いま辞めます
朔が、スマホを握りしめた。
画面には、仕事のチャット欄が開かれている。
そこに、短い文章が打ち込まれていく。
すみません。もう無理です。明日から行けません。退職します。連絡しないでください。
文章は、まだ送信されていない。
だが、指は送信ボタンの上にあった。
透真は思わず近づいた。
透真
「長谷川さん」
朔は振り向く。
その目は、さっきより少し明るかった。
救われた人間の目にも見えた。何かを捨てようとしている人間の目にも見えた。
朔
「黒瀬さん」
透真
「それ、今送るんですか」
朔
「はい」
透真
「今?」
朔
「今じゃないと、また戻るので」
透真は言葉に詰まった。
その気持ちは、わからなくもなかった。
透真
「辞めること自体を止めたいわけじゃありません」
朔
「じゃあ、いいですよね」
透真
「ただ、今ここで、全部切る形で送るのは」
朔の顔がこわばる。
朔
「全部切らないと、自由になれないんです」
透真
「それは、誰の言葉ですか」
朔は一瞬黙った。
ジユウの紙片が、朔の肩に触れる。
朔
「……僕の言葉です」
上空で、ジユウが笑った。
ジユウ
「そう。あなたの言葉だよ」
識の表情が、少しだけ曇る。
透真
「今の、混ざってるんですか」
識
「はい」
透真
「何が」
識
「彼の願いと、ジユウの響きが」
透真は、もう一度朔を見る。
朔の手は、まだ送信ボタンの上にある。
透真
「長谷川さん」
朔
「はい」
透真
「一つだけ聞いてもいいですか」
朔
「止めるためですか」
透真
「たぶん、違います」
朔
「たぶん?」
透真
「すみません。俺もまだ、何をすればいいのかわかってないので」
朔は、少しだけ困惑した顔をした。
朔
「わからないのに、止めるんですか」
透真
「止めたいというより、確認したいです」
朔
「何を」
透真は、ゆっくりと言った。
透真
「あなたは、どこから逃げたいんですか」
朔の表情が、揺れた。




