選ばれる人
次にランウェイへ出されたのは、若い男だった。
彼の服には、大きくこう書かれている。
選ばれる人。
黒いジャケット。
細いパンツ。
鋭い白文字。
肩には、成功者のような光沢。
見た目だけなら、悪くなかった。
けれど、首元がきつすぎる。
袖が短い。
肩が不自然に上がっている。
その服は、彼を格好よく見せているようで、
彼自身をどこかへ押し込めていた。
男は笑っていた。
だが、その笑顔は、ランウェイに置いていかれないための笑顔だった。
センスィアが、ゆっくり近づく。
巨大な鋏が、照明を受けて銀色に光った。
観客席から、期待に満ちた拍手が起こる。
誰も、止めない。
むしろ、切られる瞬間を待っている。
透真は、喉の奥が熱くなるのを感じた。
これは審査ではない。
公開処刑に近い。
けれど、ここではそれが美しいショーとして成立している。
センスィア「選ばれる人」
男「はい」
センスィア「あなたは、誰に選ばれたいの?」
男「それは……」
センスィア「会社?」
男「……」
センスィア「顧客?」
男「……」
センスィア「恋人?」
男「……」
センスィア「世間?」
男は答えられない。
観客が小さく笑う。
センスィア「答えられないのに、着ているのね」
男「僕は、ただ」
センスィア「ただ?」
男「ちゃんと、認められる人になりたくて」
センスィアは、少しだけ笑った。
センスィア「それは、“選ばれる人”じゃない」
鋏が開く。
センスィア「“捨てられたくない人”よ」
その言葉に、男の顔が凍った。
透真「……」
セナ「言っていることだけなら、間違っていない」
透真「でも、あれは」
セナ「うん。切る言葉」
センスィアの鋏が、男の胸元に向かう。
透真は思わず一歩前に出た。
透真「待ってください」
会場の空気が、ぴたりと止まった。
センスィアが、ゆっくり透真を見る。
センスィア「誰?」
透真「黒瀬透真です」
センスィア「聞いていないわ。あなたが誰かなんて」
透真は言葉に詰まる。
センスィア「何を着ている人?」
その問いに、透真のスーツの胸元が一瞬だけ光った。
そこに、薄い文字が浮かぶ。
正しさ。
透真は、自分の胸元を見る。
透真「……」
センスィア「まあ」
センスィアは楽しそうに目を細めた。
センスィア「似合いそうで、似合わない」
セナ「透真、慎重に」
透真は、男を見る。
首元の苦しそうな服。
怯えた目。
観客の拍手。
巨大な鋏。
透真は、言葉を選んだ。
透真「選ばれたいと思うこと自体は、悪いことじゃないと思います」
男が、透真を見る。
透真「でも、その言葉を着て苦しくなっているなら、一度脱いでもいい」
観客席がざわめく。
透真「選ばれるために生きるんじゃなくて、自分が何を選ぶかを考えた方が」
その瞬間、セナの糸が強く震えた。
識「黒瀬さん」
センスィアが笑った。
センスィア「遅い」
銀の鋏が、音もなく閉じる。
チン。
男の服の胸元が裂けた。
「選ばれる人」という文字の一部が落ちる。
同時に、透真の胸元の「正しさ」という文字にも、細い切れ目が入った。
透真「っ……」
痛みはない。
だが、自分の言葉がどこかで切られた感覚があった。
男は膝をつく。
口を開く。
けれど、何も言えない。
センスィア「正しい言葉は、寸法を間違えると刃物になる」
センスィアは透真に微笑む。
センスィア「あなたも、よく似合わないものを着ているわ」




