8話 星は乙女の剣に歌う
闇の根源、『世界喰い』の本体が東の空を覆い尽くしていた。
村を滅ぼし、空を喰らう巨大な影を前に、リノンの掲げる『アウロライズ』は震え、その輝きは今にも消えそうだった。
「……だめ、やっぱり……私じゃ、この剣を……!」
「リノン、貸せッ!!」
ピンク色のワンピースをなびかせ、ライルが前に出た。 かつての大剣ではない。
リノンから奪い取った、細身の魔剣『アウロライズ』を握りしめる。
「……っ!?」
その瞬間、世界が変わった。
リノンが持っていたときは「チリリン」と弱々しく鳴るだけだった剣が、ライルの手に渡った途端、天を貫くような高らかな歌声を上げたのだ。
「熱い……なんだ、この力は……!?」
魔剣から溢れ出す虹色の光が、ライルの銀髪を、そしてフリルだらけの服を黄金色に染め上げる。
『アウロライズ』は、真の主を得た喜びを歌っていた。
「ライル、すごい……! 魔剣が、あんなに輝いて……!」
「理屈はわからん……だが、今なら斬れる!」
ライルは、かつて騎士だった頃には決してできなかった、しなやかな跳躍を見せた。
少女の肉体は、重力さえも味方につける。
闇が牙となって襲いかかるが、ピンク色の裾をひらりと舞う。
ダンスを踊るような剣閃でそれを切り伏せていく。
「これで、終わりだぁぁぁっ!!」
ライルが空中で一閃する。
魔剣から放たれた極大の光が、世界を覆っていた夜を真っ二つに裂いた。
断末魔の叫びと共に、闇が霧散していく。
そこへ、ようやく本当の「朝」の光が差し込んできた。
「……勝った…のか?」
ボロボロになったワンピースの裾を抑え、ライルが膝をつく。
光の粒子が舞う中、魔剣『アウロライズ』が静かにささやいた。
それは、意識の中に直接響く、古の制作者の思念。
『――この剣は、純潔なる乙女の魂にのみ、その真価を授ける。』
「乙女の……魂……?」
ライルは自分の豊かな胸を押さえ、愕然とした。
魔剣がこれほどまでに力を発揮したのは、彼がただ女体化しただけではない。
その心までもが完璧に"乙女"となってしまった証拠だったからだ。
「……じゃあ、なぜ」
ライルは、呆然と立ち尽くすリノンを振り返った。
「リノン、お前は……自分を『女の子』だと言っていた。なのに、なぜこの剣は、お前の手で歌わなかったんだ……?」
リノンは気まずそうに目を逸らし、頬を赤く染めて……。
そして、ゆっくりと自分の胸元に手をやり、そこに入っていた"詰め物"を取り出した。
「ごっ、ごめん、ライル。実は、僕……」
「……僕?」
「ずっと憧れてたんだ。女の子になって、魔剣に選ばれるヒロインになることに。だから、女の子の格好をして」
絶句するライル。
つまり、この旅の始まりからずっと、リノンは「女の子に憧れて女装していた男の子」であり、ライルは「本物の男だったのに、完璧な美少女に変身させられた騎士」だったのだ。
「お、お、お前ぇぇぇっ!! 男なら男と言え! 俺をこんな格好にさせやがって!!」
「だって、ライルの方が僕よりずっと似合ってるし……それに、魔剣も『こっちが本物だ!』って言ってるよ?」
「うるさい! この……このド変態女装野郎!!」
朝日の中、偽ヒロインを追いかけ回すライル。
星なき夜は終わった。
けれど、ライルが"男"に戻れる日は、まだまだ遠そうだった。




