その言葉、あなたには似合わない
ランウェイの奥から、靴音が響いた。
細く、高く、冷たい音。
観客席のざわめきが、一瞬で静まる。
現れたのは、美しい人物だった。
女にも見える。男にも見える。だが、それ以上に、線が鋭い。
黒。赤。銀。
そのすべてが、隙なく整っている。
手には、巨大な裁ち鋏。
布を裁つための鋏ではない。
人から、言葉を切り離すための鋏だった。
セナの顔が、明らかに変わった。
さっきまでの淡々とした目が、細く鋭くなる。
ランウェイの上で、「自分らしさ」を着せられた女性が立っている。
彼女の服は、身体に合っていない。だが、直せないほどではない。
肩を詰めればいい。裾を上げればいい。少しだけ布を足せばいい。
透真にも、なぜかそれがわかった。
けれど、鋏を持つ人物は笑った。
その笑顔は、美しかった。
美しすぎて、冷たかった。
識「センスィア」
透真「あれが……」
セナ「堕ちたセンス」
センスィア「まあ」
センスィアは、透真たちを見ずに笑った。
センスィア「今日も、似合わない人が多いこと」
ランウェイ上の女性が、息を呑む。
女性「わ、私は……」
センスィア「黙って」
その一言で、女性の口が止まる。
センスィアは、巨大な鋏をゆっくり開いた。
センスィア「その言葉、あなたには似合わない」
観客が拍手する。
透真「……何をする気ですか」
セナ「切る気」
透真「服を?」
セナ「言葉を」
センスィアの鋏が、女性の胸元にある「自分らしさ」の文字へ向けられる。
セナが一歩前に出た。
セナ「やめて」
センスィアは、ようやくセナを見た。
センスィア「あら」
その声には、懐かしさも、敵意もなかった。
ただ、軽い嘲りがあった。
センスィア「まだ縫っているの」
セナ「まだ切っているの」
センスィア「似合わないものを着せたままにする方が、残酷でしょう」
セナ「直せる服を、切るな」
その言葉で、ランウェイの空気が変わった。
透真は、セナの横顔を見る。
静かな怒りだった。
識もまた、何も言わずにセンスィアを見ている。
センスィアは楽しそうに鋏を閉じた。
銀色の音が、会場に響く。
チン。
たったそれだけで、女性の服の一部が裂けた。
「自分らしさ」という文字が、半分だけ切り落とされる。
女性は、声を出そうとした。
だが、出なかった。
口を開いても、言葉が出ない。
観客は、拍手している。
透真「……今、何が」
セナ「似合わない言葉を切られた」
透真「それで、なんで喋れないんですか」
セナ「その人が、自分を説明する言葉も一緒に切られたから」
透真は息を呑んだ。
センスィアは、微笑んだままランウェイを歩く。
センスィア「次」
観客の拍手が、さらに大きくなる。
セナは、白い糸を指に巻きつけた。
セナ「透真」
透真「はい」
セナ「ここからは、言葉を間違えると切られる」
透真「俺が?」
セナ「あなたも。あの人たちも」
透真は、ランウェイを見る。
次の参加者が、震えながら歩き出していた。
その服には、大きくこう書かれている。
選ばれる人。
透真は、喉の奥が冷えるのを感じた。
黒いランウェイの上で、銀の鋏がまた開いた。




