者たちを、自らが味わった地獄のやり方で「懲らしめる」と。
「悪には悪を。苦痛には、それ以上の絶望的な苦痛を」。
それが、彼女の歪みきった正義であり、退屈な日常を埋める唯一の悦楽であった。
この千枚通しの真の恐ろしさは、一撃で対象の命を奪わないことにある。人体の急所を的確に外し、神経節だけを正確に貫き、破壊する。刺された者は、すぐには死ねない。傷口から全身へと広がる、言葉では表現できない死の苦しみを、数時間、あるいは数日かけて、ジワジワと味わいながら生かさず殺さずの地獄を彷徨うことになるのだ。
「お嬢様、今宵は『あれ』もお使いになりますか?」
「ええ。せっかくのトレーニングですもの。たまには思いきり振るっておきませんと、腕が鈍ってしまいますわ」
孝子が手のひらを上に向けると、ガーディが恭しく黒いアタッシェケースを差し出し、重厚なロックを解除した。中には、黒檀で作られた日本刀の柄に似た武骨なグリップが鎮座している。孝子が白魚のような美しい指でそれを優しく握りしめると、柄の先端から、極限まで圧縮された地獄の業火が、禍々しくも美しい赤い光の刃となって迸った。
シュゥゥゥッという空気を焦がす音と共に、周囲の温度が急激に跳ね上がる。電光剣。対象の物理的な肉体をバターのように斬り裂くだけでなく、触れた者の魂魄に直接「地獄の灼熱の苦痛」という情報だけを叩き込み、精神を焼き尽くす、対多人数用の彼女の最大の切り札である。
「さあ、始めましょう。わたくしたちの、楽しいお遊戯の時間を」
ドンッ! パラパラパラ……。
夜空に、開戦の合図である下品でけばけばしい花火が打ち上がった。それを合図に、三千人の男たちの獣のような怒号と、鼓膜を劈く銃声、そして金属と金属がぶつかり合い、肉を裂く凄惨な音が、関ヶ原の冷たい闇を完全に支配した。それは血と泥と臓物にまみれた、この世の地獄絵図の始まりであった。
だが、その恐ろしい地獄絵図のただ中へと、昭和のお嬢様は、まるで舞踏会のフロアへ足を踏み入れるかのような軽やかで優雅な足取りで、嬉々としてその身を躍らせたのである。
雨でぬかるみ、足を取られながらも互いの命を奪い合う男たちの群れの中。そこに、音もなく赤い閃光が舞い降りた。
「がああああっ!?」
先頭を走り、日本刀を振りかぶっていた関西侠友連合の組員が、右腕を肩から切り落とされ、泥の海の中に無様に転がった。血は吹き出さない。赤い刃の超高熱が、瞬時に傷口を焼き塞いだのだ。致命傷ではない。だが、男の顔は、この世のものとは思えぬほどの激痛と恐怖に歪み、白目を剥いて痙攣している。電光剣によって直接神経に刻み込まれた地獄の炎が、彼の痛覚を限界まで焼き切り、発狂寸前の苦しみを与え続けているのだ。
「あらあら、皆様。ごきげんよう。ずいぶんと泥だらけで、はしたないですわよ」
降り注ぐ雨も、飛び散る返り血の一滴さえも、不思議な力でセーラー服に付着させぬよう、優雅なワルツのステップを踏みながら、孝子は赤い刃を流れるように振るい続ける。
「ひぃっ! な、なんだこいつは! ば、化け物だ! 赤い閃光の女だ!」
「撃て! 撃ち殺せ!」
パパンッ!
数人の組員が恐慌状態に陥りながら拳銃の引き金を引く。だが、孝子の姿はブレるように消え、弾丸は虚しく空を切るだけだった。ガーディから受け継いだ超感覚と、人間離れした身体能力。彼女にとって、凡庸な銃弾など止まって見えるに等しい。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




