介入と撤退㈢
「混沌」の魔女と「秩序」の堕天使。最悪で最強な二人の狂気の共闘劇!
「見ず知らずの他人の手のひらの上で、美しくない殺し合いのデータを提供させられるなんて、わたくしの論理に対するこれ以上の屈辱はあらへん。……今日のところは、この辺で引いたるわ」
凉子は、伊達眼鏡を中指でクイッと押し上げ、冷たい瞳で孝子を見据えた。
「地獄のネズミさん。あんたのその下品で野蛮な炎、今日はわたくしの雷で完全に浄化して差し上げられなくて、ごっつい残念やわ。でも、次にお会いする時は、その野蛮な魂ごと、必ず塵一つ残さずデリートしたるから。せいぜい、震えて眠ることね」
「あらあら。負け犬の遠吠えとは、まさにこのことですわね。……堕天使様」
孝子もまた、内心の強烈な怒りと屈辱を完璧なお嬢様の微笑みの裏に隠し、電光剣の炎をフッと消滅させてアタッシェケースに収めた。
「せっかく、これからあんたのそのお高く止まった人形のような顔が、恐怖で涙と鼻水に塗れるところを特等席で拝見しようと思っておりましたのに。本当に、水を差されて不愉快極まりないですわ。……次に相まみえる時は、あんたのその綺麗な身体に、千の針を突き立てて、絶望の音色を奏でてさしあげますわ。わたくしの『お稽古』から、永遠に逃げられると思わないでちょうだいね」
二人は、互いに対する強烈な殺意と、それ以上に、自分たちを弄んだ「神託」という存在に対する底知れぬ怒りを共有しながら、全く別の方向へと背を向けた。
彼女たちにとって、コンテナの中に閉じ込められたまま恐怖に震えている人身売買の被害者の少年少女たちなど、もはや眼中にすらなかった。
孝子にとって、彼らは「自らの意志で戦うことすら放棄した、退屈で無価値な存在」であり、助ける理由など微塵もない。
凉子にとって、彼らは「醜い悪党の欲望に囚われた時点で、すでに美しくないノイズに汚染された存在」であり、自らのシステムに組み込む必要のないデータだった。
彼女たちの持つ正義と美学は、決して弱者を救済するためのものではない。ただ、己の絶対的な価値観を貫き通すためだけの、あまりにも冷徹で傲慢な刃に過ぎないのだ。
『――SAT、敷地内に突入しました! 倉庫の各ゲートを爆破します!』
亨の叫びと共に、第七D倉庫のシャッターの複数箇所で、轟音と共にブリーチング用の爆薬が炸裂した。強烈な閃光弾の光が倉庫内を満たし、「動くな! 警察だ!」という重装備の隊員たちの怒号が響き渡る。
だが、その閃光が晴れた時、そこに二人の少女の姿は既になかった。
「ガーディ。わたくしの視界から、この醜い人間どもを消しなさい」
孝子の冷酷な声と共に、彼女の足元の影が瞬時に膨張し、彼女の全身をすっぽりと包み込んだ。ガーディが作り出した「影の回廊」――物理的な空間を無視し、闇から闇へと繋がる地獄のワープトンネルの中へと、孝子は音もなく沈み込み、完全に気配を消した。
「亨さん。退避ルートの演算、実行してや」
凉子は、倉庫の西側の壁際へと走りながら、自らの特殊スーツの光学迷彩モードを起動した。彼女の身体が周囲の景色と同化し、完全に透明な存在となる。彼女は、爆発によって崩れた壁の隙間から、躊躇うことなく真っ暗な夜の海へとダイブした。海中には、亨が事前に手配していた無人操縦の小型潜水スクーターが待機しており、凉子はその論理的な退避ルートに乗って、冷たい波間へと静かに姿を消した。
数分後。
完全武装のSAT隊員たちが、閃光弾の煙の中で警戒しながら制圧した倉庫内部で見たものは、彼らの常識を根底から覆す、理解不能な地獄の光景だった。
東側には、手足を切断され、致死量に至らない傷を負ったまま、発狂したように痛みで絶叫し、のたうち回る数十名のヤクザたち。
西側には、外傷は一切ないものの、全身が真っ黒に炭化し、一瞬にして生命活動を完全に停止させられた、物言わぬ数十名の死体の山。
そして、中央のコンテナの中には、奇跡的に無傷のまま、ただこの異常な殺戮の痕跡に腰を抜かし、ガタガタと震えながら抱き合う三十名の少年少女たち。
「……一体、ここで何が起きたんだ? まるで、悪魔と雷神が同時に降り立ったとでも言うのか……」
現場の指揮官は、血とオゾンの入り混じった異様な匂いの中で、絶句するほかなかった。彼らは、コンテナの中に残されていた、暗号化されたデータの入ったタブレット端末――人身売買の顧客リストを回収することに成功したが、この惨劇を引き起こした存在の痕跡は、指紋一つ、髪の毛一本すら見つけることができなかった。
横浜の深い夜の闇に消えた、二羽の異常な鴉。
東の魔女と、西の堕天使。
彼女たちは、互いの魂に、決して消えることのない強烈な敵意と、次こそは必ず「相手の美学を完全に粉砕して殺す」という、氷のように冷たい決意を深く刻み込んだ。
そして同時に、この壮絶な「顔合わせ」を完璧な計算で演出し、高みから見下ろしていた謎の存在『神託』の影が、彼女たちの完璧だったはずの日常の背後に、ぬぐい去れない不気味な黒い染みとなって、静かに広がり始めていた。
この横浜での激突は、やがて彼女たちが捨てたはずの故郷――地獄と天界の理そのものを揺るがすことになる、果てしなく絶望的なゲームの、ほんの序章に過ぎなかったのである。
X(Twitter)でも連載しています。
https://x.com/TakumiFuji2025
魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




