高層の観測者
同じ頃。
雨に濡れた交差点を見下ろす高層ビルの上階で、一人の男が透明なカードを指でなぞっていた。
部下
「未登録の観測反応を確認しました」
男
「見ています」
部下
「対象は、交差点の男性です」
男
「名前は」
部下
「黒瀬透真」
透明な画面に、雨の中で大型ビジョンを見上げる透真の映像が拡大される。
濡れたスーツ。緩んだネクタイ。疲れた目。
それでも、立ち止まった人間の目。
部下
「詳細照会しますか」
男
「不要です」
部下
「よろしいのですか」
男
「今見るべきものは、経歴ではありません」
男は、カード上の一点を軽く叩いた。
そこには、透真が大型ビジョンの言葉を見上げた瞬間の映像が止められている。
男
「重要なのは、立ち止まったことです」
部下
「立ち止まったこと?」
男
「多くの人間は、違和感を持っても通過します」
男の声は静かだった。
男
「彼は、通過しなかった」
部下
「識が選んだ、ということですか」
男は、少しだけ沈黙した。
男
「識は、選びません」
部下
「では」
男
「問いが、彼女を呼んだのでしょう」
部下は答えない。
透明カードの中で、「識」の文字がもう一度だけ揺れる。
部下
「識の反応は、記録しますか」
男
「しなくていい」
部下
「記録しないのですか」
男
「彼女は、まだ記録されることを嫌うでしょうから」
部下は、その言葉の意味を測りかねたように沈黙した。
男は、交差点を見下ろした。
雨の中に立つ、白い髪の影。
その姿を見た男の口元に、ほんのわずかな感情が浮かぶ。
男
「相変わらずですね」
その声は、誰にも届かなかった。




