逃げた先で守りたいもの
透真は、言葉を選んだ。
正しい言葉では足りない。
鋭い言葉では、たぶん切ってしまう。
目の前にいるのは、自由を誤解している人間ではない。
自由という言葉で、ようやく息をしている人間だった。
だから、否定してはいけない。
けれど、そのまま行かせてもいけない。
透真は、朔のスマホではなく、朔自身を見た。
白い紙片が舞っている。
退職届。
片道切符。
未返信の手紙。
返されていない鍵。
それらは、軽い。
軽すぎる。
朔の肩から重さを奪っているようで、
同時に、足元まで奪っているように見えた。
透真
「辞めることが間違っているとは思いません」
朔
「……」
透真「逃げることも、必要な時があると思います」
朔の指が、少しだけ止まる。
透真「でも、全部を切った後に、あなたは何を残したいんですか」
朔
「残したいもの……?」
透真
「はい」
朔
「そんなの、今は」
透真
「なくてもいいです。すぐ答えなくてもいい」
ジユウの紙片が、空中で止まる。
透真
「ただ、逃げたい場所だけで決めると、逃げた先でも同じ言葉に捕まる気がします」
朔
「同じ言葉?」
透真
「自由になったんだから、もっと自分らしく」
透真
「自由になったんだから、もっと成長しろ」
透真
「自由になったんだから、全部自分で決めろ」
朔は、息を呑む。
透真
「それはたぶん、別の鳥かごです」
ジユウの表情が、初めて少し変わった。
笑みが薄くなる。
朔
「じゃあ、どうすればいいんですか」
透真
「わかりません」
朔
「え」
透真
「すみません。わからないです」
識が、ほんの少しだけ透真を見る。
透真
「でも、今すぐ全部切らない形で、逃げる方法はあると思います」
朔はスマホを見る。
送信ボタンの上に置いていた指が、少し離れた。
朔
「……そんな都合のいい方法、ありますか」
透真
「都合はよくないと思います」
朔
「じゃあ」
透真
「たぶん、面倒です」
朔
「面倒」
透真
「休職を相談するとか、退職代行じゃなくて一度第三者に相談するとか、引き継ぎを最低限にするとか、医者に行くとか、親しい人に一言だけ言っておくとか」
朔
「……現実的ですね」
透真
「はい」
ジユウ
「つまらないね」
ジユウの声が、上から降ってくる。
ジユウ
「せっかく飛べそうなのに」
透真
「飛ぶために、荷物を軽くするのはいいと思います」
透真
「でも、翼と一緒に心臓まで捨てる必要はない」
ジユウは、透真を見た。
ジユウ
「あなた、自由が下手そう」
透真
「たぶん、下手です」
ジユウ
「なのに、自由の話をするんだ」
透真
「下手だから、怖いんだと思います」
ジユウは答えなかった。
朔は、スマホを握ったまま、小さく息を吐いた。
朔
「……僕、何から逃げたいんだろう」
その声は、さっきよりも小さかった。
でも、少しだけ朔自身の声に聞こえた。




